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異郷より。  作者: TKミハル
楽園の夢
211/369

空を駆けるもの

 この作品にはもうつき物ですが、戦闘シーンやちょっとグロい表現などがあります。ご注意ください。


※9月9日アルフレッドの一人称を訂正しました。

 爽やかな笑顔でとんでもないことを言ってのけたアイリッツに、シャロンは阿呆か、と吐き捨てた。


「おまえな、この魔物の数相手に、誰が一人残していくと思うんだ。ふざけるな!」

 隣でアルが所在なさげに頭に手をやりつつ、何か言いたげにこちらを見ている。

「おまえが、例え強いからとか、得体の知れないからといって、この状況で置いていくわけには――――――」

「ああー……わりぃ。多分見当違いの話してる」

 アイリッツは空を仰ぎ、

「これ以上あんたらに死なれると困るんだよ。腕輪の回数は無限じゃない。しかもこの魔物……セイレーンとは相性悪いみてえだし、だったら、そっちはそっちで、必要なことをすべきじゃないか?」

「…………」

 シャロンの顔に心配そうな色がちらと浮かび、彼女はそれを一瞬で消して、憮然とした表情を作った。

「まあ、なんというか、人としてあんまりやりたくないんだが」

 ちゃんと予防線張っといたのにこれかよ、人がよすぎやしないか、とアイリッツは内心苦笑しつつ、

「平気平気。今から派手に動くから、その隙に行けよ。早めに帰って来ないと手柄全部独り占めしちまうからな」

そう言って傷ついた仲間の周りに集まる魔物に向き直った。


「バかジャないノ! きこエてるワヨ」

 地面飛び跳ねながら、半分鳥の鳴き声のような聞き取りづらい言葉で、金髪の一人が言う。

「アンタは八ツ裂キにしテアゲル ソレで目玉をモラウの」

と、これには群れの中から抗議の声があがった。焦げ茶の髪で大人びた顔立ちをしているのが、

「ダめヨ 目ハ私がモラウわ アンタにハ 足ネ」

そう羽根をはばたかせて言うと、また仲間内でピュイピュイと抗議の声があがる。言い争いになるかと思いきや、すぐ収まり、皆がこちらを向いた。


「まあいいワ 後デ、きメルから」


 アイリッツは、品定めか囀りながら獣の眼でじぃっとこちらを観察している群れを余所に、じゃあ、オレが引きつけるから、何があっても足を止めるなよ、と後ろ向きで手を振った。


 続いて肩掛けカバンからボウガンと二、三のアイテムを取り出すと町の壁際に放り、腰の剣を二つ抜き放つと、

「さあ来い、焼き鳥の具材!オレの双剣、“穀潰ごくつぶし”と“倹約家”の錆にしてやるぜ!!」

そう高らかに剣を掲げた。


 そんな名の剣にやられるのは嫌だな……。


 シャロンが内心脱力気味に突っ込みつつ様子を窺うと、鳥の姿をした魔物たちは、ナニこいつ、バカなノ?バかナノ?とひそひそ顔を見合わせ囁き合っていたが、そこへアイリッツが突撃をする。


 遅い、とシャロンは叫び出しそうな声を堪えた。まるで蠅が止まるかのような……とまではいかないが、驚異的な遅さでアイリッツは剣を繰り出しては、はばたくセイレーンたちに避けられている。

「豪語シタわりニハ……ばかネ」


 楽勝と判断したのか、すぐに数十羽からのセイレーンが集まり、アイリッツの姿が見えなくなる。


「シャロン、準備を」

「あ、ああ……それは分かるが。あいつは……」

 アルフレッドの言葉で我に返ったシャロンが風の剣を使い体のまわりに風をめぐらせた。ついでに後ろから追い風をかけて、自分たちがより早く進めるようにした、と同時に、アイリッツを囲んでいたセイレーンのうち、一体が彼に切り裂かれ、血飛沫を上げたのが見えた。


 すぐに彼がそこから飛び出し、手近なモノへと剣を向け、瞬きの暇もなく双剣をクロスさせその体を斬り裂いた。

 ごろり、と、驚いたような表情の乙女の首が、石畳に転がっていく。


 キィイィイイ、と叫び、町の壁の一部を破壊しながら迫る鳥の乙女に、タタタッと駆け寄ったアイリッツは双剣を翻し、造作もなく翼を斬りつけ逃げたのは追わず、次の獲物へと向かう。


「今だよ」

 なんだあれは、と呆然としかけたシャロンは、アルフレッドの合図ではっとなって床を蹴り、大通りの脇道へと飛び込んだ。振り返れば背中越しに、ステップを踏んで襲い掛かる魔物を躱しつつ斬りつける余裕のアイリッツの姿が映り、瞬く間に遠ざかっていく。


「……あー、行ったか」

 ぽつりと誰にともなく呟くアイリッツを、セイレーンたちが嗤う。

「一人で勝てルと思っテるの?それに――――――あっち二はアイツがいるモノ。アンタは細かく裂いて私たちのエイヨウにしてアゲル。殺スのじゃナク滅ぼスのヨ?」

 くすくすと小さな笑い声とともに、百を超える数のセイレーンが集まってくる。それを見てアイリッツは静かに目を閉じ――――――薄く笑みを浮かべた。


 石畳の道をまっすぐ進んでいたシャロンは、風のバランスを取りながら後ろを振り返った。

「置き去りにして、大丈夫だろうか」

「あの場合は仕方なかった。……まあ僕も、シャロンとは別の意味で心配だけれども」


 戦闘場所から二人勢いよく遠ざかりながら、シャロンはずっと聞きたかったことをアルフレッドに尋ねた。

「アル……あの夜、いったい何を考えてた?まさか本当に鍛錬のつもりで、私を気絶させたわけじゃないだろ」

 アルフレッドはしばらく黙っていたが、やがて渋々と口を開く。


「あいつ……アイリッツは、シャロンが思っているより強い。そう、僕たちよりも」

「それは、なんとなくわかってた」


 そもそも、ミストランテで一人で搭の守護者のもとへ辿り着いたぐらいだからな。……本人じゃないかも知れないが。


 アルはふ、とため息を吐き、

「世界を創り、その中心、柱となっている魔物を滅ぼせるのは、アイリッツ。と、本人が言っていたが、これは多分嘘じゃない」

魔物の反応もそれを裏付ける、と続けて、

「じゃあ、どうやって滅ぼしている?」

「え。……っとそれは、おそらく何かの力で潰してるんじゃないか?」


 アルはその瞳を閉じ、きつく遠くどこかを睨みつけた。

「巧妙に隠しているが……あいつは、柱である魔物をその手で滅ぼすたび、確実に強力になっている。それに、奴もいっていた。柱が滅ぼされたら世界は散り散りに別の魔物の世界へと吸収される、と。それに、僕たちに襲った、あの女の能力……それらから察するに、アイリッツは、」

 深刻な表情でいったん言葉を切り、

「柱である魔物を滅ぼし自分の力にする、そのために、僕らを利用している、可能性がある――――――」

そう厳かに、彼は宣告した。



 大通りでは、セイレーンの声が建物を破壊し、下のアイリッツに降り注ぐ。それを避け、地上で、あるいは空にて取り囲み、数多く羽ばたく魔物を見上げた。


 それから一つ伸びをして、パキッと腕を鳴らす。

「やっぱさー気を使うってのは疲れるんだよなー。普段慣れてないから」

 戯言、と思ったのか、セイレーンのうち一体が飛びかかってきた。


 飛ぼう、あの空高くへ。


 アイリッツは微笑み、その口で歌う。


 果たせなかった約束、底なしの後悔も皆すべて胸に込めて、翼広げ、あの空の彼方へ。


 歌自体に意味はない。ただ、気分を高揚させるためだけのもの。きょとんとしていた魔物たちが、気を取り直し、こちらに襲い掛かってくる。……アイリッツは本物の笑みを浮かべたまま地面を蹴り、双剣を抜いた。


 右での一撃とクロスさせ、左の小剣で数回敵を斬りつける。絶命する魔物の横を抜け、やっぱりオレのネーミングセンスは抜群だな、なんて心の内で自画自賛しながら、トントン、とステップでもう一体との間を詰めた。まっすぐ頭を狙えば、それに気を取られ胸元に隙ができる。また一体屠って次の魔物へ。


 さすがにセイレーンたちも焦りだし、声で立て続けにすぐ傍の壁が破壊され、アイリッツに降り注いだ。それを難なく躱しながら、距離を取る魔物を一度ちらと見て、崩壊した建物の一部に足をかけてベルトに備えていた鉤縄を外して投げ、手早く屋根の上へ登る。


 ピュィイイイと警戒音を立てながら襲い来るセイレーンの翼を傷つけ、地に落ちたのを確認して、屋根を走り、逃げようとするモノを追撃し斬り裂くと同時に、跳躍し、別の一体を剣で刺し空中で体を入れ替え、そいつを踏み台に下のも巻き込み、撃破した。



 シャロンたちはセイレーンたちが豆粒程度にしか見えないほどの距離を稼ぐと一時風の結界を解き、一定の方向を示す羅針盤を頼りに脇道を通ってまた再び大きな通りに出ていた。ぶわ、と横から濃い血臭が漂ってくる。


「アル、さっきの話だが……まだそうと決まったわけじゃない。それに、この事態をなんとかするのに、アイリッツの力が必要なことも、また、確かなんだ。だから、今は、様子を見よう」

 アルフレッドはその提案に疲れたように頷き、

「もうそれしかない。きっと、もう二人がかりでも倒すのは、無理だろうな」

そう呟いた。


 道標の看板によれば、やたら広い大通りの先には広場があるようだ。進み続けると、再び今度は熱風がシャロンたちの頬を撫でる。


 やがて道は、放射状に広がる通りの中央広場に出たが、その真ん中には血溜まりがあり――――――頭から墜落したらしい、折れた翼を持つ男の屍が、そこに鎮座していた。

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