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異郷より。  作者: TKミハル
楽園の夢
209/369

暗夜光路

 戦闘シーン、若干のホラー表現ありです。

 潤いとか、癒しとかは……儚い望みのようだ。


 不揃いな黒髪といい、目元の覆いといい、どう考えてもそれらとはかけ離れた存在である少女を見て、シャロンはひっそりとため息を吐く。


 黒く極太のリボンを巻いて、中身だけ抜いたみたいな……妙な形の馬(?)が、シュルシュルとほどけ宙に消えると、ふわり、と黒の衣を浮かせて少女は降り立った。

「警・告。バランス・を・著しく・狂わ・せ・た元凶に」


 カチッカチッと紐につないだ目玉を鳴らしながら、少女は硬質な声で罪状を言い募る。

「数々の・嘆き・が・私を・ここに導き、」

「あー、わりぃ。飽きた」

 身もフタもないことをリッツが言い、剣を抜きざま少女に斬りつける。ザバッ、と妙な音を立て、その首が飛んだ。


 ボトッ……。


 やがて体がゆっくりと膝をつき、パサッと軽い音を立てて倒れ込む。

「あれ……?」

 シャロンがあまりの呆気なさに立ちすくんでいると、

「おい、来るぞ!」

アイリッツが思いきり突き飛ばし、自分も真横へ飛び退る。


 ザザザ、と地を這い二つの白い手がその足元を過ぎていく。ガキィッとアルフレッドが剣で何かを弾いた音が背後で聞こえた。


「!?」

 倒れないよう二度三度と足を踏み、目を眇めるがもはや足元には何もなく……ちらっとアルを見て安否を確かめ、再び視線を戻せば、眼前の少女の体は立ち上がり、その手でゆっくりと頭を持ち上げ、もう一度体に据えつけた。


「警告・を・無視する・と・いうならば……」

「いやもう、御託はいいからさっさと始めてくれよ」

呆れたようなアイリッツの声。そして、戦闘が始ま……るか、と思いきや、少女は動かず、黒くてひらひらしたものを辺りに放った。

 菱形をしたそれらは、地面に落ちるでもなく、宙に浮いたままの状態を保っている。


「……?」

 どうにも嫌な予感がする。これまでの経緯からして、触れない方がよさそうだ。


 先に、アルフレッドが動いた。宙に留まる黒い菱形の下から地を縫うように走るのと同時に、シャロンも風を起こし、手近なひらひらを風で斬り捨て、走り出す。バフッと小さな爆発が起こったが、振り向いてる場合でもない。


「ええと……二人とも頑張れー!!」

 リッツは気の抜けるような応援をして、背後でガチャリ、とボウガンを構えた。まったく一人だけ安全圏で……!!


 アルフレッドの剣の切っ先が少女に刺さり、彼はなぜか慌てて引き抜き距離を取る。え、と驚くが勢いを殺せずシャロンはそのままその剣を少女の胸に突き刺し、ズブリ、とのめり込むような感触に顔をしかめた。その胸にはぽっかりと黒い穴が開いている。ま、まずい……!!


 少女の手が心臓を狙う前に、反射的に強く籠めた風に飛ばされ、シャロンは木の幹に叩きつけられた。

「う……」

「おまえは何をやってる……!」

 アルフレッドが苛立ちを隠さず、ボウガンを仕舞い込んだアイリッツへ叫んだ。


「監視役の彼女は穴だらけ。得意技は死んだふり……。どうも通常攻撃は効きそうにないんだよな」

 飄々とアイリッツが言う。アルフレッドは乱れた息を一呼吸で戻し、再び剣を構えた。少女はいまだ何事もなくその場に佇んでいる。が、突然その体がバラけた。


 手、足、首がそれぞれ、四方八方から襲い掛かってくる。

「……ッ」

 背中の痛みを堪えつつ、跳ね起きたシャロンが首を掴もうと飛来した手を弾くが、即座に足に背後から蹴りつけられ、うぐ、と突っ伏した。その彼女の足首に手が這いより掴もうとする。


 アルフレッドとアイリッツの元には首、それからもう片方の手と足が向かい、それらと対峙しながらも器用に避けながらアイリッツはカバンに手を突っ込み、その中から四角い箱を取り出した。

「じゃじゃーん、これぞお役立ちアイテム、“なんかべちょっとしたもの”だ!!」


 意味がわからない。というか、え、使うの、それ?


 迫り、這いよる手足との戦いのさなかにも関わらず、一瞬呆然としたシャロン目がけて、アイリッツが箱を放り投げる。こう、止めろ、とか、よせ、とかいう暇もなかったため、彼女は掴みかかる手足を振り払い蹴飛ばして、なるべく遠くへと逃げ出した。


 投擲された小さな箱は回転しながら開き、中からなんか緑の……べちょっとしたものが飛び出してきた。いーやーだー。


「…………」

 その真下で動き回っていた手足はその緑の液体に絡まり、もがいていたが、やがて沈んで動かなくなった。


 首や足が危機感を覚えたのか、急ぎアイリッツから離れ、体へといったん戻っていく。


「いや~さすが、効果抜群!」

 自慢げなアイリッツを余所に、嫌な汗を拭いつつシャロンはアルフレッドたちの元へ戻ってきて手足の欠けた少女を睨みつけた。


 黒い髪、病的なまでに白く硬い肌を持つ少女は、覆いの向こうからこちらをじっと睨みつけ……プチ、と持っていた片方の瞳を取るや、そのまま胸に黒く空いた穴よりごくりと呑み込んだ。

「き、気持ち悪い……」


 なんでこうも気味の悪い戦いになってしまったんだろうか。


 嘆くシャロンの横で、あ、まずい、とアイリッツが慌てて右手で牽制用か、ボウガンを構え、左手でカバンを探るという離れ業をしているあいだ、アルフレッドが動かない少女へもう一度近づき、変化はないか窺いながらその手を狙う。


 その意図が見えたのでシャロンも緑の液体と少女が一直線に並ぶ位置に移動し、剣に力を籠めたと同時に、少女が覆いを取った。


 向いているのはこちらではない。全身が、総毛立ち、咄嗟に少女の手の代わりにアルの足を狙う。不意をつかれてアルがすっ転んだ。その頭上を、光線が薙ぐ。


 ジュッ。


 むわっとした何かが焼けたような変な匂いが辺りに漂い、透明な魔物が棲む低木の茂みがまっすぐ麓までえぐられ、地肌をさらし、光る道ができたかと思えば、そのまわりが溶けて崩れ落ちた。


 労せず、道ができた。……いや、そんなことを考えている場合じゃない!


 きょろり、と少女のぽっかりと空いた眼窩から目が覗き、再び照準を合わせる前にと、シャロンはアルフレッドに駆け寄ったが、すでに身を起こしたアルフレッドに来るなと叱咤され、しょんぼりと肩を落とす。


「なんとか射程距離外に……駄目だ、距離が長すぎる」

 アルが首を振り、再び攻撃が来る前にと、少女に剣を振りかざした。シャロンもやけくそで剣を抜き放ち、風の刃を少女に放つ。しかし、切り刻まれてもそれをものともせず、少女の瞳が二人を捉え、再び光線が放たれた。


「うわっ、狭っ」

 そのわずか前。アイリッツはカバンから取り出した鏡を庇うように掲げ持ち、少女とシャロンたちのあいだに割り込んだ。


 光線が放たれ、狙い違わず鏡に映り、反射してそっくりそのまま少女へと返る。ジュッ、と嫌な音が響き、少女の体と、頭の半分が溶け、下へと転がり落ちた。


「……停止……警戒……援・助を……」

 口元が動いて言葉を紡ぎ、やがて事切れ、沈黙した。


「やれやれ……片方残せばいいと考えたのかも知れないが……残念だったな」

アイリッツがその手からあの、カトブレパスの瞳をもぎ取り、ぐしゃりと握り潰した。続いて少女へと触れようとしたが、突然、少女の体が黒く無数の槍となって、バシュバシュバシュバシュッと音を立て周辺へと弾け飛ぶ。


 ちっ、と舌打ちをして振り返った。自分は咄嗟に結界を張ったが、後ろの二人は……。


 シャロンとアルフレッドは、一様に何とも言えない、辛酸を舐めたような、苦渋に満ちたような、呆然とした表情をしている。ああ、これは一つ、使ったな。


「まったく、最後の最後に自爆とは……嫌な奴だったぜ」

 頭を掻きつつそう言えば、死の衝撃から立ち直ったらしいシャロンが、ひょっとして逃がしたのか、と問いかけてくる。

「ん~……微妙」

「微妙?」

 ドン、と背後の山から大きな音がした。三人が振り返れば、下りてきた丘の、上の方が燃え盛っている。炎は勢いを増し、じきにここも呑み込まれるだろう。


「よし。ここが焼かれる前に、さっさと天幕を片そうぜ」

「カトブレパスは……滅びたんだな」

 シャロンが確かめるように問う。アルフレッドは興味なさそうに、その実、全神経を尖らせこちらの様子を窺っている。

「ああ、まあね。向こうはもう完全に崩壊したようだ」


 肩をすくめてみせたアイリッツの視線の向こう、炎の盛る丘から、くすくす、とかすかな笑い声が聞こえてきた。


 かすかな羽音と笑い声。はるか頭上高く、鳥達が山裾、さらにその先の街を目指して飛んでいく。その鳥たちは若き女性の顔を持っていたが――――――ま、敢えて言う必要もないだろう。


「あれ、まだ片付け終わってないのか?何やってんだよ」

 そう軽い調子で言えば、天幕を畳むシャロンから、わかってるなら黙ってさっさと手伝え、と低い声が返ってきた。

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