真夜中の自由時間
若干長めです。あと、戦闘シーン有。
投稿して半日ほどでアルフレッドの台詞“嗜虐趣味”(←S)を“被虐趣味”(←M)に改稿しました。
また三人で並んで寝るのか。
夕食後、どうも慣れないな、と思いながら、荷物から布を取り出すと、僕が真ん中へ行く、とアルがわざわざ宣言した。
……どちらにしろ、気が進まないんだが。
そんな考えを読んだように、アルは黙ってこちらとのあいだに剣を鞘のまま横たえる。
「騎士の作法……よく知っているな」
男女が何かの事情で寝る場所をともにするとき、剣を真ん中に置いて、決して手は出さない、違えればこの剣で切ってくれて構わないと示す作法があるが……。アルが知っていたとは。
「いや、ここには私の剣を置くよ。これは向こうに置いてくれ」
そういって反対側にまわせば、
「うわー傷つくなーこれ」
隣にアルの剣を置かれたアイリッツがぼやいた。まあ作法とは関係なしに、剣をすぐ抜ける位置に置くというのはそのまま、相手を信じていませんよ、との意思表示になる。
「今さらじゃないか」
そう返してさっさと布を取る。
「もう寝て、明日は早めに起きよう」
「……ちょーっと待った。見張りは立てないのか?」
「この状況で、あんまり一人になるのは得策じゃないだろう?」
「いや、オレが、」
「おまえは信用できない」
何か言いたげなリッツをじっとりと睨んでさっさと布を被り、反対側を向く。さすがに私でもこの緊張状態で寝たあと何かに……例えば剣などに抱きつくような真似はしない、と、思うが……。
むむ、と唸りながらごそごそ布に潜るリッツとアルの布擦れの音が聞こえ、静かになってからしばらく経った。
――――――そして深夜。隣で身じろぎし、起き上がって出ていく音を聞いたシャロンは、その位置から、……リッツか、と当たりをつけ、ひとまずアルにと確認しようと身じろぎして……首筋に衝撃を受けて闇に落ちた。
シャロンを手刀で気絶させ、アルフレッドがアイリッツの後を追って天幕を出ると、外は明るく、ぽっかりと月が二つ、片方が片方を追いかけるように並んでいた。
少し離れた場所でそれを眺めていた彼は、アルフレッドに気づくと、よお、と手を挙げた。
「ここで何を」
「ああ、一応見張りをと思ってな。しかし、いい月夜だ」
ええと、どこかに酒が……とごそごそカバンを漁っているところで、
「……月見なら、もう少し上の方が眺めがいいんじゃないのか」
そう声をかけると、
「いや……まあ、そうだな。もうちょい上行ってみるか」
アイリッツはあっさり同意して、ハミングしながら丘への道をゆっくり上り始めた。
どちらも手元に明かりはない。月明かりは辺りを照らしているのに加え、そもそもアルフレッドは夜目が利く。上機嫌で歩くアイリッツを追いながら、彼はその背中を悟られないよう睨みつけた。
――――――長く時を過ごせば、それだけ情が移る。奴の裏切りのその時では遅い……そうなる前に、そして、こいつがこれ以上力をつける、その前に、どこかへと処分しなくては。気まぐれな奴だから、埋めた後でもいくらでもごまかしは効く。
問題は、殺れるのか、だが――――――。
背筋を伝う冷たい汗と、かすかに震えてくる腕を意識の外へ締め出して、後についていく。
そして、やがてシャロンのいる天幕からさほど遠くないものの、例え剣を交えたとしても音が届きにくく、さらに開けていて格好の場所に出た。
「ま、こんなとこだろ。しかし、ここから見ても、どうもあの天幕は心許ないなあ」
そう言いつつコキコキと腕を回して、もう一度カバンの中に手を入れたその瞬間を狙い、アルフレッドは剣を抜き放ちアイリッツを横に薙いだ。
「うわ、危なッ」
タイミングよくアイリッツが取り出した燻製肉が、真っ二つに切れた。
どうせならもっと薄切りにして欲しかった……などとぼやきながら、続く刃を躱しつつ再び肉をしまい、アイリッツは改めて右手で双剣の片方を抜く。
二つの内の大きい方とはいえ、長さではこちらが勝つ。
アイリッツの動きに翻弄されないようにと、アルフレッドは低く剣を構え、それとは対照的にアイリッツは剣を高く構えた。
「月夜の鍛錬か……タイムリミットはシャロンが起きるまで、ってとこかな。起きたら止めに来るだろうし」
殺気には気づいているだろうが、鍛錬、と言い切る余裕がアルフレッドを苛立たせる。
「よし、受けてたとうアルフレッド!このオレの優雅で華麗な剣捌きを見よ!!」
「……うるさい」
アルフレッドの剣が地面と平行に滑るように動いた。アイリッツは軽くステップを踏みながら続けざまに襲う剣戟をあるいは避け、あるいは剣の根元近くで受け返す。
「しかしな、オレの実力を測らないうちから一人で突っ込んでくるなんて、アルは無謀すぎるんじゃないか?」
「黙れ。御託を並べ立てて、何が目的だ。こちらに都合のいいように情報を与えて、そしてどうする」
「だからただの協力だって」
話のさなかにもギィン、と剣と剣が鳴る。打ち合いながら、アルフレッドは舌打ちしそうになった。片方は使わないつもりか。
嘗められたな、だが、と心で呟きさらに剣を重く、速くしていく。手首を狙いたいが、風変わりなアイリッツの剣は鍔が手を守るように湾曲し張り出していて狙いにくい。……やはり、足か。
的確に急所を狙うアルフレッドの剣を受けながら、アイリッツはじりじりと後退し、やるねえ、と呟いた。その顔には本物の笑みが浮かんでいる。
ギィン、と鍔迫り合いの後距離を取り、
「笑う意味がわからないな。被虐趣味か」
そう吐き捨てると、
「いや、悪い。やっぱりこう、腕の立つ相手と戦うのはわくわくするな。いろいろ飛び出てきて面白い」
そう笑いながら、
「戦い方っていうのは、結構個性が出るんだよ。本気でぶつかるならなおさらだ。まあ、一番人の本質が出るのは追い詰められたときだけれどな。偽善ぶっている奴らが豹変したり、悪人っぽいのが意外といい奴だったり。人ってのは面白いな。外からでは腹の中なんて、わかんねえんだから」
「……なるほど。悪趣味か」
「おいおい、オレを殺そうとした奴がなにいってんだよ、アル。おまえもあんまり人のこと言えないぞ。世界にはお気に入りとそれ以外ってのはまた単純だよな。しかも子どもの毛布みたいに気に入ったのは離さず持ち歩くタイプだろ」
「……ッ!」
激高しかけたが、アルフレッドはすぐにその感情を切り離した。
このやり方には、覚えがある。
「……その手には乗らない」
「あはは、やっぱバレたか。これで冷静さを失ってくれると少しは楽かなーなんて」
アイリッツは楽しそうに笑う。笑いながら剣を左に持ち替え、ぎこちなく握ったり開いたりしながら、
「いや~久しぶりだわ~左でこの剣使うの。ま、たまにはいいかな」
そう言って、アルフレッドの胸元へまっすぐに突いてきた。
即座にアルフレッドが弾いたが、その剣はすぐに半円を描き、横から首を狙う。それを受け流しそのまま剣をアイリッツの元へ滑らせるが、剣は動き、くるりと腕を抜けるようにしてまっすぐ顔に来た。
「……左利きか」
すぐさま下がり同時に弾いて呟けば、アイリッツが、そのとおり、と笑う。
「といっても隠していたわけじゃないからシャロンだって気づいてるだろうな。一応右でもほぼ変わりなく動かせるようにしてるんだけど、微妙なところでやっぱ違うんだよなぁ」
近づいたかと思えば、次の瞬間は間合いの外にいる。剣は無軌道で捉えどころがないように見えつつも、淀みなく絶えず踊っている。
弾いても弾いても、剣は複雑な軌道で必ず元へ戻り、アルフレッドの頭を、足を、時には手首や胸を狙う。
「くっ……!」
何回か立ち位置が変わり、足場の悪い坂をアルフレッドはじりじりと押されていく。時には攻勢を取り、時には巻き返され、そうして、知らぬうちにまわりは見覚えのある休憩地、そこでアルフレッドはようやくアイリッツの意図に気づいた。
まだ夜明けには時間があって暗い。そんな中ほぼ天幕の中央で突っ伏していたシャロンは、近くで聞こえる激しい剣戟の音で目を覚ました。
あれ……?しまったっ!!
天幕から慌てて出れば、さほど遠くない位置で、アルフレッドとアイリッツが斬りあっている。
「おい、何やってるんだ!こんなところで……!!」
走って近づき、止めようと声を上げれば、アイリッツが、
「よお」
と片手を上げアルの剣を強めに弾いて距離を取った。二人は、睨み合い――――――リッツが睨んでるかは疑問だが――――――まるでお互い示し合わせたかのように同じタイミングで剣を鞘に納めた。
「何やってるんだこんな時間に、人をほったらかしにして……!」
「いや~悪い。アルがいきなり、オレに剣の稽古つけてくれっていうからさー仕方なくオレは眠いのを我慢して、」
「……阿呆か。第一に、こんないつ魔物が来るかもわからないような状況で、第二に、事故に見せかけて何されるかわからない不審な相手と、なんてするわけがない」
シャロンはまだ眠気がわずかに去らない頭を振り、アルフレッドに、
「アル……私はそんなに信用ないか?アイリッツに何をしようとしたかは知らないが、せめて一言は相談して欲しかった」
そう訴えかけると、彼は黙って乱れた息を整え、頷いた。
「……後で話す」
「頼む」
短く答えて心中でため息を吐いた。まったく、厄介事が多すぎる。しかも、男二人対女一人で……なんというのか、まとめ役が……しんどい。せめてもう一人女性がいれば……。
シャロンが、潤いが欲しいなあ、なんて考えつつ空を仰いでると、傍の二人がパッと何かに気づき、空の遠くの一点を見つめた。
「このタイミングか……最悪」
アイリッツがぼやくあいだにも、空にはぽつりと黒い点が浮かび、浮かんだと思ったら遠くに見えるのは馬の形をした何か、それはみるみるこちらに近づいて、カチッカチッと音をさせ、二つの目玉を紐に吊るし、目に覆いをした黒い服装の女性と、彼女を乗せた馬型の妙な生き物がすぐ目の前へと出現した。