魔物の目
戦闘シーン有。
※本文・後書きを8月2日改稿しました。
カトプレパスがアイリッツの手によって滅ぼされ、岩場は静寂に包まれた。しかし……。
「そういえば元の魔物を倒せば、それによって場が変化する、みたいなことをエドウィンが言っていたんだが……そう変わらないな。まあ、必ずしもそうはならないということか」
そうシャロンが零せば、すぐさまアイリッツが首を振り否定する。
「いや。元を絶てば、基本的には必ずその魔物の世界は滅びる。まあ弱体化させただけでもそれが影響して、変化はあるんだが。そっちは一時的なはず」
ひょいひょいとその辺りの岩に登り、探る彼を横目に、もう一度羅針盤を取り出せば、くるんと針は動き、真後ろを差した。
「――――――え」
瞬時に振り返ると、やや離れた位置にもう一体のカトブレパスが出現していた。巨大な目玉がこちらを睨む。
あ、まずい、と思うまもなく視線は絡み、それきりシャロンの意識は途絶えた。
みたぞ、みたぞ、みたぞ。わしのカタワレをほろぼしたな。ゴウダツシャよ、みたぞ、みたぞ、みたぞ――――――。
驚いた表情を浮かべたまま石像になったシャロンの前で、魔物は角を振り立て、奇怪な声で叫び、前足で地面を掻く。
「アル、石像のまま壊されたら、戻っても死ぬ」
「わかってる」
短い会話の後、同時に動き、突進してくるカトブレパス、その瞳をアイリッツが、どこからともなく取り出したボウガンで狙い撃つ。
ギュグァアッ!!
醜い悲鳴をあげて暴れるその巨体、それとシャロンの石像とのあいだにアルフレッドが走り込み、その腹部を薙ぎ払う。
「霊薬、霊薬っと」
石になったシャロンに近づいたアイリッツは、冷静にカバンから霊薬を取り出し、シャロンにかけた。みるみるうちに石化は溶け、彼女はその色を取り戻す。
「よし、こっちはいいぞ!」
「…………」
アルフレッドは無言で矢の刺さるカトブレパスを、瞳から体を剣で一気に串刺しにした。ヒュー、ヒューと断末の息を洩らし、魔物はゆっくりと倒れていく。
「その、悪い」
「ああ、いいっていいって」
シャロンが自分の失態に歯噛みしつつ、カトブレパスの側へ寄ると、
「……しまったな。目を飛ばされた」
アイリッツがその体を調べ、肩を落とした。魔物の体は、間をおかず崩れ、ただの石くれに変化する。
「目?」
シャロンはそう尋ねかえし、
「そういえば、前に倒した奴は体の横に目があったが……こいつにはなかったな」
薄気味悪そうにそのなれの果てを窺った。
先ほど見通しの悪かった岩場は、いつのまにかその先が開け、林道の終わりが見えている。
「リッツ、何かまずいことでも?」
「ん~……ま、いっか。なんとかなるだろ。とりあえず先行こうぜ」
がくりと意気消沈していたと思ったら、あっけらかんとそう言って立ち上がったアイリッツ。なんだか、すごく不穏な、流したらよくなさそうなことのようだが……。
「待った。どうなってる?目を飛ばされたっていうのは?」
そう詰めよれば、はは、と乾いた笑い声を立てながら、
「いや、あんまり大したことでもない。ほら、あいつの目玉がどっかいってるから、例えば、別の、何か強力な魔物でも呼ばれたら、厄介かな、って」
「大したことだろ、それはッ」
シャロンは空を仰いだ。その憂鬱な気分を反映しているかのように、雲が分厚く垂れ込めている。さらにその空の遠くを、同じように眺めていたアルフレッドが急に眉を寄せ、口を開きかける、その前に、
「あ、シャロンちょっと借りるぜ」
アイリッツが言葉とほぼ同時にふらりと身を寄せ、近い近いと顔に出さず動揺しているわずかの合間に、あ、と止める隙もなくその腰から剣を抜き、空遠く目掛け一振りして、鞘へ返した。
「……何をする」
低く唸るように問えば、いいじゃん別に、ちょっとだけだったし、と軽い調子で返される。その後ろ頭を、アルが剣の柄でゴン!と思いっきり殴った。
倒れ伏し、それからやがて起き上がり、
「もうちょっと加減しろよ!衝撃で中身出たらどうする!!」
「……」
殺意の籠った視線を向けられ、むーっとしつつも頭をさするアイリッツ。
「で、さっきのはなんだったんだ」
奴に聞いてもはぐらかされそうだったので、その横で凍てつくような表情のアルに声をかければ、
「何か小さな魔物の群れがこっちに向かってたのを、こいつが打ち落とした」
渋い顔でそう教えてくれた。
「アイリッツ……もし、魔物を倒すためとしても、人のを勝手に使うのはやめろ。今度やったら斬る」
「へいへい」
軽い返事に、シャロンが睨みつけもう一度同じことを言えば、
「ああ、悪い悪い。わかってるって。さっきのは数がいたから手っ取り早いかなと思っただけ」
でもなあ……と声にせず何事か言いかけて、こちらの怒りを悟ってか、結局口を閉じた。
「まあそれはさておき、とにかく先へ進もうぜ!ちょうど道も開けたことだし」
……おまえが言うな。誰のせいでわざわざ足を止めたと思ってるんだ。
シャロンが精神的疲れを感じながら道を歩いていくと、木々は高く豊かになり、これまでほとんど聞こえなかった鳥の鳴き声も聞こえてきた。
道のところどころに、あきらかにむしられた後のような羽根が散らばっているのが気にはなるけれども……。
戦々恐々と歩くシャロンを余所に、何事もなく林道の終わりに辿りつき、枝葉を伸ばした大木の向こうは、草原と小麦畑の金穂があり、その先、それほど遠くないところに大きな町があるのが見えた。
「よっしゃ、今度はあそこに行こうぜ!」
好奇心に顔を輝かせながらリッツが言う。目的地としては、それで別にいいんだけども。こっちの意見も少しは聞く、と姿勢を見せて欲しい。
「アルも……それでいいか?」
「別に、問題ない」
「ま、そうだよなあ……」
ふう、と息を吐き、隣を見れば、いつのまにかアイリッツは傍を離れ、大木の元でナイフを片手にカリカリと、文字を刻んでいた。大きく、“アイリッツ、ここに見参!”と、、、。
「……何をしてるのか、聞いてもいいか?」
シャロンがなんかもう、突っ込み疲れた、という態で聞けば、振り向き、
「やっぱり、こうして活躍の印を残さないとな!」
と自信と気力たっぷりな笑顔で言ってきた……ので、はあ、と生返事を返しておく。
それになんの意味が、とぽそりと呟くシャロンに、チッチッチと指を振り、
「わかっちゃいないな、シャロン。こうして自分の名を刻んどけば、誰かが見て、おっ、って思うだろ?こういった地道な作業が有名になる秘訣なんだぜ」
そうにやりと笑う。
「シャロンも覚えておいてくれよな!英雄になる男、その名はアイリッツ、ってね」
「……わかった」
もう反論も面倒だったので、シャロンは頷き、こう胸に刻むことにした。
残念な男、その名はアイリッツ、と。
[フォローも兼ねた道具紹介]
☆ボウガンの矢(アイリッツ命名・つらぬき君もしくはつらぬっくん)
・鉄をも貫く、魔力の籠められたボウガンの矢。
〈現使い手からの一言〉
「今のところ使いやすさ抜群かな。え、なぜ最初からこれを使わなかったかって?そんなもんつまらないだろ、いろいろ持ってきたってのに!」