断ち切られた円環
戦闘シーン有。
例え同行者が増えたとしても、置かれた状況が変わるわけではない。危険な場所であることも変わりはない。
そう考えながら、その辺の草をちぎり、笛を作って鳴らしている緊張感のないアイリッツを睨んでいると、こちらにパチッとウインクをしてきた。……阿呆か。
「しかし……この道はどこまで続いているんだろうな」
「まあ、道があるからどこかには出るんじゃないか?」
思わず呟いた言葉に、呑気な答えが返る。
なんというか、悶々としながら歩いていると、急にアイリッツが立ち止まった。
「……どうした」
一応尋ねると、頭を掻きながら、
「いやーなんか、自然に呼ばれちまってさー。ちょっと行ってくるわ」
そう言って、さっさと茂みの中に飛び込んだ。
えっと……まあつまりトイレ?
釈然としない思いでいると、アルが声をかけてくる。
「シャロン。気にしても仕方ないよ。この隙にさっさと先に進もう」
「そうだな」
それに頷いて、再び歩くのを再開する。
「あと、あいつのことだけど……その言葉が真実だという保証はない。ジークのことも、すべてあいつが言っているだけで、僕たちが直接確認したわけじゃないから」
「そうだな……いろいろありすぎて、うっかりしてたが。まず、奴に探りを入れよう」
「……無理はしなくていいけど」
どことなく不安げなアルに、大丈夫だと頷いた、のだが。
まどろっこしいのって苦手なんだよなあ……。
その後あっさり合流して、後ろでフンフフ~ンとハミングしながら歩いている男に、脱力しそうになるのを堪えながらも、いったいどうしたものかと悩み、シャロンは口を開く。
「そういえば気になってたんだが……元々、ジークとアイリッツはいったいどういう関係なんだ?」
「んあ?リッツでいいって。ってか、ジークと、どういう関係だったとかいわれてもなあ……あいつはオレの妹の子どもで、まあ随分前に一人になったのを引き取ってきたんだ。それぐらいかな」
後はヒューに任せっきりだったような覚えしかない、と苦笑する。
そういえばヒューイックが、そのようなことを言っていたな、と考え、ふと疑問が浮かんだ。
「待て。妹ってどういうことだ?確か、ジークは前におまえの方が弟だと……」
そんなニュアンスでしゃべっていたようないないような。
探りを入れるつもりで問いかければ、ああ、と普通に頷いて、
「別にどっちでもいいじゃねえか。まあオレたちも幼かったから……“家”に来た時、同じ日に生まれたってことまではわかってたんだけどな。ま、オレは自分の方が上だって思ってるが」
そうくったくなく笑った。
“家”とは……孤児院か。
シャロンがどう返答したらいいのか分からず黙っていると、ん~、と言いにくそうに続けて、
「あのさ……やりたいことはわかるんだが……シャロンたちとオレって面識なかっただろ?オレが本物かどうかなんて、どう判断するんだよ」
正論だった。
その言葉に撃沈され、声もなく歩いていると、やがて、道は、ごつごつと岩と崖のある少し開けた場所に出た。
なんとか気を取り直し、例の羅針盤を取り出せば、その針はまっすぐに、そう遠くないところにある草の生えた巨大な岩を示している。
「え」
じっと目を凝らすが……やはり草が好き放題に生えている岩の塊にしか見えない。
「シャロン……?」
「お、どうした」
二人が手元を覗いてきて、やはり同じ方向を見やる。草の塊に警戒し対峙する三人……傍から見たら間抜けな光景に違いないだろうな、なんてシャロンが内心呟いていると、
「よし、じゃあ先制攻撃と行くか!」
爽やかに言ってリッツは巨大岩に蹴りを食らわした。
ちょっと待った!こう、前準備ってものがあるだろう!
「おいッ」
慌てて叫ぶと同時に、岩の塊は動き、その二本の角が巻く頭をもたげてくる。
サハワララガシイラナ、ハナランラダハラナンダ。ハヒトラフタツ、ミョウハラナノハガハヒトラツ。
奇怪な声を上げながら、その草なのか毛なのかはっきりしない体を震わせ、パチリと顔の、血走った巨大な一つ目と、体の左右にそれぞれついた大きな目を見開いた。
ア~、ハラヘッタ。ナニカクイタイ。
そうしゃべったかと思うと、こちらを見つめ、地鳴りのような声で咆哮する。同時に硬い地面が揺れ、足がぐらついたところに、突進してきた。
「危ない!」
叫んでリッツがシャロンを突き飛ばし、隣のアルフレッドにぶつかった彼女は慌てて体勢を整える。
「こいつは、カトブレパス、つまりゴルゴンだ。その視線に魔力が籠もる。視線が合えばやられる」
牙を剥き出し突っ込む怪物を避けながら言うリッツに頷き返し、駆け出しぐるりとまわって再び突進してくるそいつに、アルフレッドが剣を突き立てた。が、ガキッと硬質な音とともに弾かれ、足踏みしつつ距離を取る。
体は岩でできているのか。
音からそう判断して、再び吼え、地揺れを起こす魔物に、鋭く‘風’を送るが、身震いとともに弾かれた。
「……目を狙えれば」
しかし、あれだけ巨大な目だ。近づけば視線が合うことは間違いない。
攻めあぐねていると、リッツがごそごそとカバンを探り、何か黒く丸い物体を取り出して、
「ジャジャーン。これぞ悪臭玉!ツーンと来るぜ!」
めっちゃいい笑顔でこちらに見せ、次の瞬間、長毛の体、巨大な目を持つ怪物へと駆け出し、その瞳へと投げた。
名称からして、ヤバいものを感じたシャロンは、慌てて鼻を押さえた。ちなみに、アルフレッドはすでに鼻に小さな布きれを詰めている。
鼻を塞いでさえ強烈な匂いが立ち込め、怪物は充血した目をさらに赤くし、猛烈に角を振り立て、リッツへと突進し振り被る。
うわっ、といいつつ、跳躍し魔物の体に片手で乗ると同時に身をひねり躱すアイリッツ。同時にこちらに叫んだ。
「シャロン、こいつ、腹が弱点っぽい。目はフェイクだ!」
腹はおそらく、身体の下。つまり、引っくり返すしかない。
「アル、岩へ!」
鼻をつまんでいるせいで、いまいち不明瞭な声になってしまったが、わかったらしい彼が頷き、魔物へとまわる。
「さあ、化け物!オレが相手だ!」
オマエ、ヘン。オレハコッチ、クウ。
啖呵を切ったアイリッツを無視し、カトブレパスは方向転換してアルを狙う。アルが身をひるがえし避けると、咆哮し踏み立てその地面を割った。
足場がぐらついた一瞬を逃さずその足を狙い、巻風を下から上へと強く起こし、魔物がバランスを崩したところでアルがその柔らかそうな腹を狙い、斬った。
茶色と緑の液体が飛び散り、苦しそうな呻きを立て、怪物が首をもたげてアルの方を見る。
「アル!」
しかし間一髪、リッツが悪臭玉とは異なる白い玉を取り出し、アルフレッドの方へと投げた。すぐに白煙が上がり、視界を遮って、リッツは迷わずその煙の中心へと飛び込んでいく。
ザシュザシュッ
音とともに裂かれたらしい魔物は、煙が晴れたときにはもう絶命し、その体から、リッツはその手で緑と茶の塊を抜き出していた。
「こいつらはこの魔力核をどうにかしない限り、何度でも復活する。そういう仕組みになってる」
これはオレの仕事だ、とにっ、と笑って振り向いた。その言葉と同時に、その塊はその手の内でさらりと溶け、消えていく。
その隣でアルはうすら寒い、と吐き捨てたが、やがて剣を収めこちらへやってきた。
「……無事でよかった」
ほっとしてそう声をかけたが、アルは厳しい表情を崩さない。
ほんと仲がいいよなおまえら、とからかうアイリッツの声を聞きながら、ふとシャロンは、これまで倒してきた魔物のことを考え、彼らも復活しているのだろうか、とその身を震わせた。