今そこにある存在
約一名のテンションがひたすら高いです。
アイリッツとは確か、ジークの叔父、ヒューイックの親友(?)の名前だった気がするんだが。
硬直したままのシャロンとアルフレッドを傍目に、誰なのかよくわからないホワイトブロンドの少年はごそごそと肩掛けカバンを漁り、ジャジャーンと言って薄水色の薬瓶を取り出し、一気に飲み干した。
「ぷッはーっ。ああ、やっぱ借り物の姿だとどうも落ち着かなくっていけない。これで元通りだぜッ」
じわり、と何かが内から滲み出すように、うっすらと黄色味がかっていた髪は色素が抜けて白くなり、その瞳も瞬く間に色を変え、
「……茶色、か」
瞳の色はうっすら赤みがかった茶色で、どうにも不思議な色合いだった。人によっては不気味だ、と捉えるかも知れない。
改めて見ると、ジークとは少しずつ装備も違い、腰には大小の双剣、ベルトには鎖ではなく、皮紐が下がっている。ジークに似ているがその顔立ちは二十代半ばかもう少し上、すっく、と伸ばした背は、私より高い。
「いやー、エドウィンのところ行ったらさ、いろいろ揃っててもう凄いのなんのって。変化薬とか、髪や瞳の色はもちろん、顔つきや背丈まで変えられるなんて、こりゃもう使うしかないだろ」
エドウィン……!!変な奴に変な薬を渡すな……!!
ひそかに憤るシャロンの傍らで、意気揚々とさらに彼は語る。
「それでオレは、考えたね。ここで見知らぬオレが仲間になるより、まずジークとしておまえらと会って、慣れてきたところで正体を明かせば、いいんじゃないかって。な、いい考えだろ?」
「思いっきり逆効果な気がするが」
呆れて突っ込みを入れると、首を傾げ、
「そうか?ま、びっくりさせたかった、というのもあるけど」
と、どうやらそちらが本音っぽかった。
……ずっとジーク似、いや、逆か――――――の青年を睨んでいるアルフレッドの隣で、シャロンはなんとか深呼吸をして落ち着きを取り戻し、
「それで、おまえが本当にアイリッツなのか――――」
「待った。何か音が聞こえる」
言いかけたところで、急に真顔になり、アイリッツと名乗った男がストップをかけた。彼は無言で茂みの中へと向かい、ひたすら草を掻き分け、
「お、やっぱり、オレの勘は間違ってなかった!」
川辺へと辿り着いた。
「魚も泳いでるし、昼食にもってこいだな」
なんて言いながら透き通った川底を覗き込む男の自由さに、シャロンは、
ああ、この背中を力いっぱい押してしまいたい……!!
そんな欲望にかられていた。
アルはどうなんだろう、とまわりを警戒するアルを思わず見、戻す前にドボン、と奴のいた場所から水音が上がった。まだ誰も突き落としていないはずだ!
ザバッと水面から顔を出し、アイリッツ(?)は気持ちよさそうに泳ぎ出した。いつのまに脱いだのか、上着とカバンと双剣のうち片方(大)が岸辺に置いてある。
「おまえらも来いよ!日差しは暑いし、こんな絶好の場所、なかなかないぞ!」
「……言ってる意味がわからない」
シャロンが呆然と呟けば、
「何かが、相当な速度で近づいてきてる」
アルフレッドが川の向こうを指差した。
魚というには、長く太くて巨大な魔物が、勢いよく体をくねらせて迫り、
「おいッ!」
シャロンの声に振り向いたアイリッツ(仮)が、
「お、美味そう!」
再び理解不能なことを叫んだ。
いったん潜り、川底で小剣を手にその巨大魚の魔物を迎え討ち、巻きつかれながらもごちゃごちゃと何かやっていた男は、やがて片手でその巨大魚の首根っこを掴み、引きずりながら、
「これで昼飯はバッチリだ」
とにこやかに上がってきた。それを見たアルは、
「……まず、食事に。話はそれからで」
こちらを向き、そう宣言した。
もう、好きにしてくれ……。
なんとなく見放された気分になったシャロンは、肩を落としながら枯れ枝を拾いに行こうとしたが、
「おーい、シャロン!!これは丸焼きでいいのか!?」
そう呼びかけられとりあえず手近な石をぶん投げた。
なんでこんなことに、と半ば呆然としつつも、鰻じみた魚の魔物の脂の乗り具合を見て、
「正直このまま焼いたところで、脂がギトギトで食べられたもんじゃないと思うんだが……」
「いや、そこをなんとかするのがプロってもんじゃないか!こういうの詳しそうだし」
「シャロン…………」
期待に満ちた眼差しに見つめられ、なんでこんなことを、と心の中でさめざめと涙を流しながら、シャロンはぶつ切りにされた魚を一度焼き、脂と肉汁が半分ほど落ちた半焼けのままでいったん下ろすと、集めておいた香草を中に詰め、どこにあったのか差し出された白ワインを全体にかけて漬け、その後串に刺して立てかけ水分を飛ばした後、もう一度、さっと火にかける。
「くっ……ほどよい脂の残り具合にプラスして、白ワインで臭みが消され、香草の香りが旨味を引き立たせている……やるな、シャロン」
「心の底から、どうでもいい」
やっぱり肉食魚は身が濃厚で美味いな、なんてホクホクした魚をかじる男、無心で食べ続けるアルフレッドの様子に、シャロンは気力が萎えかけたが、なんとか奮い立たせ、
「それで……やっと、やっと本題に入るが、もしおまえがアイリッツだというのなら。まず、ジークはどうした」
柄に手をかけ、返答次第では許さない、という意思を込めきつく問いかけた。
「あいつか。……ジークは、オレという影にその存在を奪われ、消えた」
ガキィン!
シャロンの抜いた剣が、アイリッツと名乗る男の剣により、喉元で寸止めされる。
「というわけじゃないから、安心しろ」
まったく短気だなぁ、なんて首を振るが、心臓に悪い言い方をしたのはどこのどいつだ……!
「ちゃんと話せ……!!」
殺気立つこちらの視線をものともせず、はむっと魚を一口齧り、
「これはオレが話していいものかどうか、だけどなあ……。この世界が、誰かの願いを叶えるもの、ということは知っているとおりだ」
ぺろりと口についた皮を舐めとって、
「あいつは、おまえらが厄介事に巻き込まれているのと、シーヴァースの異常を感じとり、どうにかこの事態を解決したい、と考えると同時に、そうするには自分では力不足だということも悟っていた。この事態を収束へと導ける誰か――――――それと、伯父であるこのオレ、アイリッツの活躍を、もう一度目に焼きつけたい、とも。まあ、ちょっと欲張りのような気もするが、見事その願いは叶えられ、こうしてオレが現れた、ってわけだ」
アイリッツの姿をした男は胸を張る。その胸をトントンと親指で差しながら、
「だから一応、一緒にいるってことになるな。ここで傍観してるが」
にやっと笑った。
「……言ってる意味がわからない。理解したくもない」
シャロンは首を振る。
「おまえの存在は、死者への冒涜だ」
その呟きにも動じず頭を掻き、シャロンは真面目だなあ、と呆れたように言って、
「評価できる、すべきことだとオレは思うね。ジークはちゃんと考えて、自分が力を手に入れるのでもなく、アイリッツという存在に成り代わるのでもなく、オレという助っ人を望んだ。……傍観でいるのも、きつい、勇気のいることだ」
「……わからない。それが正しいことなのかどうかが」
シャロンはただ、首を振る。
青年はその姿を見つめていたが、やがてにっ、と妙に人好きのする笑みを浮かべ、
「シャロンはどうも頭硬いわりに、お人好しそうだからなー。先に言っておいてやるよ。オレは、魔導装置によって、ジークが望むアイリッツとして造られた存在だ。全部終わったらジークはちゃんと帰ってくるし、だから、気にせず力強い助っ人として、安心して頼ってくれよな!」
拳を力強く胸に当てる。
「シャロン……気にする必要はないよ。こいつが怪しい動きをした瞬間にすぐ、斬り捨てるから」
「おいおい、なんでオレが裏切る前提で話してんだよ」
アイリッツ、がぎょっとしてアルを振り向いた。
「そう、だな。とりあえず、それでいこう」
え、それで納得!?待て、いろいろ間違ってんじゃないか、と騒ぐアイリッツの声を余所に、シャロンは立ち上がった。
今は、この世界の中心となっている敵を倒し、すべてを元通りにすることだけを考えよう、と心に誓って。
〈補足〉
アイリッツはヒューイックより4つほど年上だが、童顔とその言動のため(ヒューイックと行動する時にはなおさら)、年相応に見られることはまずない。