立ち止まって
エドウィン涙目な会話をする二人。
H26年12月3日読みやすく改稿しました。
地下の入り口から瓦礫の山を崩さないよう慎重に出て、ゆっくりとまわりを見渡す。ひゅうひゅうと風か抜けるだけで、動くものの気配はない。
「過ぎ去った人と時、か」
ちらと振り返れば、そこにもはや地下への扉もなく、ただ煤と粉々になった壁があるだけ。
「……これからどこへ向かおうかう」
ぼんやりとアルへ問いかけてみる。
「どこに進もうと、変わらないよ」
いつもどおりの調子で、彼は言う。
「ディストリストの話が本当なら、ここを出るために、この世界の中心である魔道装置を壊すのが必要。そしてそれは王が持っている、と想像できる。でも、城の見当はつかない、本来なら情報を集めるべきだ。けど、少なくともここら一帯には、おそらく魔物か、それに準ずるものしかいない。やりようがない」
「そ、うか。それじゃあ……ちょっとその辺りで天幕でも広げて、道具整理でもしようか」
頭をめぐらせても結局平凡な意見しか出ず、そうだね、と素直にアルが頷いてくれたのが救いだった。
建物の中は避け、広場を選んで、残っている柱などを利用しながら天幕を下ろす。白い布で覆われた幕内は、二人寝転んで少し荷物を置く余裕があり、三人だとぎゅうぎゅう詰め間違いない。
まあ他に誰がいるわけでもないから別にいいんだが。
入り口を様子見のため半開きにし、続けて、あまり整理されてるとは言い難いカバンを探って中身を出し、空いたスペースに広げていく。
といっても、アルは手提げカバンだし、私もこの天幕を仕舞った時にかなり幅を取っていて、そこまで品は多く入っていなかった。
エドウィンのところにあった大半が槍や斧などの装備品で、第一に、すべて持ち歩くのは不可能。
まあ、一応お勧めのものを見させてもらったが……体力と引き換えに力を増幅させるだの、斬った相手を凍らせるだのと、さまざまな効果の品の紹介をされたが、やはり愛用の剣があるからいらない、と断った時のエドウィンの落胆といったらなかった。
引っかかっていた小鍋を出すと、その隣でアルは至極簡単にひょいひょいと物を取り出し、並べていく。
霊薬の小瓶が全部で7つ、濃度の高い酒の小瓶2つ、薄荷油が1瓶半。いくら使っても減らない肉の塊1つ、塩の塊大中1つずつ、カバンの中で散乱してぺしゃんこになった香草類が合わせて1束。精神沈静の効果があるらしい飴玉小袋に一掴みほど。
「これは……ちょうどいいな」
一つ口に放り込んでアルにも渡す。ありがと、といって受け取り、さらにカバンから私のと同じ薄荷油が1瓶半、薄汚れた布3枚、着替えをふた揃い取り出した。ていうか……服、布が薄ッ。
まあ、それはとにかく。
身に纏うと必要に応じて暖かくなったり涼しくなったりするおかしな布1巻き、“雄叫び”とかいう名前の、変な紐付き人形1つ。狭いところだとまったく効果を発揮しなさそうな、化け物が出てくるという巻物1つ。雷を封印したという、壺。
「しかし、この服もベストも、エドウィンから貰った特別性、のはずなんだが……意外とやわいな」
シャロンはここに来て切り裂かれたり返り血を浴びたりで散々なことになっている自分の服を引っ張ってみる。触り心地も見た目もただの布だが、防御力はそれなりにある、らしい。
「エドウィンが間違ってたのか、あるいは」
ちょっと怖い想像をしそうになったので、シャロンは途中でやめた。
「で、これらの道具だけれども。どうも、昔から細々《こまごま》したものを使いこなすのは苦手で……。アルは、例えばこれらを渡したなら、いけるか?」
「面倒」
「だよな……」
そもそも、これまでに道具を取り出す余裕などあっただろうか。
この先敵に遭遇したとして、カバンに仕舞い込んだ道具を取り出そうとしているうちにやられてしまう気がする。
それとも、どちらかが襲われているその隙に、必死で取り出して使う、とでもいうのだろうか。
シャロンはその光景を想像して、首を振る。道具のことなんか忘れて、駆け寄ってしまいそうだ。
「アル、この中から好きなものを選ぶんだ。お互いに分けて、腰にくくりつけたり手に持ったりしておけば」
「動きの邪魔」
「そうだよなぁ……」
シャロンは再び肩を落とした。カバンでさえ戦いの邪魔になるので、たいてい激しく動く時には下に置いて後で回収する、という流れが自然になっている。
しかし、中に仕舞い込んでしまったら、道具?ああ、そういえば、といったように後ではっと思い出すことになるのがオチだ。
「とにかく、使えそうなものはカバンの上の方に入れておく。後は運を天に任せるしかない」
ややヤケ気味に提案すれば、アルも頓着せず頷いた。
少しは考えろよおまえも……。
恨みがましい気持ちで睨んでいると、アルはこちらにふっ、と笑みを見せる。
「シャロンは、ここまで来ても、変わらないね」
「…………」
おまえもそうだろ、と言い返しそうになって、口をつぐんだ。あの時、かすかに震えていた拳は……こいつも、変わらないように見えても、不安になっているのかも知れない。
わずかにため息を吐き、
「いや……私は臆病なんだよ。だから、唯一取れる防衛策は、鈍感でいることなんだ。一度直視してしまえば、囚われて、身動きが取れなくなる。棚上げして、そのうちなんとかなる、って思ってる方が楽だからな」
もちろんコッソリ少しずつ荷下ろししないとそのうち傾れが起きることはわかっているんだが……と小さく呟いて、
「まあ……悪いとは、思っている」
どさくさに紛れて謝罪してみた。
「シャロンは、冬の雪山に狩りに出たことは?」
いきなり変化球が来た。
「は?……いや、ないけど」
どうしてその話を今持ち出す。
心の突っ込みを知らず、アルは続けて、
「秋の蓄えが尽きると、過酷だと分かりながら山へ行くしかなくなる。冬場は動物も滅多に姿を見せず、用心深い」
「…………はあ」
「晴れた日はまだいい。けれど雪の日は。雪は獲物の音を隠す。辛抱強く待っていても、なかなか見つからない。気配を悟れば逃げていくから、じっと待つんだ。何日も何日も……」
音もなく深々と降り積もる雪の中で、ただひたすら待つことを考えてみた。
「いや、言ってることが怖いよ、アル」
「だからね。それに比べれば、大したことはないよ」
そう言って笑う。
得物を仕留める瞬間を想像するのも楽しいしね、と続けたが、その前にこれ以上聞くのは自分にとって精神衛生上よくないと判断したシャロンは、これまでで培ってきた技、聞き流しを発動した。
「ふーんそうか。じゃあ、とにかくこの道具を分けよう。そっちのカバンに入りそうなのは、と。まあ、肉とか塩の塊は両方に入れておいた方がいいか……」
そそくさと道具を選り分け始めるシャロンを見て、アルフレッドは、それじゃあこれとこれ、と再びいつもの調子に戻って、よさげな品を選んでいった。
まあ、シャロンが、アルフレッドに対する何に対しての謝罪か、とか、彼の例え話の意味とかはご想像にお任せします。