暗灰色のカーテン
戦闘描写と若干残酷表現ありです。ご注意ください。
死、んだ。
切り裂かれて地面に落ち、急速に体は冷たくなっていった。人形はこちらの死を見届け、やがて離れていく。
そう感じつつもシャロンは、自分が未だに冷たい地面に突っ伏したまま、離れた場所でアルフレッドと三体に増えた魔物が斬り結ぶ音を聞いている、そのことに気づいた。
慌てて身を起こせば、眼前には醜悪な人形の刃を次々と受け、血を吹き出し倒れ込むアルの姿が映る。
「っくそッ」
剣に力を籠め、風で骸骨のような人形を弾き飛ばし、
「アル、傷は大丈夫かッ」
大丈夫どころの騒ぎじゃないかもしれない、と思いながら急ぎ駆け寄った。
しかし、胃に反してアルは頷き、自分の足で立ち上がる。え、と、バラバラにされかけたはずじゃ……。
よく見ると血の跡もない、ただ……腕輪についていた透明な宝石、その十個のうちの一つが消え、抉れたような小さな穴がぽつ、と空いていた。
「死を肩代わりする腕輪……」
「エドウィンの言ったとおりだった」
アルは手短に言って服についた草を払い、先ほどの攻撃でもまだ致命傷ではなかったのか、ゆっくりと起き上がる人形を睨みつけた。
「シャロン……」
「ああ。二度はない」
風を使い、行動と視界を制限する黄金の小麦を薙ぎ払い、人形への道筋をつけて一気に剣を叩き込む。
アルと協力して一体を攻め、同時に他二体の動向を探り、近づけば離れ、動きが止まれば骨の関節、首など重要箇所に剣戟を繰り返し続ける。
最初の一体はよほど当たり所がよかったのだろう。他の人形たちは、幾度目かの手応えを感じてもなお、くるくると剣舞を踊り回転し続け、それでもやがて一体、もう一体と倒れていく。
「やっと……か」
汗で滑りやすくなった剣をもう一度握り直し、疲れに震え始めた足を叱咤して最後の人形の腕を切れば、背後から接近したアルがガリガリとその上を削り、ゴキリとその首を折って即座に跳ね飛ばした。
トサッ
骨だけだからか妙に軽い音が響き、ぐらりと案山子と骸骨と殺戮人形をいっしょくたにしたような魔物が倒れた。
「お、終わったな……」
息も絶え絶えに隣に来たアルをちらりと見、厳しい顔で一点を凝視し剣を構えたままなのに驚いて、振り返ると、そこは……倒れた人形の形に、暗灰色の闇が蠢き、バサバサバサバサ、と跳びかかってきた。
咄嗟にアルと自分に風を巡らせ、闇がたかるのを防ぐ。
見渡せば、あちら、他の人形が倒れた場所にも異変が起きていた。ブンブンと羽を震わせ、飛び跳ねる闇色の蝗の群れは、バヂン、バヂンと風の壁に弾かれ吹き飛ばされながら、手近な麦穂へと降り立ち、強靭な顎でむしゃむしゃと食い尽くしていく。
特に拘るでもなく、守護の風で覆い続けているこちらのまわりをすべて更地にして満足したのか、また再び羽を震わせ、別の麦畑へと空を覆わんばかりの数で飛び立っていった。
ああ、おらの畑が、といった嘆きや、助けて、助けてくれ、といった叫びが遠くに聞こえ、なすすべもなく更地に佇んでいると、やがて、まわり一帯がほころびるように暗灰色にぼやけ、その幕がぼろぼろと引き上げられた。
あれ、と思うまもなく、農耕地は消え、シャロンとアルフレッドは、外壁に覆われたどこかの街の門、その看板前に佇んでいた。
←市外地(危険地帯) →ディストリスト
「これはまた……親切にもほどがあるな」
皮肉を込めてシャロンが言うと、コキコキと首を鳴らしながら、どうする、とアルフレッドが問う。
「いや、そういうおまえはどうするんだ」
そう尋ね返すと、
「どちらでも構わない。一度休息を取った方がいいとは思うけど」
「そうだな。一応は看板に従っておこうかな。いざとなったら中で天幕を張ればいい」
「まあ、そうだね」
ん~、と若干何か言いたげだったが、どうやら、まあいいかと気を取り直したらしい。
確かに、街中で天幕なんて目立つことこのうえない、かもしれない。
そんなことを思いながら、一応羅針盤で確かめたが、特に反応もなく、それならと入り口の鉄門の前に立って、ドアノッカーを二回鳴らす。するとほどなくして重そうな門は軋みながら内側へと開き、あっさりと私たちを招き入れた。
門の中は、白い石積みの家々――――――といっても年季が入っているせいか黄土色がかっているが――――――とレンガの街並みで、そこは街というのに相応しく人々がごった返していた。
通りには露店が広がり、店もあれば、籠を持って売り歩く者もいる。が、客とのやりとりで耳にする貨幣の単位が不明な上に、あまり規則性のない売り方をしているようで、まったく品物の価値基準がよくわからない。
中には、商品を売らずにおしゃべりに没頭しているような店員も見受けられ……って、これは現実でもよくある光景だな、なんて内心突っ込みながら、通りを歩いていく。
アルフレッドが、手荷物から干し肉を取り出し、削ってかじり出したので、売っているものに興味はないのか、と聞くと、匂いがしないからいい、と返事が返ってきた。
そういえば、とシャロンも鼻をひくひくと動かしてみたが、どんな美味しそうな食べ物の隣をとおりかかっても、匂いがまったくしなかった。
単純なもので、そう考えると急にこの街の雑踏が色褪せて感じられてしまう。
シャロンとアルフレッドは、取り立てて急ぐこともなく、大通りとそれに面した露店を抜け、レンガの敷き詰められた道を歩いていくと、道の先に外壁から伸びている古い水道橋が、街のほぼ中央にまたがって伸びているのが見えてきて、なんとなくそちらへと足が向かっていく。
水道橋は二段重ねになっていて、見上げていると首が痛くなるようなその高さはゆうにそこらにある家々や建物の三倍近くはあった。
そのずらりと並ぶ二股……ではないけれど正確な数もわからない足を見ていると、いくつかは森や広場に突っ込んでいて、影を作り、なかなかいい雰囲気になっている。
遠くから、あそことあそこなら静かに休めそうだな、とチェックしてから大分歩き、長い橋のちょうど真ん中、つまりこのディストリストのほぼ中央に近づくにつれ、何かに憤っているように、興奮しながら声高に演説する男の声が耳に入ってきた。
「この横暴は、許しがたきものである……!王は乱心し、かの魔道装置を独り占めせんと、こちらを見下しながら王宮にて歓楽にふけっているのだ。……皆よ、怒りに奮起し、団結せよ!王宮に攻め入って、我らの自由と恵みを取り戻さなければならない!」
中央の大きな広場では、ひときわ大きな石の台に乗った男が演説し、その支持者であろうか、まわりを取り囲むようにして、男たちが何かに怒りをぶつけるかのように頭上に拳を振り上げ賛同の意を示している。
一応羅針盤を取り出してみた。針はくるくると円を描き続けている。駄目だこれは、と嘆息して、厄介ごとになる前にと、もともと離れたそうにしていたアルに声をかけ、次第に集まりつつある人々に逆らってその場を離れ、水道橋に沿って先ほどの場所へと歩き始めた。
橋の柱を一本一本、その真横を通り過ぎていく。しかししばらく行くうちに、同じような柱が並ぶ中の、何かがシャロンの足を止めさせた。
「シャロン、どうかした?」
「いや、ちょっと……」
何かはわからないが、妙に気になる……。
なぜ橋の下に多くの者が芸術意欲をそそられてしまうのかはわからないが、その柱も他と同じように落書きがしてあって、下手くそな女の子(?)の絵とともにいろいろ書いてあったが汚れていて読めず、袖で軽くこすると土が取れていった。
――――――また、きっとむかえに、と約束を残し、扉は深く封印された。
街も人も、すべては過ぎ去り、取り残されし者はただひたすら奥で待っている
少女よ、剣を取れ!怒りに燃えし者たちに鉄槌を!
灰色に満ちたこの町で、平和を愛する市民に手を出す者は、罰を受けるがよい。
ただ、その母だけが真実を知っている――――――
他は雑な殴り書きやぐちゃぐちゃに塗りつぶされた意味のない落書きばかりの中で、この文字だけがくっきりと壁に刻まれ、妙にその場から浮いて見えた。