孤高の演技者
空き家に入るとすぐ広い空間があり、壊れかけた椅子、朽ちた棚、角材などが放置されているものの、破片や埃はさほどなく、床も片付けられていた。
シャロンたちが入るのを待ち、後ろ手に扉を閉めた男は、バサリとフードを取って手入れの悪い鳶色の髪を振ると、懐からパイプと火寸を取り出して、火を点け、うまそうに深く息を吸う。
アルフレッドが油断なく伏兵の気配を探る横で、
「……火はまずいんじゃないのか?」
シャロンは思わず問いかけた。
男は虚空をぼんやり見つめながらフーッと煙を吐き出し、続いてああ、と頷いて、
「火薬の話か。あれは、ただの脅しだ。この下は全部発煙筒でね。あの形は本来なら最新の爆薬装置だったんだが……」
外したな、と煙混じりに言う。
「ま、もっとも、本当に爆薬だったとしても、火はつかなかっただろうがな」
「……どういうことだ」
答えず男は、目を閉じその付け根を揉みほぐしつつ、
「そういえば、自己紹介もまだだったな。俺は、ガーディス・ハモンド。おまえたちのことは、エドウィンから聞いている。しばらく観察させて貰ったが、すぐにわかった」
エドウィンの知り合いか……!!
「まさか、元スラム地区の花畑付近で見かけた、あの浮浪者……あいつが関係あるのか?あとそれに、爆薬がどうこうと脅す前に、エドウィンの知り合いだと最初から言えばよかったんじゃないか……」
と呆れれば、
「まあそうかも知れないが、あの時は話してる時間が惜しかった。ついでに、昼間の浮浪者というのは、俺だ」
と意外な答えが返ってくる。
さらに何かを言い募ろうとしたシャロンの腕をくいっと引いてアルフレッドが目で合図し黙らせ、
「時間がないなら、本題に」
と至極真っ当な意見を出した。
それにガーディスも同意して、
「そうだな。率直に言う。おまえら、この糞みたいに平和な世界を、変える気はないか?」
とそう、告げた。……率直過ぎのような気もする。
もしこの状況に異常を感じてなかったら、その風貌といい、台詞といい、三下悪党の戯言、としか思えなかったに違いないが……。
「その理由は」
「そりゃ決まってる。おまえたちも気づいてると思うが……こんな世界のままだったら、退屈で仕方がない。考えても見ろ、願いがすぐ叶ってしまうなら、そこの人間はその状況に甘え、あっというまに堕落するぞ、賭けてもいい」
みるみる灰になっていく煙草をパイプに足し、また火をつけた。煙が、ゆっくり部屋に充満していく。
アルフレッドは最初から、顔をしかめたままできるだけ身を離し、月の光差し込む窓の傍で佇んでいる。
「わかった。何を、どうすればいい」
「そうだな。……おまえら、王宮に侵入しようとしていただろう。あれはわかりやすいブラフだ。あそこには何もない」
「じゃあ、」
「手がかりがもしあるとするならば、――――――だ」
「は?」
シャロンが訝しげに聞き返したのに対し、ガーディスはああ、と声を上げ、
「――――――なんだが。聞こえてないのか。やはりチェックが入っているな」
困るというよりはむしろ興味深そうに言う。
アルフレッドがピクリと耳を動かし、
「シャロン……遠くから無数の足音と、呼子の音が近づいてくる」
と警告した。
「え……なんで、そんな」
愕然とするシャロンに、
「まあ、この町で俺と一緒にいればよくあることだ。まず、王宮の地下遺跡を調べに行ったまま戻らない、エドウィンを探し出せ。この事態はおそらくあいつの専門分野だ。何か収穫が得られるだろう。……こっちだ」
ガーディスは使われていない厨房に行くと奥をごそごそと探り、ほぼ空っぽの食器棚を横にどけ、裏口を通れるようにする。
俺は残るから、というガーディスに対し、
「そちらは、大丈夫なのか?」
気づかうシャロンに苦く笑うと、
「心配ない。ここには、正義感ぶりたい奴がいて、小悪党を演じる俺がいる。そうつり合いが取れているからな」
ガチャリと扉を開け、続けて、
「手がかりは、こんな世界でなくとも、“誰もが平等になりうる場所”だ。花園の奥……準備は怠るなよ、何があるかわからん…………行け!」
そう追い出しバタンと扉を閉めた。
いたぞ、こっちだ!!と叫ぶ声と、木戸を壊す音、パパパパン、との破裂音を背後に、急いで裏通りを抜けていく。
少しずつ集まる野次馬たちを尻目に、早足で宿へ向かう。
ここも安全じゃないかも知れない、と宿の部屋で交代でアルと番をしたが結局何も起こらず、そのまま夜が明けた。
宿泊費を払い宿屋を出ても、町は相変わらずで、違うところと言えば、昨日衛兵をものともせず高笑いしながら煙とともに消えた悪党の噂でもちきりなことぐらいか。
つまり彼は、今現在、この町にとっての必要悪を演じている。
市へ行き、驚くほど安売りしている品々に不安を抱きながらも、アルと相談しつつ携帯食料、水など必要かも知れないものを揃えていく。
途中で財布の底が尽き、アルにお金を借りることになって……何とも言えない悲しさがあったが。
「シャロン……あの男が言ってた場所に心当たりは」
「ああ、大丈夫。古くからの流行り歌にあるんだ。‘男も女も関係ない。庶民も貴族も王様も。教会の、法王でさえも、誰も彼の手からは逃れられない……’」
シャロンたちはもう一度、今度は歩いてオリンズを通り、さらに北西、昨日寄った花畑へと向かう。
美しく咲き乱れる花々を横目に、北側に位置する林の傍にある、寂れてキィキィと軋む黒い門を抜けた先の共同墓地は、これまでとはうって変わり、凄まじい瘴気で一帯の空気が淀んでいた。