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異郷より。  作者: TKミハル
楽園の夢
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かすかな郷愁

 シャロンたちが店の並ぶ通りをひやかしてから昼過ぎに貸衣装屋を再び訪ねると、先ほどとはうってかわって人で溢れていて、近くの店員に名前を告げるなりすぐ別室へと案内された。


 そこでさらに二人は別々の小部屋に分かれ、シャロンの方は待機していたらしいがっしりした中年女性と見習いらしき少女が素早く傍に寄ってきた。


「次の客も待ってて時間がないから、さっさと脱いでもらいますよ」

 一人が服に手をかけたかと思えば、さっともう一人が巻尺で胸、胴体、おしりなどを測る。

「ま、待った!服くらい自分で脱げる!」

「そうかい?じゃあ、ここに置くから」


 ぐずぐずしていると服を剥かれかねない勢いだったので、シャロンは慌てて上着や胸当てを兼ねたベストを脱ぎ、袖なしシャツだけになって薄手の靴下を履き、ガーターベルトで膝上で留め、長いドロワーズ(下着ズボンのようなもの)を履いた。 

「ソーニャさん、これを」

 少女がコルセットを持ってきて、それを身につけなんとか苦心して前の紐を引っ張っていると、

「はい、息吸ってー」

後ろの紐をソーニャとかいう女性に思いっきり引っ張られた。ぐえッ。


 彼女は手際よく紐を結び、前へとまわってそちらもまた目一杯引っ張ろうとする。いや、仕方ないのはわかってるんだけど、ほんとやめて……。


「じゃあ次はこれを」

 息も切れ切れになったところで少女に柔らかい鋼の輪っかでできたかごを渡されたので、それを下から穿いて引っ張り上げて腰で留める。すぐに上からバサッとペチコートを被せられた。

「ペチコートは何枚使うんでしたっけ?」


 いや、ここはぜひ一般的な二枚でお願いします、といいたい。


「豪華なドレスだけれど、一応外出用だから三枚でいいんじゃないかい?」

「そうですね。それじゃあこちらとこちらのを……」

 バサ、バサッとさらにその上から再び布が降ってきた。重い……。


 それから花模様の絹のドレスや、レースのカフスなどが取りつけられる。


「こちらが一番人気の髪色ですね」

続いてバサリとウィッグを被せられ、

「それじゃあ、そろそろお化粧に移りましょうか。私、もうこの眉が気になって気になって……」


 ピッ、ピッとちょっと出てたらしいのを抜かれ、顔に粉をパタパタとはたかれたかと思えば、小さな筆で眉を描かれて、

「はあい、こちら向いてちょっと口閉じてくださいねー」

唇には紅を差されていく。もう好きにしてくれ……。


 小物類の後は香水を思いっきりかけられそうになったので、なんとか交渉して最低限にしてもらった。吸い込むとくしゃみがとまらなくなるんだよ、あれは……。


 三枚重ねのペチコートを抱えたスカートをなんとか動かしながら小部屋の前のちょっとしたスペースへ行くと、そこにはアルが着替えて待っていた。


 短かった髪の毛にはつけ毛をし、紺のベルベットのコートの下は、金糸の縫い取りがなされた長めのベストとゆるやかなブリーチで、貴族の従者そのもの、といった風情がある。どうも目つきが鋭すぎるような気もするが。


 近づくと顔をしかめ、ふいっと横へ背けたので、ああそういえばこいつは鼻がいいんだったな、と思い出し、

「あー、悪い。香水の匂い、大丈夫か」

小声で確認すれば、まあなんとかいける、と低い返事が返ってきた。



「よくお似合いですよー」

 例の、顔を作品よろしくあれこれと手を加えてくれた少女がにこにこと笑っている。


 表の通りに馬車を用意しているというので、余裕に見せかけたの微笑みをしつつそのまま店の入り口まで頑張って歩いていく。


 ヒールが……高い……。貴族のステータスってやつは、なんて実用的じゃないんだ……!!


 馬車に乗り込み、御者にリーヴァイス家の近くへ、と行き先を告げ、中でもう一度アルフレッドと打ち合わせをした。


「いいか、アル。私が風でハンカチーフを飛ばしたってことにするから、おまえは従者のふりをしてほしい。ここに、一応台詞も書いてある」

 羊皮紙をこっそり渡すと、

「……わかった」

しかめ面で受け取った。香水は一応最低限にしてもらったんだが……まだ駄目なようだ。



 リーヴァイス家の屋敷に入るにあたり、どうしても御者に協力をしてもらう必要があったので、貴族の屋敷に愛人として囲われた妹の様子をこっそり見るために一芝居を打つ、というような話をして、なんとか説得した。


 ……これも報酬の力によるところがかなり大きく、もう財布は非常に軽い。


 様子見のため馬車をぐるりと一周させると、ちょうど門からリーヴァイス家御用達の馬車が出てくるところに遭遇した。


 この時間ならほぼ間違いなく、母か父に違いない。やたら豪華な買い物や観劇をしたりする放蕩癖が昔と変わっていなければ、だが。


 しばらく待ってやり過ごし、緊張のためかコルセットの締めすぎか、胸のつかえは取れず、屋敷の入り口の鉄でできた立派な門の前に馬車を止め、シャロンはアルフレッドに、呼び鈴を、と声をかける。


 鳴らすと、すぐに門兵が現れ、かしこまった口調で、

「何かこちらにご用ですか」

と尋ねてきたので、アルが予め決められていた台詞で、

「うちのお嬢様がハンカチーフをなくされた。そちらの屋敷の敷地内に落ちていないか至急確認がとりたい」


 棒読みっぽいがまあ威厳があるようにも見える。


「今確認を取りますので、こちらにてしばしお待ちを」

 門兵がそういうのに対し、馬車の窓をわずかに開け、


「まあ、この(わたくし)を入り口で待たせるなんて、なんて恥知らずなのかしら。しつけがなってないわね。普通なら屋敷に招くでしょうに」

 聞こえよがしにそう言ってみる。


「……お嬢様はハンカチーフを探すあいだ、こちらの屋敷で休みたいといっておられる。ここの主人はおられるか」

 アルがそう言うと、門兵たちは顔を見合わせ、しばしお待ちを、と言って去った。


 しばらく待って、

「お許しがでましたので、中へお入りください」

と帰ってきた門兵が告げた。


 よし、この反応だと、中にいるのはエリーだけだ。母がいたら確実にごねて時間がかかるし、父がいたなら無理だと突っぱねるに違いない。


「もう、馬車の中で疲れたわ。さっさと行ってちょうだい」


 アルが乗るのを待ち、お嬢様らしく御者にそう言って敷地の中に入る。庭園と、中央の噴水を過ぎ、屋敷の前で下ろしてもらうと、すでに先触れを受けた執事が立っていて、恭しく一礼をして扉を開ける。


 その玄関は入ると広く、すぐ目の前の階段も、仄かに香る薔薇と樫の木の匂いも、まったく昔と同じままでそこにあった。

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