中央都シーヴァースにて
お待たせしました。今回若干短めかもしれません。
朝、日の出より早く起きてアルといつもの鍛錬をこなし、ちょうど起きてきた中年夫婦に別れを告げてシーヴァースへと向かう。
木々は未だ青々としているものの、空気は秋の訪れを感じさせてひんやりと冷たい。
シーヴァース、その南門に着くと、すでにそこは、真っ先に入って場所取りでもしようかという商人たちでごったがえしていた。
門の脇では、兵士が数人並び、町へ入る人の装備、人数、人となりなどを、驚くほど簡単なチェックで済ませている。
「お、そこのおにいさん、ばっちり決まってるねー。この町に来た目的はなんだい?ああ、観光ね。はいよ次の人ー」
本当にそれでいいのかと思うぐらい荷物の中身もあまり確かめず、どんどんと人を通していく兵士その1と何事かを書き止めているその2。
同じことを感じたらしい誰かが、半ば呆れつつ、おいおい検問がそれで大丈夫かよ、と声を上げれば、男は笑って頷き、
「構わないさ。シーヴァースへようこそ。歓迎するぜ!」
そちらに手を振った。
門を抜ければ、通りの出店は、朝の準備の真っ最中。道は、収穫祭の効果か掃き清められ、そこかしこに敷き詰められた香草の香りが漂ってきている。
「すっきり爽やかなお水はいかが!一杯たった銅貨一枚!焼菓子もつけるよ!」
「卵、魚にお肉の食料品!仕入れたばかりだよ、さあさあ寄った寄った!」
「はいはい、繕いもの致しますよー。お気に入りの服に靴、この手にかかれば新品同様!」
気の早い商人がそれぞれに品物を売り込み、その中に混じって浴場の番頭も、開店の知らせを叫んでまわっている。
今のところ、通りや行き交う人、店の様子におかしなところはないようだが……。まあとにかく。
「ちょうどよかった。さっさとすませよう」
「…………」
あまり気乗りしなさそうなアルの手を引き、外観と出入りの人から慎重にまともな浴場を選ぶ。その昔浴場は混浴も多かったが、だんだんといかがわしいことをする者が増えたため厳しく取り締まられた、とはいうものの、風俗としか思えないものなどもあるらしい。
交代で入ることにしてまず先に行くと、服を脱ぐ場所があり、浴室は朝早いせいか中の人は少なく、数人が思い思いに座って蒸気を一心に浴びていた。
シャロンはひとしきり汗を流して入り口の水と布で体を拭き、これも綺麗とは言い難いが今よりましだろうと服を着替えて、待ちくたびれかけていたアルフレッドと交代した。
「あ、おい剣は」
アルは剣を持ったまま入ろうとして、番頭に止められ、憮然として戻ってきて剣と荷物一式をこちらに預け、入ったかと思うと、それほど時間も経たないうちに帰ってきた。
「アル……ちゃんと入ってきたのか?」
「丸腰じゃ落ち着かない。他に人がいる。おまけに部屋がむわっとして熱い」
「浴場だから当たり前じゃないか……。ひょっとして、こういう風呂は初めてか?」
「…………」
どうやら初体験で、しかも気に入らなかったらしい。どことなく不機嫌そうなアルを連れて、通りをうろつき、今度は貸衣装屋を探す。
どことなく懐かしく、見覚えがある通りの、見知った店や新たに開店したらしい店の合間をいくと、古着屋の隣にそれは見つかった。
「いらっしゃい!お客さん観光かい?いい衣装は順番待ちだが、すぐ用意できるのもあるよ!これなんかどうだい?一着3銀貨だ」
店に入ると、白いシャツと紺のベストで決め、灰褐色の髪を後ろで撫でつけた青年が、笑顔で声をかけてきた。
「……とりあえず、一番高いのを見せてくれ」
「お、気合入ってるねー。でも残念だな、これで全部なんだ。後は借り手がついてしまってね」
「そうなのか。ここなら一通り揃ってると思ったんだが……」
シャロンが懐から金貨を取り出しちらつかせると、店員の態度が目に見えて変わる。
「あ、すみませんね。そういえば、まだ奥に何着かあったような……こちらへどうぞー」
そうして案内された部屋には、絹やベルベットを生地に金糸の縫い取りと宝石で飾られたきらびやかなドレスや、貴族の従者が着るような高級衣装がところせましと並んでいた。
見るのが久しぶりすぎてむしろ敬遠したいような服の数々を眺め、自分とアルに合いそうな衣装を探し出していく。
コルセットか……もう見るだけで息苦しくなってくるんだが……。
「うちの店は着付けもやってますよ。よかったら試着してみますか?」
「そうだな。衣装もそうだし……馬車も借りて、そこらをまわってみたいんだが……」
「相談次第で、そちらも手配させていただきます」
そうして相談、というかふんだんにお金を上乗せした挙句、どこぞのお嬢様が余所行きに着そうなコルセットとペチコートつきベルベットのドレスと、従者用の衣装を借りることができ、着付けと化粧の手伝いをつけ、昼過ぎには馬車も手配して貰える、ということになった。…………金貨が2枚飛んだけれども。
前金を渡し、また昼に訪ねる、という旨を伝えて、シャロンはアルフレッドとともに店を出る。どことなくげっそりとしたような彼と一緒に今度は辻馬車に乗り、貴族たちが広い屋敷を構える区画へと下見に向かった。
高い壁と、立派な門の向こうに続く庭園。それらはどことなく無駄に高い貴族の矜持を思わせて、笑いを誘った。
その一角、少し小高くなった場所に、リーヴァイス家は佇んでいる。
高くそびえる白い石造りの壁。重く鉄でできた門の中には……昔と少しも変わらぬ庭園が広がっていた。
「意外と……手入れが行き届いているな」
私がいた頃は、屋敷から遠ざかるにつれてところどころ雑然としていたんだが……エリーがうまくやってくれているんだろうか。
「……行こうか。あまりじっとみていると怪しまれる」
アルを促して再び馬車へと乗り、先ほどの通りへと御者に告げて、来た道を引き返していく。……久しぶりに、木の実入りクロケットでもつまもうか、なんて思いながら。