出立前
こっそり12月29日にも改稿しました。少しだけですが。
予想外の出来事が続き、乱れた気持ちを深呼吸で落ち着かせたシャロンの前に、ヒューイックが地図を持ってきてテーブルへと広げていく。
嬉々として余所事を始めた彼を、ハリーが恨めしそうに見つめたものの、書類に次々と目を通し分類する作業を後ろで再開した。
「で、だ。ここから北、やや西寄りに約40ウィード離れた場所にはハイム、さらに北へ上がってタトル、そしてジレット、シェーンを経由するとシーヴァースだ。ジレットの手前にはドリメル河が流れているから……まあこいつが反乱してなくてもおよそ一ヶ月弱。急ぎ飛ばしたところで三週間かもしくは二週間半……というところか」
予想していたが、やはり道のりは遠かった。手紙の状況から一ヶ月。果たして間に合うのだろうか。
シャロンが無意識に奥歯を噛み締める横で、アルフレッドがじっと地図を見つめてルートを確認する。
ヒューイックは話を続け、
「やはり急ぐなら飛脚か。ここからは急ぎの馬車が朝一で出てる。今日のうちに準備して、明日早朝出ればいい。宿は変わってないよな?ブロスリーに紹介状渡して案内頼んどくから」
「それは、助かる」
「まあ、おまえらにはいろいろと協力してもらったからな。ほらよ」
ごそごそと引き出しを漁り、お金の入った皮袋を投げてよこした。中には金貨2枚と銀貨が60枚ほど入っている。
「……いいのか?」
「ああ。今回出資者が現れてくれたおかげで、それほど赤字にはなってないし、何より、一番の功労者にケチってどうする。2人分じゃ少なすぎるぐらいだな」
困ったようにボサボサの髪を掻き、
「それにタトルの町では人の行き来が多い分、組合の規制が厳しいから、必ず必要になる」
「そうなのか……どうもありがとう」
シャロンが礼を言い懐へ仕舞うのを確認して、
「ああそうだ。この後修道院へ寄ってジークに話はしとけよ。明日は早いし、夕刻過ぎれば面会終わりになっちまう」
「そうするよ。いろいろありがとう」
にっこりと微笑んで手を差し出すと、ヒューイックはその手を固く握り、続いてアルフレッドとも握手をしてから胸元で器用に指を交差させた。
「旅の幸運を、な」
「お元気で」
ハリーも書類仕事を止め、手を差し伸べたので、そちらとも握手を交わして最後にした。
思いがけず早くに去ることになったテスカナータ、その街並みを歩きながら、ジークがいる修道院へと向かう。本人は起きたがっているが……どうも割と深かったらしい。
門の入り口で修道士に面会の旨を告げると、無言で頷き、先に立つ。
さほど大きくはない教会の、中庭辺りが何やら騒がしい気もするが、こちら側は重い沈黙が続く。
気づまりになりそうだった短い道程のあと、多くの怪我人が手当を受け、ざわついている、広いはずなのに狭く感じられる部屋に案内されたが、どこからどう見てもそこにジークの姿はなかった。
「あれ……?」
にわかにパタパタと音がして、小声で叱りつけながら中年のシスターが二人ジークの肩に手をかけ、半ば引きずるようにして運んでくる。
「いい加減になさい!!まだ傷も治りきってないのに……」
「いや、治ったって。ここの奴らが大げさなんだよ。ほら、全然平気だろ?」
少し腕を動かすジークだが……その顔色はどう見ても悪い。
どうしたのか訳を訊くと、肋骨の怪我が治りきらないのにもかかわらず鍛錬しようとして、叱られたとのこと。
「あの、リューリクとかいう人もそうなんですよ……!!そちらはあんまり脱走がひどいので反省室に入れました」
罪人並みの扱いに、シャロンの顔が引きつった。
「痛ててて……」
再びシーツへと寝かせられ、ジークが痛そうに唸りつつ横になる。
「ちゃんと安静にしないと治るものも治らないだろうに」
「こんなもん気力でなんとかなる」
強がるジークに、シャロンが苦笑し、
「無理はしない方がいい。ところで、急な話なんだが……」
と明日立つことを告げると、ジークはガバリと身を起こし、痛てて、とまた呻き声を上げる。
「待った。急だろそれは」
「まあ、そうなんだが、ちょっと妹から火急の知らせが来て……行かなくちゃいけないんだ」
「じゃあ、オレも行く」
ジークは力強くそう言ったが……。
「怪我人は無理しない方がいい」
アルフレッドにバッサリと言われて、ぐっ、と詰まる。
よかった……アルが邪魔だ、とか、足手まといだ、などとはっきり言わなくて。
シャロンがひそかに安堵している横で必死で首を振り、訴えかける。
「こんなもん、大したことない。いいか、絶対に一緒に行くからな」
そこへたまたま包帯を換えようと来た女性が、
「駄目に決まってるでしょう!!」
とストップをかけた。
絶対追いかけるから!!と諦め悪く叫ぶジークになんとか別れを告げ、どうにも後味が悪くなってしまったが、シャロンたちは修道院を後にした。