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異郷より。  作者: TKミハル
楽園の夢
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潮騒と時風

 テスカナータの町は、今日も賑わいを見せていた。


 海を荒らしていた魔物が鳴りをひそめ、これまでを挽回するかのように続く豊漁で、早朝から昼前にかけて魚市場や港のいたるところで人がごったがえし、その合間を縫いながらのんびり歩くシャロンの足取りも、気づかないうちに自然と弾んでいる。


 ここ数日、製紙工場で布が裁断され、細かく分解された挙句に粘土のように練られているのを見たり、石切りの下働きが日がな一日ずーっと座ってひたすら巨大な石の中央にある鋸を動かしているのを見たりと、充実した時間を過ごしていた。


 おまけに、最近ではまったくご無沙汰だった美味しい食事が選び放題とあれば……!!


 見るものすべてに心奪われつつ、港での物見を謳歌しているシャロンに、金はあまり持っていそうにないが隙あらば、と窺う輩がいないでもなかったが、しかし連れ立つアルフレッドの姿を見た途端、特に威嚇しているわけでもないのにそそくさと離れていく。


「ああ、これ美味しそうだな」

 露店をちらっと見てすぐに決めると、炭火でこんがりと焼かれた青魚を二匹買い、一方をアルフレッドに差し出した。


「……ありがとう」

 アルフレッドが礼を言っていつものように受け取ると、こちらもにこっと笑いパクッと口に入れて、


 くっ……!!やっぱり採れたての魚は格が違う……!!


 焼かれてパリッとなった塩つきの皮と、ふっくらと甘みのある白身の対比が絶妙なそれを、喜びとともにもくもくと噛み締めた。


 そうやってあれこれ買い込んで、大分重くなった荷物を背負い、顔をほころばせながら、シャロンはアルフレッドとギルドの扉をくぐると、受付の美女エイリヤがにこやかに呼びかけてくる。


「シャロン!あなたに手紙が届いてたわよ。多分出所は同じね。二通同時に来たけど、片方は速達、もう片方は大分前に出てどこかで足止めされてたたみたいね。よれよれで染みもあるし、流れ落ちた宛名を別の誰かが書き直した跡までついてる」

そう一息に言って、笑顔で手の平を出した。

「はい、あたしの観察眼の代金、半銀貨でいいわ」


 シャロンがじっとりと睨みつつクアル半銀貨を渡せば、若干不満そうにしながらも、手紙を引き換えに渡してくる。


 手紙は二通。古い方からシャロンは封を切り、読み始めた。


 王宮の地下で発見された遺跡、という部分でやや不安を感じながらも、終わりの励ましなのか発破をかけてるのかよくわからない言葉に苦笑して、一通目を仕舞い、二通目の封を開ける。


 読んでいくうちに、その内容に表情が強張り、シャロンは手紙を閉じてその状態を確かめる。


 よほど精神的に動揺していたのか、名前を書き忘れているが、エレナの筆跡に間違いない。


「アル。私は、これからすぐにでも中央都へ向かう。行かなきゃいけない用事ができた。おまえは、どう……」

「なぜ?訊く必要ある?」

 無表情に尋ね返してきた。


 あ、これはちょっとムッとしているな。


「……いや、別に。念のためというか。じゃあ、行くということで」

 目を逸らしながら言った。


 ちょっと考えても見てくれ。中央シーヴァースは私の出身地で……妹もいる。なんだかもう彼女に紹介してしまったらいろいろ終わってしまうんじゃないか?……主に外堀的な意味で。


 いやいや、こいつは家族のような、そう、ええと、あっちの方が誕生日が後だから、弟だ。たぶん。


 内心で混乱したが、とにかくヒューイックたちにも話そうと、漁業組合営業所へ向かう。


 バタン、と古ぼけた扉を開ければ、いつものように山積みになった書類を前に、ヒューイックとハリーがため息を吐いていた。


「お、ちょうどいいところに。こっちの書類を扉の横に置いてくれ。あとで外の例のあの部屋へ持っていく。ハリー、こっちはどうだ?」

 バサリとヒューイックが紙の束を投げ出し、ハリーが慌てて、

「ちょおっと待って!!それはそれぞれ商会の契約条件のまとめ書なので、トイレにはこっちを置いてください!」

バサバサと別の束を振った。今にも立ち上がりたそうにしているが、足の怪我に障りそうなので先に紙を受け取り、脇の簡易棚へと置いた。


「……相変わらず忙しいみたいだな」

「ええ、まあ。随分死者も出ましたし、遺族をリストアップして適切な手当を出したり、怪我人の状態の確認をしたり、あとは、どの商会と契約するのかの相談や、補助金の使い道などで、もういっぱいいっぱいで……まさか魔物退治前より忙しくなるとは思いもよりませんでした」

 恨めしそうに足を眺めながら再びため息を落とすハリー。

「ブロスリーは?」

「エンリコとロレンツォを連れて船の修理費の相談と、漁師たちから漁の話を聞きに。また魔物が出たりしたら大変ですから」

「それはすごい」

 至れり尽くせりとは、このことを言うのか、とヒューイックを見やれば、苦い顔で、

「他に誰もやる奴がいねえんだからしょうがない。あああ、早く楽がしてぇな。もういっそここの人数を増やすか」

 船に乗りてえって奴ならいっぱいいるんだがな、と書類の山を見て、また肩を落とした。


「ああ、そういえばなんか用事だったんじゃないのか」

 ヒューイックが思い出したようにこちらを向いたので、頷き、

「実は……急ぎで、今日明日にでもここを発つことにした」

「そりゃまた急だな。……何かあったのか」

真顔になった彼に、

「妹から手紙が来たんだ。いろいろ不安なことが起こってるらしいから、傍に行ってやりたいと思ってる」

「なるほどな。……アルフレッドも一緒にか?」

 常に一緒にいる彼にも窺い、アルが頷いたのを確かめ、珍しくヒューイックは何かを言いよどみ、

「そうか。なあ……言っておきたいんだが、シャロンにとってのアルフレッドというのは……どういう存在なんだ?」


 その言葉は、シャロンの心を鋭く貫いた。この思い、この関係がなんであるのか……そこに名前などつけようが、ない。今は。


 そして、シャロンは動揺のあまり、これまで避けて渡っていた薄氷を、思いっきり踏み抜いた。


「アルは……なんていうか……弟のように感じていて……」

「え」

 隣で呆然と呟くアルフレッド。


 ぶはっ、と珍しくハリーが噴き、ヒューイックも思わず苦笑しつつ笑い出す。


 ……弟、と呟くアルフレッドの隣で、まずいと思ったシャロンは、慌てて、

「いや、そうだな。アルの方が腕は上なんだし、家族のようなとか、兄のようなとかもっといい言い方が――――――」

「フォローになってねえからやめとけ」

「……あ。その、アル、ごめん」

 振り向いて謝れば、アルフレッドは剣呑な笑みを湛えていた。ぞわっ、とシャロンの体が総毛だつ。


「別に気にしてない」


「あ、そ、そう。ていうか、ほんとに?」

「うん」

 そう、もう普通の調子に戻ってポンポンとシャロンの肩を叩いた。


 それを見ていたヒューイックは内心、あーあと嘆息した。


 シャロンには、こういうのは後回しにすると厄介になるから、今のうちにはっきりさせといた方がいい、と言うつもりだったんだが……どうやら、もう手遅れ。まあ、ひょっとしたら後々いい方へ転がるかも知れないしな。


 そう結論付けて、まだぎこちない二人に、まあ椅子に座れと言って、中央都へ向かうもっとも速い手段を割り出すため、奥の棚を探りにかかった。

 

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