それは、始まり 4
崩壊しかかったような遺跡の入り口に佇むのは、あの時のままの栗色の髪に、瞳と同じ碧のドレスを纏い、滑らかな白い肌を持つ、あの、
「……レイラ・セトラース?」
その名を呼んでやると、女はかすかに目を瞠り、やがて艶然と微笑んだ。
「ええ。逢いたかったわ」
――――――本名を呼んだというのに、まったく動揺をしていない。
エドウィンは内心舌打ちをしたが、表面上は笑みを崩さなかった。以前の情報によれば、彼女は家名を呼ばれるのをひどく嫌ったらしいが……。まあ、人は変わるものだ、と、内心呟いて腰の短剣の柄を強く握り締める。こちらも、あの頃とは違う。
「逢って……ズタズタに斬り裂いてから、内臓を引きずり出すの。どれだけ願ったかしら」
すらりと双剣を抜いた。
彼女の指輪の効果は、籠めた魔力一回につき、一度きり。それさえ発動してしまえば、後がない。レイラ・ストロースは余裕の表情でこちらを窺っている……彼女に飛び掛かられる前にと、エドウィンは短剣を抜いた。
抜いた瞬間、尋常ではない速さでエドウィンの足が動き、まっすぐに彼女を狙う。受け止め、振り被られた双剣を紙一重で避け、すぐに踏み込んで腕の一部を斬り裂いた。
構えも無茶苦茶で、傍目からは剣に振り回されているように映るだろう。ひとたび抜けば、半自動で敵に猛襲し、その活動停止まで動きが止むことはない。その反面、使用後しばらくは重度の筋肉疲労に苛まれることになるが……それはこの際どうでもいいだろう。
キィン、キィン、とお互いの剣が悲鳴を上げ、エドウィンもまた、肩と腕の一部を斬り裂かれた。それでも勢いは止まらず、頭上すれすれを薙いだ細い腕に沿って突き進み、短剣はその胸を突き刺した。
ぐにゃり、となんともいいようのない感触がエドウィンを襲う。驚いて見上げれば、彼女はそっと目蓋を閉じ、そのまま彼を抱き締めた。
彼女が胸元から剣を抜き、床に放れば、カランカランと音を立てる。
「あ……くそッ」
「面白いものを持っているのね。“捨て身の剣”?」
くすくすと笑う彼女のその身体からは、血は一滴も流れてはいない……エドウィンはそのことに気づき、凍った手で胃を鷲掴みにされたような恐怖を覚えた。冷や汗が流れ、首と背中を伝う。
騙された。彼女は、ただ、レイラを装っていただけ――――――
「……迂闊でした。あなたが、人ではない、ともっと早くに気づいていれば」
「そのとおりよ。私は、遺跡の番人。あなたには訊きたいことがあったの」
全身疲労で立てないその身体を抱き止められたまま覗き込まれ、
「その欠片……竜を倒したの?」
指し示した荷物からは赤い光が零れている。その横をとてとて、と耳の長いぬいぐるみが、通り過ぎていった。
「ふ……さあ、どうでしょうね」
不敵に笑うも震えは止まらず、彼女はそのエドウィンの髪を優しく梳いた。
「怖がらないで。……大丈夫、殺しはしないわ。一緒に、楽園の夢を見ましょう」
一方、地崩れだから仕方ない、とあっさり置いていった考古学者のことなど忘れ、調査の一団は宝物を手に目印を辿りつつ、帰り道を急ぐ。騎士や兵士たちの表情は明るく、貰えるだろう褒賞のことで頭がいっぱいで……誰も、行きと道筋が違うことなど気にも留めず、先へ先へと進み続けていった。
一週間後。結局遺跡の探索から戻る者はいなかったが……それを気にする者もまた、誰一人として町には存在しなくなっていた。――――――ある人物を除いては。
遺跡の選定者……相手が一番戦いたくない、と思う存在の姿を取り、その動揺を誘う。