それは、始まり 3
探索は続いた。
これまでの経験から、確かに奥へ進んでいると感じるのに、それと並行して怪異は増えていく。
小さな影が足元を横切った、カサコソと蠢く音が近くで聞こえたはずなのに何もなかった、暗闇の中で首のない女がこちらに白く細い手を差し伸べていた、という気味の悪い証言が少しずつ増え、次第に隊の皆は無言になっていく。
夜の酒盛りでも、ぼそぼそと愚痴る声の中に、帰りてぇな、と沈痛な呟きが聞こえるようになった。
「ちっくしょう、いつまでこんなところにいなきゃなんねえんだ。遺跡のお宝でも発見できりゃ大義名分ができてさっさと帰れるってえのに」
「まったくだ。どっかに宝箱か、さもなくば砂金でもねえかな、くそッ」
魔物にしては、こちらに直接襲う気配もなく、まわりくどいやり方をしている。誰かが、こちらを充分脅かして手を引かせようという魂胆なのか……。
エドウィンは一人考えにふけっていた。
張られた布に隠れるようにして、学者たちはひそひそと身を寄せ合い、何事かを話し合っている。ここしばらくの観察で、彼らが学者の振りをした別者だということはもうわかっていた。ただ面倒で今のところ実害もないので放置している。
ころころ、と足元に何かが転がってきたので、柔らかなそれを、エドウィンはよく見もせず暗闇の方へ蹴飛ばした。
翌日。兵士の一人が、これまでとは様子の違う横道を発見した。
「おい、向こうに何かあるぞ!!」
その道は、奥が綺麗に舗装されてすべすべした象牙色の通路になっていて、ガシャンガシャンガシャンガシャンと鎧の音をうるさく反響させながら進んだ兵士は、
「おい、こっちにお宝があるぞ!」
と叫んでいた。
「待て!我々が先に確かめる!!」
顎のしゃくれた騎士のリーダー格が、通路の先へと行って検分したらしく、騎士と兵士一同がすぐさま呼ばれ、持参の大きめの袋を抱えてそちらへと向かう。
どうやら本当に宝物があったらしく、騎士長その他は笑いが堪えきれず不気味な表情になっているし、後に続く兵士も、これまでの暗い顔が嘘のように和やかだ。
なんて間の悪い……!!
エドウィンは舌打ちしそうになった。ただでさえ、それぞれの里心を盛り立てるような出来事のオンパレード。この宝を手に、この調査隊が帰路につくことは間違いない。おそらく調査自体はこれからも繰り返されるだろうが……こちらはどうなる。
この調査隊に入り込むためにコネを総動員させ、貴族の好事家たちと発掘品の一部を横流しする、という取り決めをし、そのために使った金は全財産の四分の一にも及ぶ。来れて、あと数回。初回がこんな状態では……。
エドウィンはギリッ、と奥歯を噛み締めた。
その夜は、いつにもまして派手な宴会騒ぎがあり、騎士や兵士の皆が寝静まった夜更け。
――――――動くのなら、今が妥当だろう。
エドウィンはずっと閉じていた目を開け、まわりに誰もいないのを確かめ、静かに行動を開始した。
その翌朝。かねてから怪しい行動が目立っていた偽の学者の一団が宝物を盗もうとしたところ、同じ場所で寝泊まりしていたエドウィンにより直前の密告を受け、騎士たちに捕らえられていた。
昨夜、すぐに状況を悟ったエドウィンはいち早くと騎士隊に直接訴え、この流れを作ったのである。
―――――やはり、なるべく恩を売っておくぐらいか。
放っておけば自分も仲間と思われること必至だったので、あっさり彼らを売って少しでも足しに、としたものの、どこかうきうきと帰路につこうとする騎士、兵士たちとは逆に、その足取りは重い。
せめて、せめてここに残る充分な理由でもあればいいのだが……。
そんなことを考えながら歩くので他の者より遅れがちになり、次第に距離が開いていく。
いっそのこと罠でもあれば、とエドウィンが自嘲気味に乾いた笑いを浮かべた時だった。
カチリ、と足が硬いものを踏む。
「なっ……」
続いて細かな振動とともに低い地鳴りが響き渡り、隊との間の通路の天井が、崩れ落ちてきた。
とっさに伏せ、体を固定したが、しばらくは轟音ともうもうと立ち込める煙とで動けず、やっと立ち上がってみれば、もう目の前の通路は完全に塞がっており、通れなくなっていた。
「ふっ……!」
あはははは、とエドウィンは破顔し笑い声を立てる。
「まさかこんなに都合よくいくとはね……!!偶然に感謝しないと……ッ」
しばらく笑ってから自分の荷物を確かめ、十分な装備と食料があるのを確認すると、さっきとはうって変わって足取りも軽く、来た道を引き返し始めた。
それから気のすむままに探索を続け、確かな手ごたえを感じながら洞窟の奥へ奥へと進み、とうとうエドウィンは、明らかに人工物とわかる跡を辿り、遺跡の入り口を発見したが……そこで一番出会いたくない人物とはち合わせすることになった。