十人十色のこぼれ話
エピローグ、みたいな話。
※更新後三十分で加筆しました。重ね重ねすみません。
船の中にいた怪我人は大多数が町の教会にある診療部屋へと運び込まれることとなり、ヒューイックも付き添おうとしたが、おまえがいないと祝宴が始まらん、と多くの者に止められ、断念することになった。
シャロンはアルフレッドと怪我人運び入れを手伝い、どうやらあちこちに傷を負いながら無理やり動いていたせいで傷が悪化したらしい包帯巻きのリューリクやハリーと言葉を交わし、ジークの元へやってきていた。
「ジーク……大丈夫か?」
なんというか、普段しぶとくて怪我をしそうにない奴が怪我をしていると、どうも落ち着かない。
「ああ、平気平気。笑うと、痛いけどな」
そう言いながら苦笑いを浮かべ、いててっと呟いた。
「どうせなら十代ぐらいのシスターが来ないかなあ。いろいろしてもらえそうじゃん」
「……おまえは一度ここで頭も見てもらえ」
そんな会話をしながら、シャロンはふと、ミストランテの遺跡の中の、あの出来事をまだ話していないことを思い出した。
本当のことを告げようかどうかと迷い、言葉を選びながら、
「あの、ジーク。おまえの叔父、アイリッツのことなんだが……私は、ミストランテの遺跡で、彼がいたっていう証拠を、見つけた気がするんだ」
「…………ああ、わかってる」
ジークは真面目な表情で深々と頷き、
「オレもその場にいたから」
衝撃の事実を告げた。
「え!?」
心底驚くと、
「叔父貴が、『せっかくだから』って、壁に堂々と“アイリッツ参上!”って書き始めた時はさすがに焦った。すぐ近くから別のパーティの足音なんかはするし、うろうろしている気配はするしで、もう……」
「あ、あ~、そっちか。そういえばそんなのもあったな」
シャロンはいつぞやの壁の落書きを思い出した。
「だいたい、あんなところに名前残してどうするんだよ」
とジークがぼやく。
ジークに突っ込みをさせるとは……恐るべし。
シャロンは、別の意味でその男に戦慄を覚え、そして……話す雰囲気とかタイミングとかは思いっきり駆け足で去っていったのを感じて、ひそかに、ため息を吐いた。
「そんなどうでもいい話はいいよ。それより早く行こう」
アルフレッドが苛々と腕を引く。昼前から何も食べてないので、限界に近いのだろう。
「ああ、そうだな。じゃあ、また来る」
「オレの分もとっといて、持ってきてくれよな」
その声を背中に聞きながら、シャロンはその場所を後に、広場へと向かっていった。
広場ではすでに祝宴は始まっていて、それはもう賑やかな騒ぎになっていた。あちこちで火が焚かれ、漁師らしき男たちが熾火で魚を焼いたり、大鍋で海老や小魚を炒めたりしている。海鮮スープを出しているところもあり、どれも平たいパンやスープ皿代わりの丸パンと一緒になってサービス満点だ。
「おお、よく来たな。さあどんどん食ってくれ!」
大皿に盛られた海老や魚を山積みにして、アルは非常に幸せそうに頬張っている。いや、別にいいんだけれども。どこかに座ってからでも遅くないんじゃないだろうか。
「よお」
どこからか運ばれた木の板と石で作られた長いテーブルに陣取っていたソーマとヒィロが、すでにかなり飲んでいる様子でこちらに手を振ってきた。
「おまえらも来てたのか。この料理もうまいぞ!」
ヒィロはにこにこして焼き魚を大量に盛ったパン皿を見せてくる。……こいつもか。
「しかしな、俺って、そこそこ顔もよくて、本当ならその辺の女に声かけられてもおかしくないんだぞ?なのに、さっきからソーマにばっかり行きやがる」
そんなことをぼやいている後ろで、栗色の髪をした少女が、じっとテーブルの大皿料理を取りたそうにしていたが、すぐにそれに気づいたソーマが二言三言会話していたかと思うと、無事取ってもらって、笑顔でお礼を言って去っていく。
「ほんっと、どうしてなんだろうなまったく」
「……とりあえず、まわりを見たらいいんじゃないか?」
シャロンはそう助言してみたが、ヒィロは文字どおりパッとまわりを見まわして、
「何もないじゃないか」
と不満げに呟いた。
駄目だこれは、と早々に諦めて、よくよくまわりを見ると、喧騒から外れた辺りで、何人かの商人に囲まれているヒューイックを発見した。
「いや、私はあなた方がやりとげると思っていたんですよ!もちろん船の修理代やその他の諸費用は出しますので」
「何言ってやがる。この航海にはな、仲買ボロミーニヤが一役買ってんだ。お前たちの出る幕じゃねえ」
「いやいや、どうですかな。ここは一つ、こちらの契約船ということにしては。やはり、魔物退治するほどの腕なら私どもとのお付き合いで損はさせませんぞ」
「……待った。まだそんな気はねえ。俺の一存じゃ決められねえし、考えさせてくれ」
「いいですともいいですとも。色よい返事をお待ちしていますぞ」
恰幅のいい、おまけに身なりも上等な中年の男が腹を揺すって笑う。ふと、ヒューを囲んでいた商人の一人が、声を上げた。
「おや、あそこにいるのは……ちょいと失礼」
漁師の数人と談笑していたレイノルドが、寄ってきた一人を見て、げっと一瞬嫌そうな顔をして、すぐそれを取り繕った。
「失礼ですが、レイノルド・ウィーヴァーさんですね?一級航海士の。いや、こんなところで会うとは奇遇ですなあ。これも何かの縁。どうです、テハマナ商会と契約してはいただけませんでしょうか。いや、そのご高名は聞き及んでおります。もちろん、報酬は年間このくらいで」
このくらい、とおそらく積まれた金貨の高さだろうが……手でかなりの幅を示して見せる。しかし、すぐに横やりが入った。
「いやいや、何をおっしゃる。この人の価値はそんなものでは測れません。私どもでは、船に気を使い、最高級の部屋と、満足のできる船旅を約束致します」
「ああ、わかった。わかったから。ちょっと待ってください」
レイノルドが叫ぶように言って一旦こちらに来るとヒューイックに、
「もし航海に出るなら早めに知らせろよ。でないと知らんぞ」
そう早口に言って、商人の一団を引き連れ別の場所に去っていった。
それを近くで見送っていたケインは舌打ちし、酒瓶からなみなみとコップに酒を注ぐとすぐに飲み干した。
ヒューヒュー、と囃したてている別の方向を見れば、マーヤが自身たっぷりに挑んできた男と飲み比べをするらしい。
とりあえずその場を収めたヒューイックの元に、近くで飲んでいた男たち二三人が来て、
「「もし海に出るなら雇ってくれよ」」
と言って笑いながら去っていく。
その騒ぎを聞きつけて来たヒィロがソーマに声をかけ、
「おい、どうするよ。また参加するのか?」
「さあ、俺は無理だよ。言いそびれてたけど、親から呼び出されてるんだ。店を継ぐはずだった弟が、ひどい事故にあってね。故郷に帰らないと」
彼はそう、寂しげに笑う。
マーヤは見事勝負に勝ったらしく、真っ赤な顔でへばっている相手の横でアイリーンが、
「マーヤの勝ち!」
と勝利宣言をしている。
「で、シャロンはどうする?また旅に出るのか?」
ヒューイックの問いかけに対し、
「うーん……しばらくここにいようかな。まだ行く場所も決まってない」
と、迷いながらもシャロンは、そう答えを返した。
ちなみにその横でひたすら料理を味わっていたアルフレッドにも異論はない。