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異郷より。  作者: TKミハル
『広い海と嵐と魔物と』
156/369

続く曇空

 ほっとしたのもつかのま、戦い最中も進んでいた船の底からガリガリガリ、と引っかかれるような嫌な音が響き渡った。


 ヒューイックが慌ててレイノルドとブロスリーを呼びつけ、現状の確認を急がせる。


 しばらく、被害や生死を問う大声がひっきりなしに続き、もはや事切れた誰かの体にたかろうとする鳥を追い払う者や、ところどころ倒れている者、力なく項垂れている者がいて、甲板は大分壊れかけ、メインマストのうち一つはギシギシと嫌な音を立てて傾いている。


 ブロスリーからの報告を聞いていたヒューイックは、すぐ何人かに指示を出し、こちらへと向かってきた。


「岩礁に船底がこすれ、穴が空いたようだ。今数人そちらへ向かわせた」

「おい、大丈夫なのか?」

 低く告げるヒューイックにシャロンが問う。

「ああ。もともと底の造りは二重にはなってるから、浸水はないはずだ。……アル、おまえそれどうにかしろ」

 血や魔物の体液、その他でどろどろ、パリパリ、体中凄く臭気を発しているアルに、ヒューがしかめ面をした。髪の毛が乾いて海藻のようにボサボサになった自分のことは、棚に上げているらしい。


 そこへこちらも血などでまだら模様になった顔や首を布で拭きつつジークが来て、

「ヒュー、ハリーのことだが……傷は癒えたが左足は千切れて戻らなかったらしい」

「……わかった、すぐ行く。おまえらはどう、って来るに決まってるな」

そう頷きすぐ、甲板下の船医室付近の治療場所へと歩き出す。早いうちに体を拭いていたシャロンとは違い、ひどい状態のアルフレッドはジークが無言で引き止め無理やり布を握らせたので、嫌そうにさっと主な場所を拭いぐしゃぐしゃと丸めてジークに手渡した。

「うわ、ひでえ」

 そんな文句を背に甲板下へ向かい、ずらりと敷かれたシーツと人の群れからハリーを探していると、あちこちから、上の様子、さっきの衝撃はなんだったんだと不安そうな声が上がり、それに応えつつハリーを見つけて傍へ寄ると、蒼褪めながらも彼はぎこちなく微笑んだ。


「どうも、ありがとうございます。痛みはないんですが……船は、大丈夫ですか?」

 そう言って無くなった側の膝をおそるおそる撫でる。

「心配するな。メインマストが一本傾いただけで致命傷はない。船底も岩礁に当たったが平気だ」

「それって全然大丈夫じゃないじゃないですか」

 はは、と力なく笑う。


「僕も、お手伝いしたいんですが、この足ではね……。正直、覚悟もしていたし、それほどショックなわけじゃないんです。ただ、動けないのが何よりも辛い。立ち上がって、船の状態を調べ、浸水してないかどうか調べたり、水汲みをしたり……些細なことばっかり、気になって」

 ハリーの拳はきつく握られ、青筋が浮かんでいる。

「落ちつけ。そう急に手がいるわけじゃない。しばらく休んで貰ったら、またいろいろ頼むから」

ヒューイックが宥めるようにいうと、その後船医ギブソンを呼び、船医室へと入ったのでこちらも後を追う。

「なんだ、おまえらも来たのか。大した話でもないのに」

 彼はそう言って呆れたが、一緒に話を訊くことにした。


 まあ、その後の船医との話は短く、それによると、驚くべきことに患者たちすべての傷が癒えたものの、欠損した箇所は戻らなかった、とのことだった。


 医者にしてはまともなことを言うので驚いたが(通常は傷とみるや即座に切り落とせなんて言ったり、まともな話が訊けないことの方が多い)、ヒューイックはどこか固く険しい表情のままで、今度は船長室へと向かう。


 海図を見ながら真剣に話し込むブロスリーとレイノルドに声をかけ、ブロスリーに傾いたマストのダメージを調べるよう改めて指示して、うっとうしそうに髪をかきあげると、椅子にドサリと腰を下ろした。


「レイ。率直に言う。俺はあの、海神とやらを手にかける」

「ええッ!なんで、どうやってっていうんだよ!?」

 ジークが叫び、

「は?なんだよ、いきなり。あの、白く光る、船の乗客、乗組員の結構少ない信心を残さず奪っていったあのでかいのを、どうするって?」

レイノルドは耳を疑っているのか頭を振って、訊き直したが、ヒューイックの返事は変わらない。


「もう一度言うぞ。あの化け物を、殺る」

「…………」

 レイは無言になり、ため息を吐いた。海図を撫でたかと思うと、インク壺に羽ペンを突っ込み、×印や小さな書き込みをあちこちに重ねていく。


「どうしてそんな結論になったのか、教えてくれるか?」

「ああ。まず、あの白い化け物は、おそらく、凄まじい魔力を放っているんだろう。近くのものを回復し、魔物たちを活性化させるぐらいのな。そいつがこの近辺の海にいて、これまで魔力を無駄に放出して魔物を増やしていた、んだと思う」

「根拠は」


「あの光る馬鹿でかい化け物が通るとき、死にかかっていたヒュドラが再生するのをこの目で見た。後は、勘だ」

「勘か…………それだけで、よく言えるよまったく」

 ふう、とため息を吐き、目を閉じてじっと考え込む。


「わかった。とりあえず、そいつの傍に寄って、観察。もしくは追い詰める方向で動いてみる。幸いなことにこの近くにはいくつかの岩礁、もう少し奥へ行くと浅くなる場所があるんだ。万が一倒すとしてもそこに追い込めばなんとかなる」

「そうか。助かる」 

 今度はヒューイックがほっと息を吐いた。


 話が大きすぎて、ついていけない。アルフレッドも同様らしい。


「あの、途方もなく大きいのを……本気か」 首を傾げると、ヒューイックが笑い、

「いざとなったら俺一人ででもやるさ」

そう宣言した。

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