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異郷より。  作者: TKミハル
『広い海と嵐と魔物と』
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彼の意趣返し

 虫苦手な人、食事中の人は閲覧を控えた方が賢明です。

 災難とは続くものである。夜明け前に投網をしていたブロスリーが、魚を大量に捕まえたらしく、一つ一つ紐に結びつけ、非常食にすると意気込んでいた。が、空はずっと曇り空。おまけに風も湿っていてしかもあまり吹いてないと来ている…………。


 ああそれなら、というようにアルフレッドがこちらを見て、次にヒューイックが、

「よし、シャロン頼んだ」

「わざわざ呼び出して何を言うかと思えば、それか」

「おまえにしかできないんだから仕方ないだろ。食料は貴重だ」

船の長が笑いながら言うと、

「そうそう。シャロンになら、できるよ。頑張って」

アルもそう、無邪気に励ましてきた。

「他人事だと思って…………」


 あれこれ言い逃れをしたが、結局言いくるめられ、もう開き直ることにした。マストから吊るされた魚の前で、いつもの鍛錬をするだけだ。簡単じゃないか…………。


 シャロンは水夫たちがくくりつけた魚から、そう遠くない場所でいつものように素振りを始めた。乾燥した風が起こり、紐の魚が煽られていく。


「おおお、見ろ。なんかやってるぞ。すげえ風が巻き起こってる」

「まあ、確かにすごいっちゃあすごいが……わざわざ魚に向かって剣を振り上げるんだろ?はっきりいって阿呆みたいじゃねえか。俺は嫌だな」


 …………私だって、そう思ってるさ!!


 シャロンはアルフレッドぉおおっと最初に勧めた相手を心で恨みつつ、半ばヤケになりながらも魚を干物にするため剣を振るい続けるのだった。



 昼はさすがに一緒に食事を取る気になれず、配給の際たまたま出くわしたマーヤ、アイラに声をかけ同じテーブルにつかせてもらう。そのついでに、昨日今日でこき使われた話をすると、二人はぷっと吹き出し、遠慮なく声を上げて笑い始めた。


「そんなことがあったなんて……いや~なんだか船長のことを見直したわ~」

「ああ。おそらく航海士の提案だとは思うが……考えたな。大した犠牲でもなくてよかったじゃないか」

「そういう問題なのか……?」

 シャロンが不満げに返すと、まずアイラが大きく頷き、

「そだよ。実際のところあちこちで不満は出てきてるからねー。やっぱり見通しがたたないっていうのは苛々するし。例えばさ、食事一つとっても美味しくはない豆のスープに、しょっぱい魚肉とか。このパンだって、」

とテーブルに硬いパンを打ちつけ、隙間にひそんでいる小さな白い虫を全部床に落としてからかじりつく。

「毎回こうじゃやってらんないよ。獣肉禁止されてるこっちと違って男連中には他に塩漬けの豚とか出るらしいけど、それでもねえ」

「…………そうかも知れないが」

「とにかく、火種はそこここに転がっている。炎上したら終わりだ。船だけに」

 ふふふっとマーヤが皮肉気に笑う。

「笑えない冗談だ……」

 シャロンは這い上る不安に、味のわからなくなったスープを無理矢理飲み下した。



 船長室ではヒューイックとレイノルドが、もう何度目かわからなくなった緊急会議を開いていた。

「レイ。まだ方角は掴めないのか?」

「……ああ。羅針盤は狂いっぱなしだし、太陽も星も出ないこの天気じゃきつい。幸いなことに、この辺りの地形は地図通りだからだいたいの場所はわかるのが救いか」

「おいおい。というかだいたいの位置すらわからなかったら岩礁に乗り上げて終わりだろうが」

「引き続き、水夫たちには岩の場所と水面下の様子に異常がないかチェックしてもらうしかない」

「そういえば、ジークが、アルフレッドの目の良さは尋常じゃないとか言ってひどく驚愕していたな。マスト上の見張りを時折頼むっていうのはどうだ?」

「そうだな。後は魔物と出くわさないことを祈るか……」



 レイノルドの祈りは聞き届けられず、魔物の襲撃は次第にその頻度を増していく。水葬式を重ね、怪我人が増えるにつれて、船内には険悪な空気が漂い、ひょっとしたらこのまま永遠に漂流を続けるのではないか、との声も上がり出す。


 アイリーンとマーヤは他から悪質なちょっかいをかけられることが増え、面倒ごとを避けて部屋に籠もりがちになり、シャロンも二人ほどではないものの、隙あらばと執拗にこちらを窺う視線も一つや二つじゃすまなくなってきていた。

「シャロン、気をつけて。牽制もあまり効かなくなってきてる」

「というかおまえ、そんなのしてたのか?」

 呆れてアルに問えば、これには否定も肯定もせず、口の端をちょっと持ち上げてみせる。そういう彼は、最近ジークと行動することが増えてきたらしい。聞くと、見張りを一緒にやってるとのこと。


 そうして、日を重ねるにつれ、船長や航海士への批判も声高になり、レイノルドが通り過ぎざま、役立たず、だの、隠れてないで最前線に行ってみろよ、だのと嫌味を言われているのを目撃することも珍しくない。


「レイ、その、大丈夫、なのか?」

「ん?ああ、あのことか。あいつらも馬鹿だよなあ。……航海士、特に一等級はその発言が重んじられ、船長の次か、船によっては船長と同等の権限を持つんだ。俺が規則を変えたらよくて鞭打ちか、島流しの刑に処してやる」

 レイノルドが暗い笑みを浮かべたので、シャロンは息を詰め、本気か?と尋ねると、

「まさか。冗談に決まってるだろ。規則ってのはそうころころ変えられるもんじゃない。信用を無くすからな」

そうあっさり言って去っていった。


 また、こういうこともあった。ケインが、楽しそうに笑い合うソーマ、ヒィロ、リューリクを見て、

「あいつら後ろから斬りつけたらスカッとするだろうな」

と零したのを聞きとがめると、はあ?とばかりに肩をすくめ、

「本気でやるわけないだろ。嘘だよ嘘」

さらりとシャロンの責めをかわして去っていった。



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