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異郷より。  作者: TKミハル
『広い海と嵐と魔物と』
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さざなみ

 多少女性が嫌悪されるかもしれない文が後半にあります。ご注意ください。

 海に落とした死骸に群がっていた魔物たちも去り、船上では亡くなった者たちの葬儀がしめやかに行われた。親しかった者が祈りの言葉を唱え、水夫の一人が、沈むよう砲弾を一緒に縫い付けた帆布でくるまれた遺体を板に乗せゆっくり海へと投げ込むと、布製棺桶は次々と沈んでいく。


 馬鹿なやつだ。褒賞を貰う前に死んじまってよお、と誰かが悲しそうに呟いた。

 

 水葬式が終わってしんみりした空気を入れ替えるように、水夫たちが活気ある様子で痛んだ甲板や側面部の修理に取り掛かっていった。その中には、なぜか床をモップで磨くジークの姿もある。


「……なんだあれは」

「ああ、なんでも魔物を五十体以上倒すとか豪語して、達成できなかったようですよ」

 帆布の破れ具合を他の水夫たちとチェックしていたハリーが、シャロンの呟きに律儀に返し、足早に去っていった。


 ジークはどうやら乗組員のほとんどと親しいようで、くだらないことを言い合ったり、時に小突かれたりして楽しそうにしている。


 違う場所ではすっかりいつもの調子に戻ったケインが、少し上か同じ年の一団としゃべっていて、それとは対照的にソーマはぶらぶらと所在無げにしていたが、やがて、リューリクの様子でも見に行くのか下甲板へと下がっていった。


 船は、ぽつぽつと佇む岩のあいだをゆっくり進み、今日もまた夕闇が迫ってくる。シャロンはなんとなく上甲板から離れがたく、日が落ちてもしばらくそこにいた。しかし上を見上げても、雲が埋めつくすばかりで星影もない。


 かすかに酔っ払いの歌声と、見回りの水夫たちの誰何する声が響く中、

「よお」

船長室から出てきたらしいヒューイックが、手を挙げてこちらに来た。

「あれ、なんだアルフレッドは一緒じゃないのか」

「いやいや、そんないつもいつも行動を共にってわけじゃないから」

 即座にシャロンが返すと、眉根を寄せて、

「そうか?……しかし、あいつと一緒じゃないなら、ここに一人でいるのは不用心すぎるな。まわり全部男だぞ。あまり不用心では何されても文句は言えん」

「その代表格がここに、とか?」

「ああそのとおり、なわけないだろ。……おっと」

 ヒューイックがさっと身を引き、きらっと光る何かを避けた。ややあって、パシャン、と軽い水音が響く。


「……俺は間男じゃないっての」

 独り言のようにぼやく彼に、今のは、とシャロンが問いかけたところでで足音がして、アルフレッドが駆け寄ってくる。

「シャロン、探したよ。こんな場所でどうかした?」

「いや、ちょっとね……」


 星が見えないか確かめたかった、とはいいにくい。言葉をにごすシャロンの横で、ヒューイックが、

「あ、俺は煙草を吸おうと出てきてたまたま出会っただけだから」

わざわざたまたま、を強調して宣言した。

「煙草?煙草なんて吸うのか。珍しいな」

「ああ。嗜好品だし、普通に買うと馬鹿みたいに高いしな。ただ、時折無性に吸いたくなる時があるんだ」

 そう言って細い煙草に火をつけ、ふうっと白い煙を吐いた。その表情にはなんとなしにさっさとここを立ち去りたい、との意志が見え隠れしている。


 引き留めるのは悪いかなとは思ったものの、

「そういえば、夕方ジークを見た。船乗りたちと随分親しそうだったが……」

「そりゃそうだろ。奴らも俺も、あいつがかなりちっさい時から知ってる」

「そういえば、ここにかなり詳しそうな感じだったな。…………でも、あの容姿では」

「まあ、生まれは違う。ジークはリッツの……弟だったか妹だったかの子ども、らしい。ある日突然、あいつが連れてきた」

 どんな吸い方をしているのか、煙草はみるみるうちに短くなっていく。アルはその煙が苦手なのか、風上へまわり、距離を取った。


「もちろん誰もが思ったさ。あのリッツに、子育ては不向きだ。だから、協力して面倒をみることにしたんだ。物心つく頃から船に乗せて……だから、水夫の知識はみんな持ってる。幸か不幸か、性格は限りなく似ちまったが」

 ヒューイックはとうとう口元まで来た煙草をペッと吐き出し、ジュッと音を立てたそれを靴底で踏みつけた。

「いいのかその火種……」

「ん?ああ、甲板は常に水で濡らしてあるからな。心配ない。そろそろ戻るぞ、嫌な霧が出てきやがった」

 話の終わるタイミングを計っていたのか、ぐいっとアルフレッドが腕を引く。途中まで一緒に行き、船室が違うのでもちろん下への入り口で分かれてそのまま部屋にそれぞれ戻っていった。


 船長室へ戻ったヒューイックは、もう一度広げられた地図と、現在いると思われる箇所を見ながら、レイノルドの言った言葉を思い返していた。


『どうやらこの辺りの岩は磁力を含むらしい。羅針盤が役立たずになってる。太陽か月、北の弓射り星でも出てくれればいいが……しばらくは景色と地図を見比べつつ、ゆっくり進むしかないな』


 そんな話をした折りから、この霧か。


 次第にうっすらとかかり始めた霧を窓から見つめ、ヒューイックは煙草入れをくるくると弄んだ。



 霧は、朝になっても以前として晴れなかった。出来る限りの危険を避けて進む、と船長からの話があり、船の進行は這うよりも遅くなり、皆の不安を煽る。また、船上でさえも視界が遮られ、外に出ることを制限されたイラ立ちから、乗客同士の衝突も増えてきた。


「……このままの状態が続くと、まずいよねえ」

 隣同士で移動がたやすいため、部屋に集まり『富と愚者』をしている最中にアイリーンが思案気に言うと、マーヤも頷いた。

「狭い中で鬱憤が溜まると必ずどこかへ向かうからな。私たちがイケニエにされなけばいいが……

「生贄、なんていうのはさすがにないんじゃないか?」

 シャロンが苦笑すると、何を言ってるんだと首を振り、

「その様子じゃ知らないようだな。生贄というのは実際にあったことなんだ。今でこそ女性が船に乗ってもいいってことになってるが……その際の条件がまずい。肉類を絶て、というのは潔斎じゃないか」

 あ、とシャロンが思い至ると、アイリーンも頷き、

「いやー気になって調べたんだよこれでも。実は、この町での言い伝えなんかを聞いて……穢れなき乙女の祈りで海が静まった、なんて伝説があったから、ちょこちょこっとぼけかかったおじいさんなんかに聞くと……それっぽいのがごろごろ」

「……」

「いや、別に海に沈めるって意味だけじゃないぞ。男たちの鬱憤晴らしに使われないかって話なんだよ」

 そのあまりといえばあまりな内容に、シャロンは絶句せざるをえなかった。

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