渦中に向かう
今回ちょい短めです。
軽いのも含めれば体調不良者は半数ほど。嵐は去り、船の修繕を終える頃には、それらも大分回復して、鍛錬をしたり軽口を叩きあったりして陽気に過ごしていた。
嵐での酔いが二日酔いより軽くすんだシャロンは、やや薄くなった曇り空を眺め、しばらくは大丈夫そうだと安堵のため息を吐いた。その隣のアルフレッドは険しい顔で空の向こうをじっと眺めている。
「アル……?」
訝しげに問うが、しばらくして、去った、とだけ呟いて踵を返した。
「…………ア~ル~、お、ま、え、が」
シャロンはその腕を掴み、
「そういう時だいたい何かあるだろうが!さあ吐け、何が見えた!?」
揺さぶってみるが、彼は特に表情を変えず、
「鳥がいっぱい飛んでた。それほど大きくない」
とだけ答えた。
「鳥……?鳥か。そういやこの辺、一羽も見ないな」
シャロンはもう一度空を見上げる。出航の後はちらほら見かけた海鳥だが、やはり空には一羽もいない。
後ろを確認しようと甲板をまわると、向こうからブロスリーが、ズルズルとびしょ濡れの投網を担いでやってきたのに出くわし、思わず首尾を聞いた。
「ああ、この辺はさっぱりだ。変なのが二三匹かかっていて切り殺したが……普通の魚は獲れやしねえ」
潮風のせいか海藻のようになった髪を振りつつ、
「しかしあれだ。船体に魔物除けの塗料が塗ってあったんだが、どうやら先の嵐で剥げかかっているみてえだな。だん……船長に報告せんと」
まったく食い破らんばかりに咬みつきやがって、縄を太くしといてよかったぜ、といいつつ網を引きずり去っていく。
「魔物除けの塗料塗ってたのか。どうりでまったく出会わないわけだ」
「シャロン……それ、皆知ってる」
え、と言ったっきり固まると、
「魔物に対する備えとか、全然してなかったし、おそらく、ある程度の小物なら退けられる威力があるんだと思う」
潮風に髪を乱され顔をしかめながらアルフレッドが言う。
「…………」
もっと早く言って欲しかった……確かに二日酔いとかでダウンしていたのもあったけれども。
シャロンは顔を赤らめつつ恨みを込めてじっとアルフレッドを見つめたが、まったく気にした様子はなく、諦めて水平線の向こうへ視線を逸らした。
「じゃあ、これから、ってことだな」
「……うん。どのくらいで済むのかな」
相変わらず遠くを見つめたままでそう答えた。
その日の正午、船長であるヒューイックから正式に全員に通達があった。魔物除けの仕掛けが薄れ、さらに船はこれから、行く手に塞がる岩を崩し、危険水域に入るから警戒するように、と。
「いいか、おまえら、魔物は血を好む!ちょっとでも血を流したらそこ目掛けて襲ってくるぞ。用心しろよ!」
これにはオオォッと怒号のような返事が全員から上がる。傷や酔いも癒え、どうやらやる気充分のようだ。
海路を塞ぐ巨大な岩からやや離れた位置に横付けされた船体から、慎重に慎重を期して水夫たちがボートで近づき、機雷を海へと浮かべ戻ってくる。
彼らが船へ上がると、魔物除けなのか誰も傍へ寄れないほどツキンと鼻を刺激する匂いがしていたが、彼らはにやっと笑い手を振って完了!の仕草をしてみせた。
それから、砲手が8人集まり、大砲に装薬と詰め物、砲弾を入れ棒で押し込むと、続いて砲手長が号令をかけ全員でロープを引き砲門へ出す。
「おい、耳塞いどけ!」
砲手長がそう言うなり、導火線に火をつけて発射し、耳をつんざく轟音とともに砲弾が飛んでいく。その砲弾が岩の近くに当たった、と思ったところで一気に爆音が轟き、大きな水柱が上がった。
ヒューイックは巨大な水柱が落ちる様子を筒状の遠望眼鏡で注視していたヒューイックが、
「いいぞ、左舷をきれ!」
大声で指示を出すと、船はゆっくりとそちらに船首を向け、進み始めた。
オオオオォッと歓声が上がり、ピュゥピュウと指笛が鳴る。船は順調に進み、壊された岩のあった場所を抜け、その奥へと乗り込んでいく。
しばらくすると、パシャパシャと波間に魚が跳ねるのが見えた。まるで蜻蛉のようにキラキラと羽根を震わせ、群れをなしている。
「おい、ブロスリー。投網をかけたらどうだ?大量だぜ」
水夫の一人がからかい、それにブロスリーは苦い顔で、
「どっちが餌になるかわからんぞ」
と返す。
甲板にいた冒険者の一人が、よく見ようと身を乗り出して、近くにいた水夫がギョッとして止めるのも間に合わず、そのとき大分船まで近づいていた飛び魚の一匹が大きく羽ばたき、その顎狙い飛びかかってきた。
「ギャッ」
顎に食いつかれそうになり慌てて叩き落としたが、牙がかすめたのかぬるりと血が顎を伝う。
心配する仲間に笑顔を見せ、
「大丈夫だ、たいした怪我じゃない」
と返したその表情が、次第に引きつっていく。
空に映るは、鳥の群れ。炭を撒き散らしたようなそれは、一様に嘴と爪が鋭く、羽毛は油でぬめぬめと光っている。
急速に集まったそれらは、皆いっせいにただ一人を狙い、飛びかかっていった。