揺れ動く
第三者視点。
嵐が来る、との通達で甲板は水夫が慌ただしく行き来する場所となっていた。急速に黒雲が広がり、空も海もインクを流したかのように暗く、船の梁がギシギシ音を立てる。
「近いな……ハリー!手分けして見回りし、見張りを除き、手の空いた奴から下に退避させろ!」
ヒューイックは空の向こうを見つめ、水夫長に指示を出し、自らも見回りに向かう。
「急げ、投錨の用意をしろ!そこの檣楼員!残りを縮帆しろ、急げ!」
船尾手前のサブマストではブロスリーが強風に負けじと声を張り上げ、上の見張り台にいた水夫の一人が帆桁に帆を巻きつけていく。とそこにハリーが来て、
「ブロスリー、最低限の人員だけを残し、それ以外は船内待機と通達だ」
「ああ?じゃ……おい!終わらせたら撤退だ撤退」
水夫の一人、イシュマルがランタンを片手にロープを下りると、音もなくサブマストの先に火が灯り、辺りを明るく照らし出した。
「御使いの炎……祈っとくか?」
「今さらって気もするけどよ。っておい、あそこに誰かいるぞ!」
炎に照らされ、船尾の伝達管横で人影が揺れる。
「あの影、うちのメンバーじゃなさそうだ。大方お客さんの誰かだろ。まったく、いろいろやらかしてくれるよ」
ぼやきつつイシュマルに、下へ戻りかまどの火をチェックしとけと言って、二人で蹲る青年の元へ向かう。
「あれ、おめえ……ソーマとかいう奴じゃないか」
「ああ本当だ。何やってる、こんなとこじゃそのうち海に放り出されるぞ」
「……知るか」
ソーマはハリーたちをチラッと見たが、硬い表情で胡坐をかき、そこから一歩も動かない構えを見せた。
しばらく言葉を尽くし説得を試みたが、まったく動かない構えのソーマに、ブロスリーが早々にキレた。
「いい加減にしろ!何があったか知らないが、邪魔だこのクソ忙しい時に!」
殴ってでも連れて行く、と息巻くブロスリーに、それしかなさそうだなとハリーも同意しかけた時、最終確認でまわっていたヒューイックが近くを通りがかった。
「おいそこで何やってんだ。見張り以外は皆船内へ移動したぞ」
「あ、旦那。いやね、こいつが避難しようとしないから力づくでいこうと思ってたんで」
「あ~まあそれも一つの手だが……おい、ソーマ。何こんなとこで小っちゃくなってんだ。昼間のことでなんかあったか?」
「…………」
「だんまりか。じゃあ、当ててやる。同室のケインにインネンつけられた」
「……違う」
「あ、そう。じゃあ……他のメンバーと喧嘩した」
首を振るソーマ。
「せんちょー、殴って運んだ方が早くないですか」
ブロスリーがぼやく。
「殴って……ああそうか。ケインが殴られる原因となった。そのことが関係してそうだな」
ソーマはしばらく躊躇っていたが、ややあって、
「俺は悪くない。……でも、あんなこと言わなきゃよかった」
ぽつりと心情を洩らした。
はて。ケインが殴られたことに罪悪感を抱くような“超・善人”には思えないが……。
自分の考えにウケたが、ここで笑うと台無しなので我慢して待っていると案の定、
「自分のしたことであいつは殴られた。それは別にいい」
ソーマは続けて、
「ただ、そのきっかけを作ったのが俺……ケインはいいさ、あれだけのことをされたんだ。まわりも多少同情的になるだろ。だがそれが膨れ上がったら?当然、きっかけの方に目が行くだろうさ」
「以前にも同じようなことがあった。正しいことを言っただけなのに、そんなことをいう奴は往々にして嫌われる。それが真理だ……黙ってればよかった……でもどうしても……」
辛そうに顔を歪ませるソーマに、ヒューイックは風に負けないよう、声を張る。
「だが、規律は規律だろ。おまえは間違っちゃいないさ。ただ受け入れられにくい、それだけだ。少なくとも、おまえのしたことで誰かは助かってる気がするが、な」
ヒューイックが顔を上げるといつのまにかハリーとブロスリーは別の仕事へと急ぎ、まわりには誰もいない……と思いきや、きつい風の中を逆らい、バタバタとこちらへ近づいてくる青年がいた。
「ソーマ!おまえなんでこんなところにいるんだよ、部屋に来いよ!あれだぞ、アルは早々に寝ちまったし、ケインはおかしいし、あとはリューだぞ!俺一人でどうしろってんだ」
ヒィロが叫び、ソーマが顔を上げる。
「……今行く!」
理由はどうあれ、向かうその姿は心なしか嬉しそうだった。
ヒューイックは、ひととおり見回りを終え、船長室へと一度帰ってきた。もちろん部屋には誰もおらず、大きな音を立てて扉を閉め、大きく息を吸う。
「な・ん・で俺があんなクサい台詞を……だいたい、ハリーとブロスリーはどうした……いや、いなくてよかったのか……最後勝手に立ち直りやがって。くそ、ブロスリーの言うとおりぶん殴って部屋に放り込んどきゃよかった」
ダン!と壁を叩き、大股で歩きまわり、しばしヒューイックは荒れていたが、幸いなことに船長室は完全なる防音で、他の者も忙しく、その姿を目にする者は誰もいなかった。