波浪
後半アルフレッド寄り視点。
客室はやや後方寄りにある船長室の並びに備えられ、客室という響きに相応しく、他より少しばかり豪華なあつらえになっていた。
分厚いドア向こうの個室の中には寝台と小さなテーブル、椅子があり、本や小物を置く棚、驚いたことに衣装部屋に模したトイレまであった。
「破格の待遇だ、これは」
思わず部屋の外に出て呟くと、
「受けておけ。夜這い、強姦防止策も兼ねてる」
「あー、シャロンだー。ねえねえ、アル君はいないのー?」
黒髪眼光鋭いマティルダとふわふわした栗毛のアイリーンの二人組がやってきて、隣部屋の鍵を開け、荷物を放り込んだ。
「アルフレッドなら、自分の場所を見てくると下に……」
戸惑いながらシャロンが返すと、そうか、とマティルダが頷いて、
「じゃあ、今頃は洗礼を受け……てもいないか。強そうだしな」
小瓶の栓をキュポンと抜いて一口あおる。
「ひょっとして、酔ってるのか彼女は」
「うん。無類の酒好きでさあ……しかも火酒ばっかり。酔うと口数増えるんだよねえ」
ひそひそと交わしているとうるさいぞそこ、とビシッと指を突きつける。
「シャロン、せっかく隣になった縁だ。お前も飲め」
今はまだ出航したばかりで、昼にもなってない。
「いやちょっと待った。こんな時間から飲んでどうする」
「何を言うか。……ああ、わかった。夜に心置きなく一緒に飲みたいというんだな。言質はとったぞ」
そこまで言ってない!
にやりと笑ったマティルダにシャロンが何か言い返す前に、アイリーンが眉根を下げ、
「あ、あのさ、マーヤって言い出したら聞かないんだよ。今ここで断っても、結局なんだかんだで飲まされる破目に……」
「ふむ、触った感じだと相当鍛えているな。この上腕の筋肉のつき具合は……どういう鍛え方をしてるのか教えてくれ」
突然彼女は腕をギュッと掴み、感想まで述べ始めた。
「あああ、わかった!話ならまた夜に頼む夜に!」
慌てて叫ぶと、そうか、とにこやかに放し、それじゃあまたな、と上機嫌で自分の船室へ去っていき、それを追い、ごめんねえ、と一言謝ってアイリーンも中へ消える。
「なんなんだいったい……」
シャロンはそう呟き、とりあえず自分も中へ入ると、どっと疲れを覚えて椅子に身を投げ出した。
一方アルフレッドは、階下の乗組員室と隣接したいくつかの大部屋を確かめていた。そこにはブランケットや毛布が敷かれ、スペースを無駄なく使えるようハンモックが吊るされている。
壮年の男たちのグループですでに埋まっているらしい部屋は避け、後二つあるうちの右の小部屋へ向かう。
「お、なんだおまえ。あのお嬢さんと一緒の部屋がよかったんじゃないのか?」
入ると、シャッ、シャッと何かを削る音が響く中、こちらに気づいた金髪切れ長の瞳の男がにやにやしながらからかいの声をかけ、よせよ、と茶髪垂れ目の男が止める。
なんだ、つまらない。
冷めた目で二人を見やり、その奥にいる男に目が留まると、アルフレッドの瞳に好奇の色が宿った。
無邪気に嬉々として板切れを削り、双剣の切れ味を交互に確かめている不揃いの茶髪の男は、確かリュー、と呼ばれていただろうか。
こちらの視線に気づくと、彼は手を止めてにこりと笑いかけてきた。
「こんにちは。君、だれ?おれはリューリク。みんなリューって呼ぶよ」
「……アルフレッド」
「アルフレッド、かあ。君、強そうだねえ」
惚けて笑い、次の瞬間、リューリクの体がたわんだ。
傍にいた二人が止めるまもなく、彼自身が強力なばねのように両の手に剣を持ち飛び掛かり、同時にアルフレッドが剣を抜いた。
「うわ」
剣先を紙一重で反射的に身を引き交わし、獣のように姿勢を低くしさらに隙を窺うリューリクの頭を、二つの拳が襲った。
「痛ッ」
「何やってんだおまえ!また規則破ろうとしやがって!」
「そうだぞ、さっき言ったばっかじゃねえか!またよくない噂がたつぞ、フォローするこっちの身にもなってみろ!」
「ううう……ごめん。ほんとごめん」
もの凄い剣幕の二人の仲間を前に、頭をさすりつつ、ぺこぺこと謝るリューリクには、先ほどの覇気は見られない。
が、それはほんの表面的なものでしかないとアルフレッドは悟る。……何にも囚われず、ただ自分の本能にのみ従うもの。
戦闘狂、か。厄介だな。
アルフレッドは自分のことを棚に上げ、そんなことを思った。
沈黙をどう捉えたのか、垂れ目の男がおそるおそる、
「あの、いきなりで驚いたかもしんないけどさ、こいつにも悪気、あったわけじゃないんだ。ただちょっとばかし考え無し、なだけで」
「そうそう。ま、俺たちは悪くないぜ。こいつの行動予測つかねえんだよ」
切れ長目の男がフォローぶち壊しなことを言う。
「……別に気にしてない」
「そ、そうか。それならいいんだ。ここに来た他の奴らはみんな隣へ移っちまったから……俺の名は、ソマトロフ。呼ぶときはソーマで」
垂れ目……ソーマがややこちらを訝しみながらもそう言い、
「俺はヒエロムト。ま、だいたいヒィロと呼ばれてるな。アルフレッド、よろしく頼むぜ」
ヒィロが胸を張った。
「あ、おれもおれもよろしくー」
リューリクも便乗して手を出したが、気まぐれに握り潰しかねないので無視して自分の寝場所を隅に確保する。
「あれ、ハンモックじゃなくていいの?これ、慣れれば快適だよ?揺れの影響も少ないし」
「いい」
「ねえねえ、おれと一緒に遊ぼうよ。ナイフ床に差して、踵つけて、そこから動いて外に出たら負けってやつ」
いわゆる死の勝負、というやつか。
発想が限りなく偏っているリューリクに構わず部屋の外に出、甲板に上がると、次第に風は強くなり、遠くないうちに一荒れ来そうな雰囲気を醸し出していた。