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異郷より。  作者: TKミハル
『広い海と嵐と魔物と』
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船と規則

まわりは板で囲まれ、ギシ、ギシと軋むのが箱の中に入ったような妙な気分にさせる。


 この圧迫感が苦手だと同じように感じているのか微妙な顔をしているアルフレッドと、すぐ近くの椅子やテーブルの向こうを眺めると、隣には上へ続く階段、その向こう、真ん中部分には四角く吹き抜けで上から荷が下せるようになっていて、覗き込むと船倉に詰められた積み荷周辺をハリーやブロスリーと、他の乗組員数名が行ったり来たりしていた。


「おい、積み荷の数は大丈夫か」

 ヒューイックが彼らに声をかけ、

「旦那ぁ、ちょっくら来てくれ。家畜の置き所に迷ってるんだ」

そう返すブロスリーにわかった、と頷き、

「左が乗組員室、右の奥が調理室だ。シャロンと後二人の女性が寝る場所はここじゃなく上の船長室付近に客用があるからそこを使え」

こちらに早口で説明して階段を下りて行った。


 上の吹き抜けから熱心に話し込んでいる様子が窺えたが、ひとまず甲板へと向かう。

「レイはいいのか、行かなくて」

「ああ。上で測定の準備があるから。……邪魔が入らないといいが」

 レイはうんざりしつつも昇降階段を上がり、そのまま一緒に外へ出ると、すでにそこには、今回参加の傭兵や冒険者のほとんどが集まって、何人かで持ち物自慢をし合ったり、すでに酒に手をつけている者、これからの旅の抱負などを興奮気味にしゃべる者、興味深げに張られたロープや帆を眺める者など、さまざまだった。


数は思ったより少なく、全体で50人前後だろうか。こうしてみると、青年から壮年の域に達したものまでさまざまではあるがむさくるしい男たちばっかりで、ただでさえ暑い甲板がさらにじっとり暑く感じられる。


「そういやジークは?」

「ああ。どこかにいるだろ。ヒューの反対食らってたけど、ごり押しで勝ってたし」


 船から見下ろす港には、持っている布やなんかを一心に振っていたり、激励の言葉を飛ばす人たちで賑々しい。


 そんな様子を眺めていると、ジークが人混みから手を振り、こっちへ駆け寄ってきた。……なんだか右頬だけがやけに赤い。

「よお、来てたのか」

「まあ、そうだけど、そっちはその跡どうしたんだ」

「ジーク……おまえほどほどにしろよ」

 シャロンに続けてレイも呆れ顔で首を振る。

「いやーすっげえ可愛い娘見つけたんだけどさあ、あっさり逃げられちゃって。でもま、同じ船の中ってのはわかってるんだ。チャンスはいくらでもあるからオッケー」

「……一度その辺で泳いで頭冷やしたらどうだ」

おそらく叩かれたのだろうその場所をさすりながら笑うジークに、思わずシャロンは呟いた。


「そんなことより、そっち」

 まったく平常どおりのアルフレッドが反対側を指差したのでそちらを向くと、いつのまにかヒューイックが出てきて、

「この船に乗っている全員に告ぐ。そろそろ出発だ、覚悟はいいか!」

と叫んだ。

「先ほども言ったとおり、この船で航海する者たちは皆規則に従ってもらう。一つ、交戦に備え武器の手入れを怠らぬこと。一つ、勝手な脱走や全体に不利に働く隠し事を禁ず。一つ、むやみに人に危害を加えるべからず、一つ、淑女に同意を得ずに手出し無用、一つ、船倉で火の気のあるものを扱うなど、船が火事になる危険行為はするな。一つ、交戦中の怪我はその程度によりそれに見合うだけの金銭の保障を得られることとする。以上の規則を守れぬものは、すぐにこの船を下りてもらう。また、航海中に破る者があれば、厳重に処罰する。また、緊急時にはこの金を鳴らして知らせる。いいな?」


 乗る前同様それぞれ思うところはありそうな表情ではあったがほぼ全員からおう、と同意の声が上がった。

「あれは、俺とヒューとで三日間考えた」

「えー、でも絶対破る奴出てくると思うけどな」

「特に『淑女の……』ってくだりはおまえが、だろ。破った場合の刑も鞭打ち29回とか、考えてあるから問題ない」

そう言ってレイはにやりと笑い、ジークが慌てて冗談、冗談だって!と手を振った。

「それはさておき。そろそろ出航だぞ」


「よし、帆を高く張れ!」

 ヒューイックの言葉でブロスリーを始めとする水夫たちが索具を引いて帆を開き、別の一人が埠頭の杭に巻かれた太いロープをほどくとすぐ、船首が動き出していく。


 頭上では帆が風を受けて膨らみ、港から船を滑るように押し出すのと同時に、見送る人々の声がいっそう高くなった。


「なんか、すごいな」

 その雰囲気に呑まれて思わず呟くと、隣のアルフレッドは、そう?と首を傾げて、何か興味を引かれたのかレイノルドの後についていったので、慌ててそれを追いかける。ちなみに、ジークはまたナンパにでも行ったのか姿が見えない。


 後方に備え付けられた砲台の間を通って船首の反対側へ行くと、そこではハリーがすでにいて、結び目のついたロープが巻かれた重そうな板と砂時計を手に、レイノルドを待っていた。

「この道具は、船の速度を測るんですよ」

 にこにこと言って板を投げ込み、引き出されたロープの結び目と砂時計を見比べながら一つ一つ数えていく。

「このロープは48ヒュットごとに結び目が作られているんです」

 砂時計のなくなるまで出ていった結び目は4つ。つまり、4テックで進む計算になるらしかった。

「正午には天測器で方角を測る。ハリー、今舵を取っているのは?」

「ブロスリーと、おそらくヒューイックさんもそこに……」

「わかった。あとで行ってみる」

 そんなやり取りをしていると、視線を感じたのでふと振り返ると、いくつか酒瓶を手にしたケインがこちらをじっと見て、目線が合うなりさっと身を翻した。

「……?」

 しばらくして、船首側からドッと歓声が上がる。

「おい、4本いけるか?」

「楽勝だよこのぐらい」

「いいぞ兄ちゃん、もっとやれや!」


 レイノルドとハリーがやっていることに興味を持ちこっちの方に来ようとしていた男たちも、

「おい、なんか面白そうだぜ」

「行こう行こう」

さっさと背を向けそちらの人だかりにまわる。

「何かやってるのか……?」

 シャロンとアルフレッドの疑問に、

「ああ。大方ケインがジャグリングでもやってるんじゃないか?酒瓶持ってたし。……静かになっていい」

レイノルドが特に気にした風もなく答えた。


 おそらく兄に対抗しての行動、なのだろうが……当のレイノルドがまったく堪えていないのが気の毒というかなんというか。


 ついついケインの行動に生温かい眼差しを向けてしまったが、それはともかく、シャロンはその後甲板から突き出ている蓋付きパイプが伝達管で下の乗組員部屋に繋がっていることや、鐘を鳴らす非常事態にどんなものがあるかなどを聞いて、今度は自分に割り当てられた船室を確認することにした。

 ヒュット……膝から踝までの長さ。

 4テック……時速およそ7.4キロメートル。


 

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