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異郷より。  作者: TKミハル
『広い海と嵐と魔物と』
133/369

出航までに

 第三者視点。

 それから一週間、ヒューイックはレイノルド、ハリーたちと打ち合わせをしつつ、ビスケットや塩漬け肉、麦酒やワインといった食料から、予備のマストなど船に必要な道具、砲弾や火薬、武器などを次々に集め、船へと積み込んでいった。もちろんその合間をぬって船員を集めたり、シャロンたちに代表される,

海に不慣れな人間を安全な港周辺の海へ慣らしにいくのも忘れてはいなかった。


「一癖も二癖もある連中ばっかりだな」

 ギルドで乗組員の紹介を受けている合い間にヒューイックはぼやく。

「これは、船長がよほどしっかりしてないともめるぞ。いったい誰に頼む……」


 傍にいたハリーがその台詞を聞いてぽかんと口を開け、ブロスリーがカリカリと頭を掻いた。

「いや~ヒューの旦那、気持ちはわかりますがね……。船長ってのは、まず第一に船の持ち主だということが望ましく、支度金などの金払いができて、さらには航海士と親しくなければいけないっしょ。それに足して皆をまとめる度量のある、なんていうと……旦那しかいないんですが」

「ああ!?なんでそんな話になる……」

 言いかけてすぐ、苦く舌打ちした。

「待て。誰かいるはずだ。ジーク、は論外として、ハリーとブロスリー、おまえらは」

視線を受けた二人が力いっぱい首を振る。

「レイノルドはどうだ。あいつは知識も豊富だし」

「……諦めた方がいいんじゃねえの?」

ジークが呆れたように言う。


「俺は無理だぞ。陽の下に長くはいられないし、何より、侮る奴がたくさんいるからな」

 遅れてギルドに到着したレイノルドが、話に加わった。


「ヒュー。俺もおまえが向いてるとは思わない。……いや、変な意味じゃなく」

 はっきり面と向かって言われ、地味に受けたショックを隠しきれてないヒューイックに、

「船長ってのは前向きで、物事をあまり深く考えない奴が適任だったりするんだ。何か問題が起こった時に責任を取らされる、一番の汚れ役だからな。そんなの関係ねぇ、ってつっぱねられる奴の方が幸せだ。だが……」

「他になり手がいない、か。わかった、引き受ける。どのみち責任は俺の下にあるんだ。やってやるさ」

「ああ。こっちもできるだけフォローはする」

苦く言うレイノルドに、ヒューイックはああ頼むと、笑って肩を拳で叩き、トイレ行ってくるわ、と席を立った。


「あの……そんなに向いてないこともないんじゃないか?」

 シャロンが解せない、という表情で問えば、レイノルドは首を振り、

「いや、向いてない。けれど、だからこそあいつは、この役をやり遂げるだろうな」

と重く息を吐いた。



 次の日からシャロンとアルフレッドは船の揺れと海に慣れるため、ヒューイック、ブロスリーらと小型の船で港周辺をまわることにした。


「な、なんでこんなに揺れるんだ……」

「おいおい、そんなんで本当に大丈夫か?しけた時の海はくらべものにならねえぞ」


 恨めしげに、最初のうちこそ具合悪そうにしていたものの、すぐに慣れて平気な顔をしているアルフレッドを睨む。こっちは海に打ち寄せる大波に驚き、この小船で本当に大丈夫なのかと尋ねたらなぜかヒューイックを始めとする船員に大笑いされたというのに。


 げっそりとやつれて陸に戻ったシャロンだったが、それでも日を重ねるうちに少しずつ波の揺れに慣れ、付け焼刃だがどうにか行けそうだとの目処がついた時には、もう明日に出航が迫っていた。


 夕方、いつものようにギルドへ寄ると、もう明日の話で持ちきりで、船に乗る者たちはほぼ皆、魔物から採れる皮や肉がいくらで売れるか楽しみだ、だの、俺の腕があればひとひねりしてすぐ解決できるぜ、だのと顔を輝かせている。


 いい気なものだ、まったく。私は生きて帰れるかどうか、そんなことばっかり考えてしまうというのに。


 シャロンは運ばれてきた地元家庭料理、オリーブの油でぎとぎとの獣肉と野草の炒め物を見て思わず胃のあたりを押さえ、皿をアルフレッドに譲ってため息を吐いた。


 夜。待ち合わせ場所を確認しようと、漁業組合の事務所を訪ねてみれば、どうやら酒盛りをしているらしく、ガチャガチャとコップの触れ合う音や、騒ぐ声が外まで響いている。

 迷ったが控えめに扉を叩くと、中からハリーが顔を出し――――ほのかに酒臭くなってはいたが――――港前七の刻集合だと告げ、困ったように笑いながら、こっちはもうできあがってるんで……すみませんと謝りつつ中へ去っていった。



 そして深夜。さすがに心配性のシャロンも明日のためにと宿で眠りにつく頃。


 ブロスリーとハリーが酔って眠る漁業組合の小屋からヒューイックはふらりと外へ出た。夜の海は暗く不気味で、静まり返っている。漁師や船の乗組員に聞き込み、まとめあげた大量の書類。魔物の被害は、少しずつ、こちら側へと増えてきている。


 人を集めて行くなら、今しかない。まだ曖昧な情報しかまわっていない今ならば、報酬さえ出せば確実に冒険者たちは乗ってくるだろう。


 向かう先が絶望的な状況だと、知られていないならば。


 ヒューイックは胃からせり上がってくる吐き気に耐え切れず、手近な側溝にその中身をぶちまけた。


 ……もしも帰って来なかった時、あの財が乗組員らの遺族に分配されるよう手配したし、遺書も書いた。思い残すことは何もない。


 だが、もしここまでして成し遂げられなかったら……?もし自分だけが生き残ったとしたら、その遺族にはどう顔向けができるというのだろう。


 汗ばんで震える手の平を握り締め、何度も呟いてみる。きっとできる、大丈夫だ、と。


 夜明けまではまだ長く、まんじりともできずに、独りきりの夜は更けていく。

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