腕の立つ船員募集の件
ヒューイックは受付のエイリヤに、じゃあ頼む、と一言告げて金を置き、
「ちょうどよかった。こっちで話をしよう」
と、隅のテーブルへ向かおうとした。
が、たまたま入ってきた漁師っぽい格好のむさ苦しい男たちに呼び止められ、
「おっ、ヒューじゃねえか。このあいだはああ言ってたが、やっぱり沖のことが気になるんだろ?」
「あ~、まあそりゃあな」
「おめえが出す気がないってんならよ、売ったらいいじゃねえか。仲買ポロミーニアの奴らが漁師仲間に船売らねえかって声かけてたぞ。そのうち乗組員も集めだすに違いねえよ。もっとも、リーダーと腕のいい航海士を揃えるのは至難の業、ただの沈没船となっちまうかも知れねえけどよ」
「リッツが声かけりゃ、かなり集まるんじゃねえか?おい、リッツはいねえのか」
年配の男連中のからかうような言葉に対し、
「……奴は旅に出てしばらく帰ってこねえ。こっちとしても、この状況を放っても置けねえし、やれるだけのことはやる」
「ま、おまえでもそこそこは集まるかもな」
「あんま期待してもらっても困るんだが」
「何言ってんだこの、大船持ちが。あのデカブツを今使わずどうするってんだ。言質は取ったからな、しっかり頼むぞ!」
いや待て、まだ解決できると決まったわけじゃない……などと言い募るヒューイックを無視して、男たちは笑い、励ますように肩を叩いて去っていった。
何やら既視感が漂う光景を前に、シャロンも自然と遠い目になる。
「まったくあいつら、人の話を聞きやしねえ。……悪い、待たせたな。とにかくここで話をしよう」
この時点ですでに疲れたようなヒューイックが、近くの女店員を呼び止め、この地方特産のワインを頼み、奥の丸いテーブルに座る。
その横にジークが、それに向かい合わせるようにシャロンとアルフレッドが席についた。
「それで、だ。先ほどあいつらも言っていたが、どんな立派な船があったとしても、まず進路を決める航海士がいなけりゃ話にならん。まあ次に重要なのは船長だが……こいつは後回しだな」
「その、航海士に心当たりはあるのか?」
シャロンはそう尋ね、続いて、総じて頭がよく、複雑な海図を理解している、船の裏の支配者と言っても過言ではない航海士という人種に思いを馳せた。
果たしてそんな奴が魔物退治の船なんかに乗り込みたがるだろうか。
「航海士には心当たりがあるんだ。っつっても昔の知り合いを訪ねるだけだし、引き受けてくれるかどうかもわからねえけどな」
おそらくこの状況だから暇してるとは思うんだが……とヒューイックがため息交じりに呟いた。
「船はある。だからまず、蓄えといた食料や備品に必要なものを買い足して荷を積む。航海士と、乗組員、それと魔物退治のための傭兵や冒険者を雇い入れて、前に話したとおり魔物がもっとも多く出没する真ん中へ船で突入し、魔物発生の原因を叩き潰す、と。この流れでいいよな?」
運ばれてきたワインで喉を潤して、
「ポロミーニアや他の商会が手を出してきてるんなら幸いだ。俺らが金を出すって言ったところで誰も信じやしねえ。大きな商会に出資させて、それを水増しすればいい。……どうした、呆気にとられたような顔をして」
「いや、驚いた。あれだけ渋っていた割には、よく考えているなと」
「……へ?おいおい、考えなしにどうにかするって宣言したらただの騙りじゃねえか」
それによ、と頭を掻き、しみじみ言う。
「嘘ってのはここぞと言う時に使ってこそ信憑性が増すってもんだぜ」
「うわーどうしよう。なんかヒューイックが格好よく見える」
ちゃかしたジークの頭を小突き、
「っと、俺ばっかしゃべってるな。何か、訊きたいことはあるか?」
そう尋ねたので、
「……私たちもその船に乗ること前提でしゃべっている気がするんだが」
一番気になっていた部分を質問した。
「おまえらできるだけ力を貸すとかって言ってたじゃないか。あれは嘘か?……それとも、例えばこの怪異の解決案などもの凄い重要な情報を提供するとか、莫大なお金を提供するとかってことだったのか?見たところそんなコネと金持ってそうな感じしねえが……」
ヒューイックが訝しげに見たので、それはそのとおりなんだが、と慌てて頷いた。
「僕は魔物退治に参加でいいけど」
アルフレッドがそう言ったのでそれに賛同しつつ、
「確かに協力するとは言ったが、こちらも命と生活がかかってるんだ。ただで引き受けるわけにはいかない。それと……解決できる見込みはあるのか?」
問いかけると、ヒューイックは頷き、もちろんだ、仲間さえ集まりゃあな、と笑みを浮かべて見せた。
報酬の確約もしてくれたため、改めて協力する旨を伝え、テスカナータの東側に住むという一等級の航海士に会いに行くこととなった。
東に進んでいくと、白く背の高い端正な佇まいの建物が増え、細い路地が迷路のように繋がっていて、おまけにゆるく曲がっているためさらに道がわかりにくくなっている。
蒸し暑い空気の中、窓も少ない白い家々の間の小道を通っていくと、確かに美しいのだけれどどこかこちらを突き放しているようにも感じられた。
「あぢー……パンツまでびしょ濡れだぜ」
そんな静かな雰囲気をぶち壊し、ジークが上着で汗を拭きつつ、そいつの家はまだ着かないのかよ、と前を歩くヒューイックに問いかけると、彼はこちらを振り返り、
「もうすぐのはずなんだが……ああ、この教会だ。この近くで間違いない」
内装が桃色と金色に彩られた小さな教会を指差した。
そこを過ぎて道なりにしばらく行くと、前方に小さな広場が見え始め、子どもたちの賑やかな声が響いてくる。
「ねえねえ、おじちゃん!もう一回ブーンってやって!」
「は?おじちゃんじゃないだろ」
「そうだよ、レイレイに失礼だろ!」
「いや、レイレイでもないんだが」
日に焼けて赤と白のまだらのようになった肌と胡桃色の大分痛んだ髪の男が、木製で軸にくっついた羽とその下にある筒状のおかしな道具を子どもに見せながら、その筒から伸びる糸を引っ張っている。
「じゃあ、もう一回だけだぞ。1、2の、」
「「さん!」」
子どもたちの声に合わせて紐を引くと、軸に付いた羽根が勢いよく回転し、ふわりと空に飛んだ。
「すげー!!どうやってとぶんだ!?」
髪をぐしゃぐしゃにして興奮する六歳ぐらいの少年にポケットからもう一つの羽根を取り出して見せ、
「それはな、まずこの羽は斜めに削ってあって、風を下に……」
「おい、あっちに落ちたぞ!」
残念ながら説明途中で皆が一斉に走り出し、彼はぽつんと広場に取り残された。
「まったく……聞いちゃいねえ」
なんだか笑いを誘う光景だが……どうやら探していた航海士というのはその男だったらしく、ヒューイックが近寄り、笑いを含んだ声で
「久しぶりだな、レイノルド」
と呼びかけた。