悪人の定義
前半、第三者視点です。
客人が去り、ヒューイックは知らぬ間に入れていた肩の力をふっと緩めた。……紙に埋もれた狭い部屋は、いつもと変わらずこちらに平穏をもたらしてくれている。
「でさー、オレを残した理由ってなんだよ。なんだかよくない予感がするんだけどなー」
むうっと不機嫌そうな表情のジークに笑いかけ、
「なかなか勘がいいじゃないか。おまえ、あの二人の宿は知ってるよな?なるべく近くで見張っておけ。不審な行動を取らないようにな」
「うわ~それオレに任せちゃう気?まったく、ヒューイックがなに考えてんだかまるでわかんねぇよ。あの二人が裏切るかも知れない?だったらあの基地っぽいの、見せなけりゃよかったじゃねえか」
「そうそう、それは俺も知りたいね。なんでああもあっさり話しちまったかな」
ブロスリーがその通りとばかりに頷く。三人にじっと見つめられ、ヒューイックは頭を掻いた。
「いや……特に理由と呼べるものは……」
ええッとジークが声を上げ、
「そんな行き当たりばったりな……ヒューってそんなキャラじゃなくないか?」
その心底呆れた眼差しから目を逸らしつつ、
「なんだろうな。あのとき、あの二人をこのまま返すのは惜しいと思っちまったんだ」
「秘密を教えようと考えるほど、あの二人を気に入った、ということでは」
ハリーが冷静にそう解釈し、それに対してヒューイックは一瞬戸惑い、苦いものを飲んだような表情になった。
「そんなんじゃねえ……と思うんだが」
理由なしにとったにしてはリスクが高すぎる行動だった、とその場の誰もが思ったが、あえて口に出さずにおいた。
表には出ていないが、親友が生死不明だという知らせは、彼に相当なダメージを与え、冷静な判断を揺らがせているのか、もしくは――――――路傍の光る石が何か見極めようとする意図か。
ヒューイックは何かを振り払うように軽く首を振ると、ジークに向かい、
「とにかく、さっさとあの二人を見張っとけ。どのみち来た時の様子からして、ちょっかい出しに行くんだろ?」
「へいへい」
ジークが頭で腕を組みつつ、扉から出ていく。
それを見送ったヒューイックは今度はハリーとブロスリーを呼び寄せ、その意志を問う。
「おいおまえら、魔物退治に付き合う覚悟はあるか?死にたくねえって断るなら早いうちにしろ」
「旦那、何をいまさら」
「ここで行かないなんて言える奴がいたら見てみたいんですが」
二人ともにやりと笑って拳を差し出した。
「……本当にいいのか?」
真剣な表情で見るヒューイックに頷き、お互いに拳を突き合わせる。彼が目を伏せ、悪いな、と低く呟いた言葉は聞かなかったことにして。
「しっかしねえ……俺ら裏で稼いでる奴らの金をこそこそ盗む悪党っしょ?ガラじゃねえよなほんとに」
ブロスリーが酒瓶の栓を開ければ、
「仕方ないだろ、他にやる奴いねえんだから。こっちは船も、金もある。タイミングが良すぎたんだよ」
ハリーがコップを並べ、なみなみと注ぎまわる。
「ああ。俺たちは悪人だ。悪人には悪人にしかできないことがある。そうだな、まずは……なるべく大勢の人間を騙して地獄行きの船に乗せるのさ」
そしてヒューイックが皮肉気に笑い、酒を一気に飲み干した。
次の日の早朝。シャロンが宿の食事スペースを横切ると、そこにはアルフレッドと、なぜだかジークもいて、シャロンを見るなりにこやかに、
「よっ、相変わらず早起きだなあ。そんな頑張りやのシャロンに、今日は特別。オレも一緒に剣の修行をすることにした!」
「いらないそんなのは。何が特別なんだ。特別悪い、の間違いじゃないのか?」
すげなく断っても、まったくめげた感じもなく、
「またまた~そんなこと言って。前にも言ったけど、オレこの辺に詳しいんだよね。だから、人の来ないピッタリの場所、知ってるんだ。せっかくだから二人きりで……痛つッ」
そこでアルにさりげなく足を踏みにじられ、脂汗をにじませながらも、
「まあ三人でもいいから一緒にどう?」
「わかった、場所だけ聞いておいてやる。後はどこにでも行け」
「ひどいなーーまるで悪女のようだ」
そんな軽口を叩く傍らを通り、時間が惜しいとアルフレッドと宿を出たが、なぜか少し離れたところから同じように歩いてくる。
「……どうしてついてくるんだ」
「たまたま行きたい方向が同じなんだよ。気が合うね~」
無言で足を速めると、やはり同じだけのスピードでヤツは尾けてくる。
「シャロン、なんとかしようか?」
アルが隣でこっそりささやいてくるが……何をする気か知らないが、だいたいそこまでするのもどうかと思うようなことだろう、どうせ。
結局根負けして、ジークの言っていたベストプレイスを案内してもらうと、狭い道の急な階段を上ってぐるりとまわった挙句辿り着いたそこは、なだらかな高台にある適度な広さの場所で鍛錬にはもってこいだった。
「確かに眺めもいいし、よく知ってたな」
「もちろん。ここはこの町の、恋人と来たい場所第三位だからね」
「……」
これさえなければいい奴なのだが。
アルフレッドは、ジークの真後ろですでに素振りを始めている。表情はいつもと変わらないが、そのうち、何かやらかしそうで恐い。
そんなスリルを味わいながらも何事もなく鍛錬の時間は過ぎ、宿で朝食を取ってギルドへ向かうと、ちょうど受付でヒューイックが熱心に話し込んでいるところだった。
受付の妙齢な令嬢のエイリヤがこちらには欠片も見せなかった色気を目いっぱい振りまきつつ、
「まさかあの彼が行方不明だなんてね。まだ信じられないわぁ。だって……殺しても死にそうにないもの」
けろりと言う彼女に、ヒューイックはウインクなどして見せ、
「俺もだが……今は魔物の方だ。地元漁師は相当な被害にあったらしいし、ちょうどいい出資者も見つけたからな」
「あら。そんな奇特な人、いたかしら」
「俺も驚いてる。なんでも、アイリッツの知り合いの貿易商人だとかで……今ここには来てねえが、貿易船の被害額が伸びる前にケリをつけたいらしい」
「そういうことなら、声をかけておくわ。でも、それだとそちらの代表者が必要になるけれど」
「ああ。責任は俺がとる」
「ふふ。あなたも随分逞しくなったのね。こっちに来たばっかりでひどく暗い顔つきをしていた頃もあったのに」
「……誰でも成長はするさ。それが心底必要だと思うならな」
二人はしきりに話し込んでいたが、やがてヒューイックがこちらに気づき、よお、と手をあげて見せた。