見えないが確かにそこに
その斧は柄から繋がる頭部は滑らかな曲線を描き、手斧にしては重厚感がある。
すげえこれどれくらいあるんだ、なんて言いながら金貨の入った布袋の中身を確認しているジークはさておき、ヒューイックがひょいとそれを持ち上げ軽々と回してみせたので、重くないのか、と尋ねれば、これまたにやりと人を食った笑みを向けられた。
「普通の斧より断然軽い。持ってみるか?」
そう言って片手で渡してきたので、何気なく受け取っ、て、重ッ!
ドシャッ。
受け取ったが支えきれず、斧は床の薄手の絨毯に突き刺さった。というかめちゃくちゃ重くて一瞬持っただけでも手首が痛い。
「……」
「な、俺専用だろ?」
ヒューイックは、にこにこと輝かんばかりの笑みでこの武器がどれほど素晴らしく使い勝手がいいかを説明してくる。
「こいつは、リッツと南西の遺跡へ潜った時見つけたんだ。そこの遺跡はすでに盗掘され尽くした後だったが……この斧だけが残ってた」
まるで親しい仲間か家族でも見るような眼差しをしている。いや、そんな馴れ初めとか、別に聞きたくもないんだが。
うんざりしているこちらに気づいたのか苦笑し、
「最初は俺も重くて持ち運ぶのすらままならなかったんだが……しばらく使っているうちに、なぜだか少しずつ斧が軽く感じられるようになって、それで魔具だとわかったんだ。不思議なことに、他の奴にはただ重いだけの斧だけれども」
突き刺さっている斧を再び軽々と持ち上げ、皮の鞘にいれ腰のベルトに差した。本来なら非常に腰に悪そうな携帯法だが……まったくアーティファクトってやつは。
積まれた袋を一つ一つ確認しては興奮冷めやらぬジークをハリーやブロスリーが押さえにかかる。
その様子を見て、無理もない、と内心で呟き、この場に流れる気軽な雰囲気そのままに、これだけの財をどうやって集めたのかを尋ねようと口を開いた。
「いったい、この……」
訊くな。やめとけ。
アルフレッドが腕をきつく叩くより先に、脳裏を冷たい警告じみた思考が一閃し、シャロンは顔を強張らせた。
「ん?どうした?」
前に立つヒューイックの態度も、ジークをなだめるハリーとブロスリーも、変わらずじっとこちらの言葉を待っている。
急に、彼らの考えていることが読めなくなった。会って間もない私に、これだけの秘密を明かす、その目的はなんだ?
冷静に考えれば、この基地は……意にそぐわないものを閉じ込める、牢獄としても申し分ない。
「いやその……この量で足りるのか?船も用意するとなると……」
からからに乾いた舌を動かし、なんとか別の言葉を紡ぎ出した。この財がどこから来たのかなんて今はおこう。もしこいつらが目に余る行動を取ったら、その時にどうにかすればいいのだから。
「いや、もう船はある。準備を整え乗り込むだけだ。……どうやら、最低限のことは弁えているようだな」
「……何を言っているのかわからないな」
というか、わかりたくなかった、というのが正しい。
シャロンの背筋を嫌な汗が伝っていく。くっ……アルフレッド!おまえはどうしてそんなに冷静でいられるんだ!
隣でまったくいつもと変わらないアルフレッドに内心でやり場のない思いをぶつけていると、空気を読まないジークが叫んだ。
「いやいや、船とか!ヒューイック、これだけの財宝いったいどうやって、」
「まだ旦那が話し中だ。ちょっと黙ってな、坊」
ブロスリーにみぞおちをゴスッと殴られ、ジークが呻き声を立てる。
「ああ、すまないな。どうもあいつは頭が足りなくていけない。ここまで秘密を明かしたんだ。あんたらには最初から最後まできりきり関わってもらう。言っとくが、ここのこと他にバラしたら殺す」
ヒューイックは顔こそ笑っていたものの、なんの感情も浮かんでいない瞳でこちらを見つめ、腹をこすり脂汗を流すジークをも見やる。
「おまえもだジーク。もしここの奴以外に話したら最後、二度と女が抱けん体にしてやる」
「こいつにはそれが一番効くな。違いない」
ハリーがブッと吹き出し、ブロスリーとともに笑い出す。
そんなやり取りの後全員で部屋から出ると、ヒューイックは財を詰め込んだ部屋の鍵を再び閉めていく。
心で密かに、リッツ、おまえのものを使うぞ、と語りかけ――――――『ああ、いいぜ。……倍にして返せよ!』とイイ笑顔で拳を突き出す彼の姿が思い浮かんだばかりか声までも鮮明に聞こえた気がして、知らず目線を彷徨わせた。
「どうしたんですか?ヒューイックさん」
「いや……なんでもない」
幻を振り払い、基地の入り口に設置されたはしごを上り、しっかり錠を下ろす。そしてシャロンやアルフレッドに向き直った。
「よし、じゃあ今日はもう解散だ。明日朝市の終わる時刻にギルドに集合だ。いいな?」
シャロンたちが頷き出ていこうとすると、二度も試して悪かったな、とすれ違いざま低く呟いて、
「おまえは残れ。話が終わっていない」
と共について来ようとしたジークの襟首を掴み家の中へ引っ張り入れてバタンと扉を閉じた。
――――――どうやら彼の合格ラインには危うくも達したようだ。
シャロンはこっそり手の汗を拭い、ジークがどうなるのか知らないが大丈夫だろうと放置を決定し、アルフレッドを促して夜道を一緒に帰っていく。
その道すがら、
「なあ、アル。どう思う?本当にこれでよかったんだろうか……」
彼に相談を持ちかけてみれば、
「さあ?……ただ、一番の近道だとは感じたけど」
「そうなんだよな。きっと、彼らが魔物をどうにかしたいって思ってる気持ちは嘘じゃない」
これは、私の願望もかなり入ってるけど、と苦笑して、
「しかしおまえ、さっきはよく顔色一つ変えずにいたな。そういうの、見習いたいよほんと」
「……別に。始まったらまず頭を狙い、動揺した隙に弱い順に、とは」
「それはまた殺伐とした……えっと、他には?あの部屋が埋もれるほどの財宝、あれをどうにかしたいとは思わなかったのか?」
「僕には必要ない」
特に食べ物ってわけでもないし、とぼそりと呟いた。うーん、こっちが本音っぽい。
そして、こいつはこんな執着なくて大丈夫なのだろうか……などと悩んでいるうちに、宿に帰りつき、ベッドでどうにか無事に一日が過ぎたことを感謝しながら眠りについた。
〈補足〉
ヒューイックは正義感、お人好しといった善人の類が好きではない。この時シャロンが財の出所を尋ねたら、まず彼女の評価はだだ下がりでその状況によっては事が済むまでここに拘束、という未来もありえた。
妙な形の斧→本名「修練者の斧」。使用し続けると持ち主の魔力を少しずつ吸収し、その本人にだけ軽さと斬れ味の鋭さを与える。隠しスキルあり。
ヒューイックは親友アイリッツと探索した遺跡でこの斧を発見し、誰からも顧みられずぽつんと見放されたその姿に自分自身を重ねあわせ(他の財宝はほぼ盗掘されていた)、からかわれるのもかまわずひたすら重いだけの斧を持ち帰り鍛錬に使っていた。
その斧が次第に軽く鋭くなるのに気づいた時は踊り出しそうなほど喜ぶほどで(このことものちにからかわれる材料に……)、以来十年ほど使っているお気に入り。