装備補充
酒場の魚料理は高くついた。港町だというのに大皿一つで銀貨一枚強。
空ばかりでなく自分の心も重くよどんでいる。
「……」
「まだ怒ってんの?ほら、俺だけじゃなくて、あんたもあいつも食べたんだし別にいいじゃん」
確かに味は悪くなかったが……値段が気になり楽しめなかった、というのが本当のところ。
シャロンは恨みがましくジークを見つめ、ため息を吐いた。
「……一つ貸しにしとく」
「えー」
あんまりショックでもなさそうな飄々とした顔でいるジークに、
「それより案内だ。とりあえずギルドに行きたい」
といって、さっさと白い小石が敷かれた道を歩き出した。
テスカナータのギルドは町の西寄りにあり、案内所と食事処も兼ねているらしく、白い石が組み合わさったテーブルや椅子が並び、屈強な冒険者や傭兵、どこぞの商人の一団が時間をつぶしていたりしてそこそこ賑わっていた。
「随分とにぎやかだな、ここは」
受付でうまそうに煙管をふかしている、長い金色混じりの茶髪、陽に焼けた褐色の妙齢の女性の元へ行くと頷き、
「そりゃそうさ。みんな少しでも多くの情報を求めてる。ああ、そこの少年。あんたにどうしても会いたいってのが二人ばかりいるけどどうする?」
「……エイリヤさん、そこは秘密で」
ジークが投げたクアル銀貨をパシッと受け取り、了解と頷く彼女に、先ほどの話をもう少し詳しく、と尋ねれば、
「石も紙も輸送が滞っているんで、魔物退治の護衛を雇う商人たちもいる。だけれどね、その足がないのさ。こうも船が襲撃にあっちゃあ、船の持ち主も出し渋るってもんだ。それにね……」
「どうか、したのか?」
そこで彼女はにやりと笑い、
「おっと、この先が聞きたきゃちゃんと金を払いな。今のと合わせて半銀貨だ」
そう手を差し伸べたのでしぶしぶ財布から半銀貨を渡す。するとまた煙管をひょいと吸って煙を吐きながら、
「沖に出た連中がおかしなものを見たっていうのさ。魔物の棲む領域の奥深くに、白く巨大な海の怪物がいたと……ま、死にかけて幻でも見たのかも知れんが、そいつをどうにかすればこの怪異が収まるんじゃないかってもっぱらの噂だ」
「それでこんなに人が集まってるのか」
「そ。でもねえ、腕っ節のいいのが集まったとて、船がないんじゃあね。この騒ぎの前からずぅっと港に泊まってる立派なのが使えりゃいいんだけど、持ち主がなんていうか。……さ、話はここまでだ。いったいった」
しっしと手を振るので仕方なくその場から離れ、一応依頼の掲示板を確認してからギルドの建物を出た。
無表情のアルフレッドと、あちこちを眺めてくるくると表情を変えるジークと歩きつつ、
「……さて、次は買い物か」
「よし、オレに任せてくれよ。まず、マシューのなんでも屋からだな」
そう言って先に立つ彼についていった場所は、外見からすると物置のような風体で、その名のとおりごちゃごちゃとさまざまなものが売ってる店だった。
高価な煙草と魚の干物を同列に並べるのはどうかと思うが……。
アルフレッドは顔をしかめながらもお目当てのもの―――布や薬草、そして食料―――を迷いなく選び取り、抱えると、暇そうに船を漕ぐ白髪交じりの老人の元へと持っていく。
同じようになるべく嵩張らないものを選ぶが、
「……食えるのかこれ」
中には丸い頭で足がたくさんある、変な物体の干物(?)があり、ジークに尋ねると、
「え。タコっていけるじゃん」
驚いたように返事を返された。タコ……なんなのかがよくわからないので、とりあえず戻しておいた。
店を出ると、辺りを窺っていたジークがいきなり、
「あ、オレちょっと用事思い出したわー。日没に宿の前で落ち合うことにしようよ」
「いや、まだ全然案内されていないんだがは終わってない」
「あ、そうだったね。後でやるよ。いつか」
言うが早いがパッと建物の隙間の細い路地に入り込み、脱兎のごとく駆け出していく。
その向こうから、これまたバタバタと中年の男が騒がしく現れ、
「おい、そこの。白っぽい髪の野郎を見なかったか?マシューんとこから出たって話を訊いたんだが」
「いや……そいつがどうかしたのか?」
「ああ、ちょっとな」
その男は、凄まじい形相で、あいつ見つけたらただじゃおかねえ、なんて言いながら走り去っていった。
ジークの逃げ足の速さに感心しながらもぐるりと一通り市場を見て、宿へ帰り日没を待つ。しかし、日が暮れてもジークはなかなか帰ってこなかった。
「……遅い。あいつどこで何やってるんだ」
「気にすることないよ。置いていけばいいんだ」
アルフレッドが笑顔すら浮かべてそう提案する。返事に詰まっていると、ほどなくして彼は現れた。
「わりぃわりぃ。振り切るのに時間かかっちまった」
にやりと笑うその姿は、よく見れば唇の端が切れ、ところどころ土がついている。
「何やってるんだ……もう行くぞ」
呆れつつ促して、宿からさほど離れていない、例の漁業組合代表の家へ向かう。
狭い建物の中に入ると、そこにはすでに先客がいた。
「あ、ジークの兄貴!お疲れっす」
「よお。まだヒューイックの旦那は帰ってきてないぞ」
ティムの実が89、90、91、などと数えていたブロスリーが壺から顔を上げ、ハリーの監督の元、エンリコとロレンツォがこの前よりさらに増えている書類を、時折首を傾げながら分類しつつこっちに挨拶をした。
「しっかし、もうこいつらと会ってたとはなあ……。なんだか思いつめてたから心配してたんだ。道行く旅人を襲ったりしないかってな」
ハリーに肩を叩かれ、エンリコが乾いた笑い声を立てる。
どうも落ち着かない様子でいたジークは入り口を行ったり来たりしていたが、やがて突然開いたドアに慌てて飛び退いた。
入り口には……無精ひげとボサボサの茶髪の、どこの酔っ払いかと思われるような男が立っていて、狭い部屋をつかつかと横切り、どさりと奥の書類の山の真ん中の椅子に疲れた様子で体を投げ出し、ついでに持っていた荷物を傍らへ放る。
「あー、しんどかった。奴らに涙ながらに現状を訴えられ、説得するのに……ぎりぎりまで一緒に飲みまくってた」
やがて身を起こし、ジークを認めると、
「あ?よお、ジークウェルじゃねえか。あれ、おまえがいるってことは……リッツはどうした?」
その言葉に彼は笑おうとして失敗したような、引きつった笑みを張りつけ、
「ああ、その……ちょっとその話は奥で」
緊張を含み、ややかすれた声でそう答えた。