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異郷より。  作者: TKミハル
『広い海と嵐と魔物と』
121/369

約束

H27年3月16日少し付け足し改稿しました。

 テスカナータの産業は漁業だけではない。発掘された石材の加工、紙の製造など多岐に渡るが、それらは主に帆船を使って輸送されるため、海路を絶たれればその経済のダメージは計り知れない。もちろん向こうからの搬入も途絶えるため、深刻な物品不足は避けられない。


 この町における漁業組合の代表者、ヒューイック・ボナバントラは日々増える魔物の被害報告と、これから起こるであろう混乱に頭を悩ませていた。


「ヒューイックさん、これからどうします?また船の点検、補強でもしますか?」

 書類を仕分けしていたハリーが言えば、その隣で網を編んでいるブロスリーが笑い、

「おいおい、どんだけやんだよ。何回見たところでボロ船はボロ船だろうが」

「おまえに言われたかねえよ。その網、そんなにでかいの編んでどうするつもりだ。魔物でも捕まえようってのか」

「おお、そいつは悪くねえな。飛び魚こんだけ捕まえたら新たな名物として売り出すってのはどうだ」

「阿呆。モランと、腕やられたウィリスのことわすれたのか。てめえが餌になって終わりよ」

口でそんなやり取りをしながらもせっせと手は動かし、

「そんな太くしてどうすんだ。鮫でも捕まえるのか?」

「これが俺のこだわりだ。見ろ、この一級品を。おめえこそさっきから紙を右やったり左やったりしてるだけじゃねえか!」

「何を言うこのボケナスが。これは分類ってんだ。よく覚えとけ」

「何おう!見てろよ、この網で沖へ出てだな、魔物だろうと半魚人だろうと戦って……って、そうだ。ヒューの旦那、そういえば、こないだ沖の様子見にいった漁師の連中とだべってたら、おかしなこと聞きやしたぜ」

「……ぅん?どうした」

 もういい加減同じ作業に飽き飽きしたヒューイックが、書類に埋没しそうな頭を上げて問うと、ブロスリーが潮風で痛み、海藻のようにモシャモシャになった頭を掻きながら、

「ほら、随分前から金注ぎこんでたあの船。ヒューの旦那が近々あれで大々的に魔物退治に乗り出すってぇ噂が、ちらほら立ってるようっす」

「そうなのか……だがあれは……」

「知ってますって。アイリッツさんとの約束っしょ。でもねえ、リッツさんなら、よし退治に行ってやるっていいそうですけどね」

「そりゃ間違いねえ」

ハリーがカラカラと笑う。

「む……まあそうだな。しかし本人がいないのにそう決めつけるわけにもいかんだろ。ほぼあいつの金で造ったんだし……仕方ねえ、いっちょ説明してくっか」

 ガバリと身を起こし、ヒューイックは大きく伸びをして、元は焦げ茶だったがところどころ色素が抜けて栗毛になっている髪を一応整えてから不揃いな髭の剃り跡に顔をしかめ、壁際に転がる酒瓶をカバンに放り込んで背負い込んだ。

「今からまわるとなると、愚痴聞いて最後には飲むことになるから……早くて二日かかるな。それまでここを頼む」

といって戸口を出ていった。

「って指示は……俺らのすることって、ずっとこれってことに……」

ハリーが呆然と呟き、

「何言ってんだ。もっと重要任務があるだろうが。自分たちの食料の確保とかな」

自分の言葉にウケたのかブロスリーが膝を叩きにやにやと笑っていた。



 同時刻。しぶしぶジークから頼みごとを引き受け、酒場を出たシャロンたちは、仲間を見舞いに行くとのエンリコとロレンツォの二人と別れ、ジークの案内で漁業組合の受付を目指していた。


 表通りなのに人通りは相変わらず少なく、天気は曇りというだけでそこまで悪くないはずなのに、酒と煙草の匂いの混じるどんよりとした空気が立ち込めている。


 そんな通りを、潮の香りがより強い方へ歩いていくと、やがて目の前には船着き場と、濃灰色と紺色が混じり合った縁の見えない巨大な湖――――――のように見えるもの――――――が広がっていた。


「これが、海か……」

「広い。生臭い」

 鼻をヒクヒクと動かして顔をしかめるアルフレッドとともに、呆然と岸に打ちつける波やその飛沫に見惚れていると、

「う~ん……何がそんなに面白いのかわからないな。沖は雷雲っぽいので荒れてそうだけど、それ以外は普段とあんまり変わらないし」

呆れたようなジーク。

「いや、この大きさは感動するだろ……」

「そうかぁ?それより、ヒューイックの親父のいる場所はもう目と鼻の先だ。急ごうぜ」


 そう促すのでもう一度じっくり海や、泊まっている船を眺めると、さっきは気づかなかったが、港の多くの船は人がいない上にしっかりと固定されていて出航する気配がなく、目立たないよう隅の方にあるいくつかはぼろぼろで、板切れの集まりがやっと浮かんでいる、といった風情だった。



 漁業組合、と毛虫ののたくったような字で書いてある看板の、大きめだが粗末な漁師小屋、としかいいようのない家の戸口をジークは叩き、返事を待たずバンと蹴り開けた。

「ヒューイックの親父はいるか!」

「おい坊主何しやがる!ただでさえ立てつけの悪い扉が、開かなくなったらどうしてくれる!」

 当然のことながらこれには抗議の叫びがあり、中の、よれよれの漁師服で書類を抱えた茶色の縮れ毛の男と、やたら大きい網をさらに続けて編もうとしている荒れた髪の男が一度に振り向いた。


「あれ、ジークじゃねえか。帰ってきてたのかぁ?おめえ、ジェンマの兄貴が、見つけたら半殺しだって息巻いてたぞ」

「そうだったそうだった。マルグリットの親父も、容赦しねえってカマドみたいに真っ赤で煙り出さんばかりでな。おい、夜道には気をつけろよ。何が起こるかわからんからな」

 ジークを認めるなり、肩をバシバシ叩きながらにやにや笑う。



「あ~、まぁ、それは置いといて。ヒューイック見なかったか?」

 苦笑いしつつジークが問えば、うねるチリチリ髪の男が、

「おお、少し前までいたんだが、他の漁師の家をまわりに行っちまった。明日……は無理だが明後日の夜辺り帰ってくるんじゃないか?」

と説明し、続いてこっちをチラと見て、今度はなんだかあちこちにうねっているような髪の男が、

「そういえば、あちらさんはどうした?まさかおまえ……夫のいる女に手ぇ出したんじゃねえだろうな。厄介だからやめとけってあれほど……」

「なわけねえだろ、ボケ」

「ま、そうだよな」

あっさり頷くと、やがて二人はこちらに向き直り、

「え~、漁業組合総合受付へようこそ。つってもこんな狭い場所で、代表が三人だけですけれども。俺はハリー」

「ブロスリーだ。よろしく」

二人の男がにっこり笑って自己紹介してきたので、

「シャーロットだ。で、こっちは……」

「アルフレッド」

とアルが相変わらず無愛想に言った。


 後ろを向いた二人はひそひそと、

「あー、なんか漁師仲間でもいるぜこういうタイプ」

「おいおい、客人になんて失礼なこと言うんだ。ひょっとしたらシャイなだけかもしれねえだろ」

と話しているが、よく通る声のせいか筒抜けだ。


「あ、悪ぃな、なんせここに旅人とか久しぶりなもんでよ」

 こちらの視線に気づいたブロスリーが慌てて弁明し、

「あっちの嬢ちゃんは……で、……っぽいが……」

さらにハリーとひそひそと何事か話している。かーなーり気になるんだが……。


「で、ヒューイックの親父はいないのか」

 ジークが長々と続きそうな二人のおしゃべりをぶちきって確認すると、

「おいヒューイックさんのこと親父なんて行ってやるなよ」

「そうだぞ。あれでもまだ三十路だ」

「あれ?三十前とかって言ってたような……」

「そうだったか?ま、いいじゃねえか」


 はははっと笑いながらまたしゃべりだし、ジークとの話に花が咲いていたので、ところどころ口を挟みつつひとしきり話し込んで、日が落ちる頃にやっと伝言を頼むことにして、さらに泊まるのによさげな宿を聞いてから、やっとその場を後にすることができた.


 シャロンたちが宿に腰を落ちつけたころ、漁業組合では、

「あ、そういえばアイリッツさんのこと尋ね忘れてたな」

「ヒューイックの旦那が戻ったとき訊けばいいんじゃないか?」

そんな二人の和やかな会話がされていた。

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