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異郷より。  作者: TKミハル
『広い海と嵐と魔物と』
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通り道

 ディベトの村を出てしばらく。昼間の暑さも夕暮れには爽やかな風に変わっていく。


 殺人的な日差しの中、ややバテ気味なシャロンとアルフレッドとは対照的に、ジークの足取りは軽い。

「お、あそこ見てくれよ。なんか野営にちょうどよくね?川で水浴びもできるし。服は着てても脱いでも構わないけどさ」

 さらりと陽気に問題発言したのでシャロンは思わず手ごろな石を投げた。

「あぶなっ」

 おどけつつも平然と避け、ずれ落ちそうになった枯れ枝入り麻袋を担ぎ直すと、ちょろちょろと流れる小川の傍にあるほどよい場所に荷物を置射たかと思えば、一抱えもある石を拾ってきてかまどを組み立てていく。


 その間にこちらは袋に水を汲み、アルが棒と短刀を縛って作った槍で魚を獲るあいだ、地面の小石をどけてコートを敷き、簡素な寝床を作ってから、完成して火のついたかまどにベイクパンを置いて、ザシュ、ザシュと川を突く音をバックに、その辺で採った香草のディルやセージを軽く炒めることにした。


 それほど待たず、アルが魚を持ってきたので、数匹入れてそこらに生えている大きめの葉を被せ、少量の水と一緒にして蒸し焼きにする。

「おおお、うまそー」

「…………」

 大きめの薪を取りに行っていたジークも来て、三人で略式のお祈りをすませると、ただひたすらむしゃむしゃと食べるだけの音が響いた。辺りは夕陽色に染まり、徐々に暗くなリ始めている。


 やがてアルより一足先に満足したジークが、

「あー、食べた食べた。最近ろくなもの食べてなかったからさー」

そう言って小さな枝をくわえていたずらっぽく笑い、お腹をさする。

「あ、でもさ、シャロンは気になったりしないの?」

「……何を」

「こんなただっぴろくて暗い場所に、男二人と一緒なんて何があるかわからないじゃん。例えば、さんにんプレ、」

 何を言おうとしたのかわからないが、隣のアルフレッドの射るような視線でその発言は止められた。


「まあ、まったく見も知らない相手とだったら不安になるだろうが、これまで旅をしてきたアルフレッドがいるからかな」

「つまり蛇の生ごろ……ぐぇッ」


 またもや何かを言いかけたジークは、鈍い音がしたかと思うと、そのままくたりと脱力して動かなくなった。暗がりで、何がどうなったのかまったくわからない。


「あれ、おい、どうした!?」

 慌てて傍へいって揺すったが、どうも意識がないらしい。

「お、おい、アル。ジークにいったい何を……」

「さあ?突然勝手に、そうなった。きっと知らないうちに疲れが溜まっていたんじゃないかな」

「そ、そうか?」


 もちろんそんなわけないのはわかってるが……まあ、特に外傷はなさそうなのでそのまま放っておき、その夜はアルと火の番を決めて交代でさっさと寝ることにした。

 アルの様子はいつもと変わらなかったが……なんだか得体の知れない不安を感じてしまった。ってか蛇の生殺しってなんのことだ。


 そんな出来事があったりしながらテスカナータへ向かっていると、次第に空が陰気に曇り、通る村の人々の表情も曇りがちになっていく。


 小さな村でたまたま寄った酒場ではテスカナータからの旅人がいて、どうやらテスカナータ付近では天候が不順なのに加え、遠海に魔物が頻繁に出没するようになり、テスカナータの漁業がほぼ壊滅状態で町人は皆一様に暗い顔をしている、とのことだった。


 その村から一応出発はしたが、どうも気が進まない。前に妹にテスカナータへ向かうと短文を送ったが、いっそのこと目的地を変えるべきだろうか。


 道を歩きながらも迷っているのを見抜いたのかジークが顔を険しくして、

「テスカナータには知り合いがいるんだ。オレは行かなくちゃいけない。そしてできればシャロンたちにもついてきて欲しいんだ」

 真摯にそう告げ、これは本当だよ、と呟いた。


「冒険者をしている奴らには、もちろんいい奴もいるが、大金を労せず手に入れるのを夢見てる奴や生活に困っている奴の割合が圧倒的に多い。そんなのと行ったらいつ襲われるか不安でゆっくり眠ることもできやしない。やっぱり信用できる人間と行きたいんだ」


 わざわざ口にしたりしないが、ジークは奥底の本心でも、これは僥倖だと思っていた。……こんなお人好し、めったに逢えるもんじゃない。


「……そうはいっても」

 どこまでもシャロンの口調は苦かった。ジークの真面目な顔も、どうも見ていて落ち着かないが、それ以上に向かう先に困難があるとわかっているのに、わざわざ飛び込む奴はいない。アルを危険にさらすことにもなるし。


 まったく、今度は楽しく穏やかに観光でも、と思ったのにこんな理不尽な話があるだろうか。神の采配ってやつは……。


 シャロンが心で神を罵倒しながら返事を渋っていると、ジークは一度軽く目を閉じ、何を思ったかにやっと笑ってみせた。


「わかった。じゃあ、こういうのはどう?オレと勝負してシャロンが負けたら、テスカナータまで来てくれるってのは?」

「……いや、そういう問題じゃ」

「あれ、実は勝つ自信ないの?まさかシャロンてそんなに強くない感じ?おれにも勝てないってまずくない?」

 目を瞠るジーク。いやいや、こいつの強さとかわからないし。


「なんか、がっかりだな。剣士みたいななりして、勝負するだけの勇気もない、」

「そこまで言うことないだろ。おまえなんかに負けたりしない。戦って勝てばいいんだな」

 

 カチンと来て思わず反論したが、シャロン、乗せられてるとのアルフレッドの声に、我に返った。


「い、今の待っ……」

「そうこなくっちゃ。まさか、言ったこと撤回したりはしないよね?」

 ジークは満面の笑みで、腰の剣をカチッと鳴らした。こいつの得物は小剣で、長さは短め。そうそう負けることはないと思うが……。


 どうするか迷いはあったものの、とりあえずと林の草むらを斬り払い、広く場を整えてから剣を構えジークと対峙する。今から戦おうというのに地面を蹴ったり、にやにやとして、緊張感のあまりない奴だ。


「それじゃ……始め」

 やる気なさそうにアルが合図をすると、息がかかるぐらいの距離にまで、ジークが間合いを詰めてきた。

「っうわッ」

 急いで振りかぶった剣を彼は右手の小剣で受け、同時にいつ抜いたのか左で短剣を眉間へ突いたので間一髪で避け、腹にまわし蹴りを叩きこむと、足先が浅く硬いものを捉えた、が、深くは入らずジークは大きく後退する。

「あー、やっぱりそう簡単には無理か。手強そう。……でも」

 髪は下ろした方が似合うよ、といたずらっぽく笑う。


 しまった、さっきの攻撃で髪紐が……!


 肩まで髪が降りてしまい、うっとうしいことこのうえない。


「もったいないよ。そんなに綺麗な艶なのに」

 う、わ、鳥肌立った。怖気が走る。なんとか乱れた呼吸を整えようと息を吸い込むまに、ジークが再び肉迫し、こちらの斬撃を今度は短剣で受け流そうとしたので即座に向きを変え、肩へと剣の根元を叩き込んだが、ジークが小剣でこちらの胸を払ってきたので瞬時に後退して距離を取るが、切っ先まで避けきれなかった。


 まずいっ、服が。


 もともとこれが狙いだったのかどうか、ぱっくりと胸元の服が裂け、慌てて空いている手で抑え込んだ。その隙を逃すはずもなく、ジークが喉元を狙い―――――。


「……そこまでで、ストップ」

 アルが地を蹴り即座に間合いに入ったかと思うと、そのこめかみに剣の柄をしたたか叩き込み、彼が突っ伏して試合は終了した。

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