翌日の後始末2
主に誰かの後始末。
改めてギルドの受付でノイマン・コンクェストの依頼を受ける旨を伝え、そこへ行く前に打ち合わせをしようとすると、ジークはにやっと笑い、
「そんなに難しく考えなくてもいいよ。まずシャロンたちは依頼を受けて、オレを地主の元へ連れて行く。そこから先はうまくやるから、オレに合わせて、ティファナと話す時間を確保してくれればそれでいいんだ」
そうさらりと流してしまった。
使いの者が返事を持ってくるまでの空いた時間、いつものように鍛錬をしようとアルと手頃な空地へ移動すると、なぜかジークもわざわざ後をついてくる。
「いや~せっかくだから一緒にやろうかと思って」
「……好きにしてくれ」
遠慮とか、しおらしさが欠片もない態度だが、不思議と怒る気になれないのは得な気質かもしれない。アルはどうも馬が合わないのか、始終不機嫌そうだ。
一緒に来たジークは剣の練習をするのかと思いきや、こっちがいつもの素振りや打ち合いをしている横でただひたすら激しいダンスのようなステップを繰り返すだけで、一向に武器を抜こうとはせず、それからしばらくして腰の短剣を抜く、薙ぐ、入れるの動作を繰り返していたので得物はそれだけかと気になって尋ねると「愛刀なら質に入れた」とあっけらかんとした返事が返ってきた。
「…………」
いろいろ予想外の練習を終え、皮袋から水分補給をして干し木いちごを口の中に放り込んで、ついでにアルにも渡す。
「あ、オレもオレも」
目ざといジークがパッと寄ってきて口を開けたので、木いちごの代わりにシトラスを放り込んでやった。
「くっ、す、酸っぱッ……とかいいたいとこだけど、オレ酸味が強いの全然平気だから」
普通に咀嚼してむしろ美味しそうに呑み込む姿を見て、舌打ち一つ。
気を取り直してもう一度食べようと干し木いちごを出したものの、今度は横合いからアルがさっと取って口に放り込んでしまった。
「……うん、美味しい」
「ああそう、よかったね」
おまえもか、この、と睨んだが堪えた様子もなく、シャロンはもう荷物の口を締め、若干肩を落としてギルドへ向かう。
思いがけず地主からの返事は早く、昼過ぎに屋敷に来て欲しい、との言伝てが入っていた。
昼に軽食を取り、徒歩でその屋敷へ向かうと、確かに地主というだけあって大きな畑の向こう側に穀物蔵と、それに隣接してその辺の家より一回り大きく立派な建物がどん、と鎮座していた。
ドアノッカーを叩くと下男らしき男が、応接間へ案内したのでそこでしばし待つと、やがて恰幅のいい主人、ノイマン・コンクェスト本人が姿を現した。
傍目にもわかるほどくっきりと、目の下に隈を作っている。
「お主たちが……娘の相手を見つけたそうだな」
「はい。この男は、星祭りであなたのお嬢さんと約束を交わした、と。ですがそのために父娘のあいだに不和をもたらしたと悩み、私たちに取り持って欲しいと依頼したのです」
「そうか……実際、どうなんだ。その男は本当に娘のことを思っているのか?」
ノイマンは意気消沈した雰囲気をまとい、深くソファに腰掛けながら、
「わしは、娘に何度も言って聞かせたのだ。星祭りでは、意気盛んな男どもがうろうろしている。おまえのような世間知らずが行ったのでは、簡単に騙されて食べられてしまうのがおちだ、と。……しかしあいつは、彼はそんな人じゃない、の一点張りでな」
あなたの言うことは正しい。確かにそのとおりだ、などとまさか言うわけにもいかず、シャロンはなんとか神妙な表情を作り、
「コンクェストさん……あなたの言うことも一理ありますが……彼、ジークウェルは自分の行いの結果に心を痛め、一回でいいから彼女と二人で話がしたいと……そう申しております。私は、そうすることであなたとあなたの娘が和解するきっかけになるのではと思い彼をここに連れてきました」
目線でジークを促すと、彼は一歩前に踏み出し、
「コンクェストさん。すみませんでした。そんなつもりじゃなかった。あの星祭りで、可愛らしい人に逢い、ただそれだけで浮かれていたんです。僕は所詮旅人の身。彼女を幸せにはできない。でも、もう一度だけ話をして、納得のいく形で別れたいんです」
聞いているだけで体にぞわぞわと鳥肌が立つが、痛む心に目をつぶり、悩める地主に頷いてみせる。
「どうでしょうか。もちろん、間違いのないよう、私とアルフレッドが目を光らせるつもりではいます」
「…………」
ノイマンは、長い長い思考の末、苦い表情で、そうだな、と頷いた。
彼の娘ティファナはあれからずっと部屋に籠もりきりだという。ノイマンは、その彼女の部屋を静かにノックして、
「ティファ。彼が、会いに来た。お前と話がしたいそうだ。他に二人ほど立ち会うが、わしは別室にいる」
と言ってドアを開け、ベッドから身を起こした娘が、ジークに駆け寄って飛びつくのを見て煮えたぎった湯を無理に飲んだときのような複雑に満ちた表情をしたが、後は頼んだとだけ告げて部屋を去る。その背中から非常に哀愁が感じられてしまうのは気のせいか。
「会いたかった、ティファ」
「……私も」
抱き締めあう二人。私も、ノイマンのようにこの部屋から出て遠いところへ行きたいが、仕事だから仕方ない。この時ばかりはまったくいつもと変わらず平常心を保てるアルフレッドがうらやましかった。
「ごめん、ティファ。僕は……考えなしだった。僕のように身寄りもなく、財産もない男が君を幸せにしようだなんて……思い上がってたんだ」
「そんなこと言わないで!私、私……」
ティファナの双眸からぽろぽろと滴が零れ落ちる。
「お父様がなんていったのかはわからないけど……私、ジークとずっと一緒にいたい!」
「それは、できない。僕には、何もないんだ。お父さんは、君を心配しているんだよ。こんな男が恋人になっても、娘は幸せにならない、と」
「で、でも……!」
「だから、僕はもっと努力しなくちゃいけないんだ。これから旅をして、君にふさわしく、大物になってみせるよ。待っていてくれ、なんて言えないけど」
「ジーク……!じゃあ、これを、これを持っていって。私の代わりに!」
ティファナはふわふわの栗毛を揺らし、大粒の青い宝石が付いたペンダントをジークの手に握らせた。
「……いや、これは駄目だ。君のお母さんの形見じゃないか」
盲目な恋とは怖ろしいものである。シャロンはほとんど見ず知らずの男に突然形見の品を渡す少女の行動に戦慄し、思わずジークにまだ良識があったことを神に感謝した。
「じゃ、じゃあ……せめてこれを持っていって!私の気持ちだから」
そう言って今度は小箱から中身の詰まっていそうな袋を取り、両手で彼の手に握らせる。いいのかそれで。
「……ありがとう。君の気持ち、受け取ったよ」
彼と彼女は微笑みあい、もう一度固く抱き合って別れを告げた。
シャロンたちは地主ノイマンから大目に報酬を貰い、ティファナから銀貨が詰まった袋を受け取ったジークはその足で質店に入れていた自分の剣を回収しにいった。
村を出て歩くその道すがら、
「やれやれ疲れた疲れた。どうも素人ってのはしつこくていけない」
チャリ、チャリと幾分軽くなった袋をもてあそびながら呟いた。
「おまえ、人を騙しておいて……」
地の這うような声を出しシャロンが応じると、
「あれ、怒ったの?でもさ、そんなに悪いことしてないでしょ。いい夢を見れたままで終ったんだから。まあ、あんなに騙されやすくても大変だけど、父親がなんとかするよきっと。……それにね。夢を見た本人は幸せだけれどさ、まわりはどうかな。例えば、ミストランテの遺跡でおっ死んじまったオレの叔父貴みたいに、傍にいた誰かを不幸にするのかも知れないよ」
さらりと重いことを言う。
「わかった。ひとまず、それは置いておく。で、なんでおまえはついてきてる」
半眼で睨むと、気にした風もなく、
「え~だって一人旅って危険が多いんだよ。さっきもいったけど一緒にいた叔父が死んじまったからさ。あんたたちがいくの、オレと同じ場所だし、いいじゃん別に」
別に好きにすればいい、というと嬉しそうに笑う。
「…………」
な、なんかアルの物言いたげな視線がめちゃくちゃ突き刺さってくるけど……それは気にしない方向で。




