第二夜
わりとベタな展開。
もう一つの星祭りも気になるので、夜が明けてからすぐにディバの村を出て歩いて西へ半日ほど。隣村というだけあって、驚くほど早くディベトに到着した。
こちらは先ほどの村よりやや規模が大きく、活気に溢れている。村の案内所兼ギルドの受付で、傭兵上がりといった風情の男に訊くと、どうやらこの村にはここら一帯の地主の家があって、その恩恵に預かっている、という理由らしかった。
「ここだけの話だがよ、その親父から今朝来たばっかりの依頼があるんだ。なんでも、娘につく虫を追い払って欲しいとかで。……でもよ、星祭りにそいつあ野暮ってもんじゃねえか?結構いい値段なんだが、それでもやはり、誰も引き受けねえのさ」
その依頼は男が声をひそめつつ指差した掲示板の、かなり目立つ位置に張ってあったが、誰もがチラッとそれを一瞥したのち、すぐに興味を失ったように別のものを探しに行く。
‘娘のまわりをうろつく害虫をなんとかして欲しい! 報酬:銀貨10枚 地主ノイマン・コンクェスト’
「……引き受けるの?」
「いや、まさか。せっかくの星祭りだ。純粋に楽しみたい」
アルにそう笑いかけると、彼からはなぜかため息しか返って来ない。
夕方。懲りずに誘ったがアルフレッドからバッサリ断られ、シャロンはひとりで星祭りを見てまわることにした。
美味しそうなおみやげなんかを買いながら、ぶらぶらとまわっているうちに、西日が山を朱く染め、ゆっくりと沈んでいく。
その幻想的な光景を眺めながら、シャロンはいつのまにかまわりが、カップルだらけなのに気づいた。
「…………」
昨日は、ここまでじゃなかったのに。
空に星が一つ二つ瞬き始めたが、昨日のように林の奥に行く気にはなれなかった。流れ星より先に嫌なものを見つけてしまいそうだ。
気まずい思いで歩いていると、なぜか後ろから声をかけられた。
「あ、ねえねえ、おねえさん一人?よかったら一緒にまわらない?なんだか彼女に振られちゃったみたいでさ」
振り向くと、無駄に爽やかな笑顔の美少年が、にこにこ笑いながら手を振っていた。
……さて、宿に帰るか。
ザカザカザカと早足で人混みの中を駆け抜ける。しまった、こっちは宿と反対……よくある轍を踏んでしまったが、とにかくヤツを振り切れればそれでいいと、来た方向を見れば、さっきの少年があっさり姿を見せる。
「おねえさん、足速いよ。そんなに怯えなくても、ただ一緒にまわろうってだけじゃん」
息を切らせもせず駆け寄る姿は、白金髪にややつり上がった緑の瞳。皮が縫い込んである旅装に腰のベルトにある鎖と短剣。
服装はともかく、その顔で“彼女に振られちゃった”はないだろ。
心の中で突っ込んだが、それは表に出さずきっぱりと、
「いや、連れがいる。ただ来るのが遅いだけで」
と返す。
「この祭りにこんなに美人を一人にするなんてロクなのじゃないって。絶対騙されてるって!!ちょっとでいいから一緒にまわろうよ。待ち合わせの相手が来たらそこでお別れでいいからさ」
「……し、つ、こ、い」
しかし、くるくるとよく表情の変わる……なんか猫っぽい。
「それでさ、君の名前なんていうの?僕はジーク」
「……シャロンだ。あのな、私はおまえとまわる気はこれっぽっちもない」
「ええ~、でもさ、せっかくなんだから誰かと一緒にまわった方が楽しいし。……っと」
ふと動きを止めて残念そうに、
「しまった、もうこんな時間か。頼まれごとがあったんだ。行かなくちゃ。すっっっごく残念なんだけど。またね!」
こちらにパチッと片目を瞑り、革手袋に包まれた手を振ると、人混みを泳ぐようにすり抜けて、彼は去った。
「なんなんだ、いったい……」
よくわからないが、これでやっと静かになった。
が、一人になった途端に気まずさを感じ、なるべくまわりの恋人たちと目を合わさないようにしながら、宿の方角を目指して歩くことにした。
濃厚な桃色っぽい雰囲気に当てられながらも進むことしばし。ようやく鈍いシャロンにもこの祭りがどういうものなのかがわかってきた頃、道途中で宿にいたはずのアルフレッドと出くわした。
思わず安堵のため息を吐き、
「よかった来てくれて。もう帰ろうかと……」
一人で歩いていると屋台のおじさんおばさんの憐みの視線を感じたり、道行くカップルがひそひそ話したりと、非常にいたたまれなかったところだった。
「……やっぱ心配だから。変なのに声かけられてないかとか」
う。今さっきそれがあったばっかりなので否定できない。
シャロンが言葉に詰まっていると、まわりから自然と拍手が広がり、二人に惜しみなく注がれた。
「よかったな、お嬢ちゃん!俺はもう心配で心配で……!」
「何言ってんだい!最後には信じた者が勝つんだよ!」
まわりにいた人たちはどうやら話を立ち聞きしたらしく、一様に明るい顔で祝福してくれる。ちょっと待った!
「いや待て。何か勘違いしてないか?彼は、一緒に旅をしていて……」
「おお、旅先でお互いに芽生える恋心!若いってことは素晴らしいぜ」
近くの親父が何やらうん、うんと頷いている。
もう何言っても無駄だと思う、とアルがこっちにぼそりと呟いた。
「……うかつ」
「言わないでくれ。私だって、しまったと思ってるんだ」
ヒューヒューと囃す口笛や拍手の嵐の中、シャロンは真っ赤になりつつも、明日朝一で発ち、絶対もうこの村には来ないようにしよう、と心に誓うのだった。
続きます。