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異郷より。  作者: TKミハル
幕間3
113/369

星降る夜に 1

 虫嫌いの人、ごめんなさい。

 ニーナとグレンに別れを告げ、旅支度をしてミストランテの町を出た。


 一つ、二つと小さな集落や村を越え、季節は星降る月半ば、そろそろ夜の娘が嘆き悲しむ時期に差し掛かる。

 星がまるで自分に降り注ぐかのような光景は、いつ見ても美しく、そしてどことなく物悲しさを誘う。


 今年も、晴れてくれるといいのだが。


 そんなことを思いながら歩いていると、地図を持って前を歩いていたアルフレッドが、突然立ち止まった。道の先を見、続いて空を見上げる。

「なんだよ、急に」

「……………シャロン」

 すう、と息を吸って、

「この地図、間違ってた」

「え!?」

 慌てて地図を覗き込み、

「っと、どこが違うんだ?随分前に分かれ道があって、左を選んだだろ?ここをしばらく行けばディバへ着くんじゃないのか」

「僕も思った。でもこの先は上りで、西の山奥へ向かってる」

「え、と、山奥の村……ではなさそうだな。じゃあ、あの分かれ道まで戻ろうか」

 やれやれ、と肩を落とし、元来た道へ振り返る。

「それと」

「まだあるのか」

「もうすぐ雨が降る。急いだ方がいい」

「…………了解」


 急ぎ足で分かれ道まで戻り(そもそも立札がない!)、右に少し進んだところで、ぽつ、ぽつと雨が顔に当たり、それから一気に降り出してきた。


 山道なので走るわけにも行かず、できるだけ早足で、時折泥を跳ね飛ばしながら歩き続け、頭から靴底までびしょ濡れになってからようやく村へと辿り着いた。


 さすがにひどい雨の中を歩いている人は少なく、看板から見当をつけて宿屋らしき建物に入ると、部屋でのんびりとしていたらしい老夫婦が出てきて、

「おお、あんたさんら旅人かね?ひどい天気のところ、よく来なすった。ちょうどよく、いい部屋が空いとるでね」

乾いた布をこちらへ渡し、ごく自然に二人部屋へ案内しようとするので断り、別々の部屋を希望する。

「ありゃま。それはその……苦労なさってるこった」

 老人がなぜかアルフレッドに同情の眼差しを向け、一つ頷き、

「さあさ、こちらですよ。隅の方ですみませんが、まずしっかり体を拭いてお願いしますよ」

アルと私をそれぞれの部屋へと案内した。


 部屋は板張りの上に萌黄とレンガ二色の敷布、簡易ベッドと、その反対側の台の上に置かれたたらいと布があった。

 一度上着を脱いで絞ってから再び羽織り、談話スペースにある暖炉へ行くと、そこにはすでに何人かの旅人が、煙が目に沁みないよう絶妙な距離をとりながら暖まっていた。アルも来ていて、湿ってふやけた本のようなものを一枚一枚丁寧に乾かしていた。


 黙ってその様子を見ていると、次第にぽかぽかと体が暖まってくる。


 しばらくして夕食の時間になり、おかみさんがテーブルに平たいパンとクリームっぽいソース、木いちごジャムや茸、山菜、豆などを置いていった。


「クリームソースなんてこんな宿で出るの、珍しいな」

 平たいパンの上にソースをかけ、好きな具を乗せて口へ運ぶと、まったりと栗のような味が口に広がっていく。ならんだ食事を見てアルフレッドもさっそく隣に来て、食べ始めた。


「このソース、いったい何でできているんだろう……。こう、バターのように濃厚だけれど、風味はまるで栗のような……」

「これはポイフ。僕たちの町では、夏にしか食べられないごちそうだった。他では、だいたい春から夏にかけて木を食い荒らすから簡単に捕まる」

「…………アレか」


 シャロンは恨めしげにソースを見つめた。成虫の体は硬く細長くて、掴むとキィキィ鳴く……。あんまり想像したくない。


「おや、嬢ちゃんポイフの幼虫食べるの初めてか?本当は粉で育ててから油で揚げるのが一番うまいんだぜ」

 隣の薄茶の髪、同じ色の無精ひげを生やした男が笑いながら余計な話を振ってくる。するとそいつの仲間が、

「いやいや、俺は断然生だね。新鮮で獲れたてが一番さ」

と食通ぶりを披露してきたので、シャロンはうんざりしつつもさっさと話題を変えることにした。


「いや、ポイフはもういいんだ。他に、この村の名産とか、見どころってないのか?明日は地面の状態が悪そうだから先に知っておきたい」

「あ~そうだな。俺らも足留めかあ。この辺結構泥がひでぇみてえだし」

 ぼやきながら考え込んでいたが、

「おお、そうだ思い出した。もうすぐこの村と、その向こうのディべト合同で星祭りがあるぞ。まあ、明日はどうかわからねえが、二日間ぶっ続けで交互に開催される、大きな祭りらしい」

「なるほど。ちょうどこの時期だからな」

「おう。時間があるなら、見て、参加していった方がいいぜ。……おっと、恋人と一緒にな」

 にやにやと笑いながら言う。


「いや、アルは恋人じゃない。なんていうのか……」

 言いかけて、言葉に詰まる。え、と……旅の仲間か?なんかしっくりこない気もするが……。

「アル、おまえもなんか言ってくれ」

 しかしアルフレッドは答えず、ひたすら黙々と食事に取り組んでいる。別のグループが、焦ってパンとおかずを別の皿へ確保するのが見えた。


「いいっていいって。わかってんだからよ。明日が晴れることを祈ってるぜ!」

 それから彼らは口々に囃し立てたり笑ったりしながら食べ終えると上機嫌で去り、後にはシャロンたち二人と食卓に山と積まれた皿だけが取り残されたのだった。

 ポイフ……カミキリ虫っぽい昆虫。

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