錯綜
視点が若干変わります。ご注意ください。
あと、ヤクザ系の男たちが多く出てくるため不快な表現、暴力シーン、流血等ありますが、ご容赦ください。
日没後のギャズビンは、昼とはうってかわり、決して広くはない店内に体格のいい男たちが陣取り、注文などで賑やかだった。これから徐々に混み始める頃合い、といったところか。
男爵家の監視は、どうしてもこの酒場に入るのを嫌がり、離れたところの馬車で待っている。
「おいそこの兄ちゃん!一つどうだい?ちょうど人が足んねえんだ」
テーブルでカードを広げた集団が呼ぶのをやんわりと断り、カウンターへと行く。
「……お客さん、注文は?」
後ろに護衛を引き連れているせいか、ごま髭のいかつい主人が少し警戒したように見やるので、
「麦酒を人数分」と頼んで、同時に小さく、男爵家の盗難の件で、と呟いてその手に金貨を一枚握らせた。
「ああ、そのことか。隅にいってみな」
主人がそれを受け取って頷き、奥のテーブルを顎でしゃくったのに合わせて、こちらを注視していた店内すべての男たちの視線がふっと離れ、店は再び喧騒に包まれた。
隣のカルジャンの額には汗がにじみ、他のメンバーの顔色も心なしか悪い。
奥のテーブルに行くと、いかにも小物、といった貧相な男が一人、ぶつぶつ文句を言いながら酒を飲んでいた。
履いている長靴と腰の短鞭からして、馬を扱う職業のようだが……。
「おい」
「ひッ!?おおおれになんのようだ」
カルジャンが声をかけると、その男はびくりと体を震わせ、こちらを向く。ものすごい怯えようである。
仕方なくエドウィンは丁寧に、
「あなたが、私を探しているとの話を聞いたのですが」
「あ、ああああんた、男爵家の?」
「はい」
「な、なんだ。そうならそうと早く言ってくれればよかったのに。オ、オレは、クレイグ。だ、男爵家で、馬丁の、手伝いをしていた」
身分の低い馬丁の、さらに手伝い。あの時行方不明になって聞き込みをしたが、ほぼ情報が出て来なかった人物。……それが、なぜこんなところで。
「率直に尋ねますが、あなたはもしやあの盗難騒ぎに関わりがあるのでは?」
「……お、おうよ。あのとき、オレが、盗んだ女の、御者をしてた。これは、嘘じゃない」
先ほどからこの男はぶるぶると震え、まるでどこかに目線をやりたくてたまらないのを我慢しているようなそぶりを見せている。
…………そういうことか。
誰が盗難騒ぎの犯人を貶めたいのかは知らないが、こちらにとっては都合がいい。
「そうですか。それなら、もちろん盗品がどこにいったかも知っていますよね?」
そういうと、男はその時ばかりは力強く頷いた。
「ああ。五日後、この通りのチノ広場零の刻、そこへ来てくれ。案内する」
「わかりました。では、またその時間に」
まわりをやたら警戒していたカルジャンに声をかけ、酒場を出る。五日後が勝負だ、と心に念じながら。
エドウィンが去った後のギャズビンは、ひどく荒れ、クレイグがその主たる要因となっていた。
「おめえなんだあのザマは!今日び子どもですら騙せねえぞ、このクソがッ」
ダンキンにしたたか腹を殴られ、床に這いつくばったクレイグが悲鳴混じりの呻き声をあげる。
「も、もう勘弁してくれよぅ……ちゃんと言われたとおりしゃべったじゃねえか」
「ああ!?その最中こっちを気にしてんじゃねえよボケ!バレたらどうしてくれる」
クレイグをもう一度殴りつけて気がすんだのか、男は鼻を鳴らし、
「……まあ、いい。どうあろうとあの女を、引きずり落とす。ついでに俺のケツを舐めさせてやる」
「ダンキンさ~ん、そんときは俺らにもまわしてくださいよ!」
男どもの笑い声がどっと響き、床でひいひい言っているクレイグの呻きと奇妙に混じり合い、夜に木霊した。
それからしばらくして、夜が更けた頃、酒場の外のぼろくずのようなものが動き、聞き耳を立てていた少年がそっと、その場を後にした。
五日後、質店では昨日の夜から明後日開催のオークションに向けて、荷を運び出すのでごったがえしていた。
もちろんそこのオーナーである彼女も、その準備に忙しく、邪魔な髪を払いつつ指示を飛ばしている。
「ちょっと!そこには宝飾品が入ってるんだから、丁重にしてよ!……そうそう、ゆっくり」
季節は次第に木枯れ月に差しかかるとはいえ、ここ最近妙な陽気で汗が浮かぶほど。この分だと、終わった頃にはくたくたになっていそう、とそれでも満足げに微笑み、気合を入れ、再び声をかけ始めた。
……忙しいと、夜は早くやってくる。
疲れ切っていつもより早く部屋で休んでいた彼女、レイラは、夜急を告げる声に、いきなり目を覚まさせられた――――――。
同日深夜零の刻。すでに片目のルンペン男から場所の情報を得ていたエドウィンは、約束の場所へはいかなかった。
それより少し早く、盗んだ女がいるはずの質店へ、護衛とともに馬車を走らせていく。
同時刻。質店は思いがけない襲撃に遭っていた。ともに働いていた同僚が、突如剣を抜き、斬りかかってきたのである。静寂から一転、屋敷の中は混乱と怒号に包まれ始めていた。
悪態を吐きながらベッドから降りて靴を履き、枕元の剣を取る。あちこちで斬り結ぶ音が響き合い、ちらほらと火の手が上がるのさえ見える。
数人の私兵を連れ、向かってくる男たちを斬り倒しながら、まず近くの第三宝物庫へ向かうと、そこはすでに荒らされていた。
「衛兵!衛兵はいるの!?」
大声で叫ぶが、返事はなく、入り口から離れたところに死体が転がっているのがわかった。
舌打ちして、まず先導者を見つけるべきとあちこちを窺えば、より多く集まっている一団があり、誰かが声高に叫んでいる。そこを一睨みして背を向け、逃走経路を浮かべ辿りながら出口を目指していると、外から甲高い笛の音が響き渡った。
自警団か、軍隊か。
どちらにしろ厄介なことだと、痛む頭を抱えながら、ひたすら走っていると、今日の昼までは指示に従っていた、顔見知りの男たちが、にやにや笑いながらワイン倉庫へ続く道を塞ぐ。
「斬り伏せて。こいつらを真っ先に倒した者に、金貨十枚出すわ」
そう護衛に告げれば、みるからに色めき立ち、うおおおと叫びながら敵へ向かっていく。彼らに任せて開いた道を通り、ワイン倉庫へ向かえば、そこにはすでに先客がいた。
「ここまでだな。残念だねえこんなことになっちまって」
ダンキンが、ワイン倉庫の奥の隠し扉の前に立ち、ニヤニヤ笑いながら大振りの剣をこちらへ向けた。
「こんなジメジメしたところで会うなんて、スライグのあんたらしいわね」
余裕の笑みでそう言ってやると、湯気を立てんばかりに顔を赤くし、
「誰がスライグだッ!くそ、おまえを――しようかと思ったが、ここで殺してからヤってやる。もうすぐ仲間が来るからな」
「………残念ながら、そうでもありませんよ」
倉庫の入り口から、エドウィンが声をかけた。
「あなたのお仲間なら、私の護衛がなんとかしてます」
その向こうから響く怒号。タイミングが良すぎて多少苦笑しながらエドウィンは言葉を紡ぐ。
「なッてめえどうして……!なら全員殺ってやるまでだ!」
ダンキンが大剣を構え――――――それを振り下ろす前に、レイラが素早く動いた。
胸元に飛び込んだかと思うと、顎を掴みのけぞらせ、一気に喉にさほど大きくもない剣を突き立てる。
「練習しといて、よかったわ」
吹き上がる血潮で体を赤く染め、剣を凄まじい力で振り切って、それからゆっくりと彼女は振り向いた。
レイラ……リリアナの本名。