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異郷より。  作者: TKミハル
『雪山と北の町』
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対価

 彼の熱はなかなか下がらなかった。

 おまけに防寒のための家具は石畳の床に無造作に敷かれた毛皮のみ。これじゃあ治るものも治らない。


 アルフレッドが寝ている間に、雑木の枝を買ったり拾ったりして薪を揃え、氷のような暖炉の下の出っ張りを四角い石で囲んで細い鉄の棒を二本乗せ、即席のかまどを用意する。


 石にはもともと鉄の棒を通せるぐらいの窪みがあったので、以前使われていたことは間違いない。しかし鍋と同じく隅で埃を被っていたのはどういうわけだ。


 こんな部屋でも、火を入れるだけでずいぶんと暖かくなった。パチパチと薪のはぜる音が、耳に心地よい。


 汲んできた水を鍋に入れ、簡単に野菜スープを作ってから買ってきたパンと一緒にベッドへ運ぶ。

 薄く汚れた布と毛皮とで、この家の中で一番食事を運んでいきたくない場所だが、仕方ない。


「おい。起きて食事を取れ」

 肩をパシパシ叩くとうっすら目を開け、ぼんやりとこちらを見る。

「……」

「調子はどうだ?」

 水で濡らした布を外し、額に手を当て、少し熱が下がったことに安堵していると、アルフレッドが体を起こした。その上にお盆ごと食事を置く。


「おまえ、ろくに栄養取ってないだろ。暖炉も使った跡がないし……このままだといつか死ぬぞ」


 反応が薄い。本当に大丈夫かこいつ。

「……あ、報酬」

 やっと頭がまわり始めたのか、まばたいて胸元から細い鎖に繋がれた大きめのロケットを取り出した。


 人の話をまったく聞いてないな、と思いながらも黙っていると、ロケットの蓋を開け、中から丸くて薄い金色の物体を取り出し、渡してくる。

「……これ、は金貨じゃないか。どうして」

 緊張で口の中がからからに乾き、かろうじて唾を飲み込んだ。

「それがこの依頼の報酬。……本当はもう……諦めかけていたんだ。叶うとは思っていなかった」

 心底大切そうに、傍らに置かれていた剣を掴み、引き寄せる。その剣を見る眼差しは、憧れと懐かしさに溢れていた。彼の養父がどんな人物だったかは知らないが、きっと大事にされていたんだろう。


 金貨を握り締め、寒々としていた室内を眺める。

 これだけのお金があれば、もっと多くの食料が買え、薪が買える。この部屋だって、もっと過ごしやすい暖かな部屋に変えることができただろうに、ずっと大切に持っていたのか。


 返そうかとも一瞬考えた。だが、これはアルフレッドの気持ちの重さと同じ。そう簡単に突き返していいものだろうか。


 シャロンは再び冷たい部屋の中を見渡し、ため息を吐いた。

「……おまえなあ。そういうことは、ここに来る前とか、せめてもっと健康な時に言ってほしかった」

 もしそうだったなら、多少の後ろめたさはあれど、納得して受け取れたはずだ。


「……?」

 こいつはまったくわかっていなさそうだなと、思わず笑みがこぼれる。

「その剣せっかく手に入れたのに、腕が悪いんじゃ宝の持ち腐れじゃないか?私も達人ってわけじゃないけど……初歩を教えることなら、できる」

 首を傾げるアルフレッド。ほんっっとうに鈍い奴だ。


「だから、明日から一週間、剣を教えるって言ってるんだ。じゃないと明らかにこの金額は貰いすぎだろ。ついでにここも掃除して、もっと住みやすくする。このままじゃ教えにくる度に気分が寒くなりそうだ」

 シャロンがすっきりした顔で笑うと、アルフレッドはまだ実感が沸かないのかぼうっとしていたが、ややあってこくっと頷いた。

「……ありがとう」


 どうも、こういうのは苦手だ。シャロンは少し赤く染まった顔をそむけながら、

「私が好きでやるんだ、気にするな。アルフレッドはまずそこの食事をしっかり取って、早く病気を治せ。私はまず、水回りと暖炉周辺をなんとかするから」

 本人はきっと大したことは考えてないのだろうけど、じっとこちらを見てくる視線に耐え切れず立ち上がり、慌てて暖炉へ向かう。


まずは食料。それと、新しい布も欲しいな。あのベッドの上のやつは全部捨てよう。

 ……こうなったら一週間の最後までとことん生活環境の改善をしてやると心に誓い、必要なものを頭の中でメモを取る。


 シャロンは夕方までそこにいたが、皿の片付けなどあらかたすることが終わると、用意や宿泊の延長手続きもしないといけないので、きちんと食事をとれよ、また明日来るからと一声かけて、宿へと戻っていった。


金貨1枚=銀貨100~120枚。だいたい地方だと120ぐらいで、中央(城下)へ行くほど少なくなる。

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