貴重な助言
リリアナ視点→エドウィン視点。2014年2月19日一部加筆修正。
……うまくいったわね。
彼女は駆ける馬車の中で、うきうきしながら左手首に嵌る腕輪を撫でる。
たまたま通りすがった部屋で見つけたそれは、細工が細かく綺麗で、一目で気に入ってしまった。……他のはガラクタばかりだったけれど。
根城にしてる質店の裏手へ馬車をつけ、そんなに多くはない荷物を倉庫に運ぶよう指示すると、御者の男も入ろうとしたのでストップをかけた。
「あなたはここまで。はい、これ」
手に金貨を数枚渡すと、何が不満だったのか男はにきびだらけの顔を歪めて、
「おい、それはねえよ。あんなに活躍したのに家にも入れてもらえねえのか!……それに、あのお宝に比べて少なすぎるぜ」
「……勘違いしているようだけど、ここの品はすべて売り物。それに、あなたの仕事は男爵家の下働きをして、あたしの逃走の手助け。そこまでよ」
「ち、ふざけ……」
騒ぎを聞きつけて、警護の者がこちらへ寄ってくる。
「あねさん、どうかしましたか?揉めてらしたようですが」
男の体格と腰にある棍棒を見て、御者の男は蒼白になり、口をつぐむ。
「……なんでもないわ。もう用は済んだから」
「そうですか。おい、終わったらさっさと外へ行け!」
追い払われる御者を確認してから、踵を返した。
あんな小者にかかずらっている暇はない。やることはたくさんあるのだから。
その頃、エドウィンは荷物を奪われ、犯人を捕まえろとの難題を押しつけられた挙句、監視つきで屋敷からさっさと捜索に行けと放り出されていた。
やるせない思いでしぶしぶと、やたら逞しい男と一緒に馬車で友人の住まいに向かう。
彼の下宿へ来ると、
「……あれ、まあ」
出迎えてくれたメリヤさんは、一言発したきり憐みの眼差しを投げかけ、面倒ごとは御免とばかりに部屋に引きこもってしまった。いったいどう思われているかは想像に難くない。
ガーディスの部屋に入ると、監視役が鼻を押さえて飛び出していき、エドウィンは悪臭の中ひとり、ぼんやりとテーブルに向かうガーディスと対峙した。
虚ろな表情の彼に一から事情を説明し、
「というわけで監視がついてる。おまえの力を貸してくれ」
と真剣に頼み込んだ。
「…………あ~?かいし……。開始?懐紙?」
よくわからないながらも彼は頷き、メモか便所紙にでも使えと懐の紙を渡してくる。わりと貴重品なのに扱いはそれでいいのか。
「違う!……頼む、正気に戻ってくれ。おまえしか頼れるのがいないんだ」
いささか芝居じみた台詞だけれども……本心だし、まあこれで何か返事をしてくれるならそれにこしたことはない。
しかし、どれだけ言葉を尽くしても、虚空を眺めて無気力そうに見える友人に、自分の交友関係の狭さを嘆いた。
それでも、さらに辛抱強く待つと、やっと体を起こして、ガーディスは再び……懐から紙を取り出す。
「おいーーー」
「話は通しておく。金は惜しむな。ギルドで護衛を雇え」
紙にペンで何かを書きつけてこちらに放り投げ、再びテーブルの上に散らばる葉や液体に視線を戻し、また自分の考えにふけりだした。
「ピュピュリアはやはり飲用か。副作用は――――――」
そんなことを言いながら、キィキィ鳴いている籠型ネズミ取り器を拾い上げ、続いて同じ眼差しでこちらを見つめたので早々に退散した。
メモにあったとおり、北西のスラム街手前でうろつき、片目のへしゃげた靴みがきを探す。たまに壁際にしゃがみ込んでいる浮浪者たちの視線を感じたものの、何事もなくその靴みがきは見つかった。
「おい、ひとつ頼む」
片目は確かにへしゃげ、くたびれてはいるが、垢だらけでもなくこの辺ではまともな姿のルンペンが、へいよと返事をして布で靴をみがきにかかる。
「……旦那さん、随分遠くから来なすったね。泥がかなりこびりついてまさぁ」
「ああ。実は、燻製直前男のところから来た」
彼の自虐気味な合言葉を告げると、片目の男は遠くにいる監視にばれないよう小さく頷いて、
「知っとりますよ。なんでも男爵家からぁ疑われたとかで。まったく、上の方のやることはえげつねえ」
はあ、とくさい息を靴に吹きかけ、キュッキュと布を動かす。
「あっしらは、恩がありますんで、協力させてもらいますよ。ただ、やはり旦那の誠意も見せてもらいてえなあ」
ごく低く言って、にかっと笑う。この場合の誠意とは、もちろんお金のことだ。とりあえずと銀貨を数枚握らせると、ようがす、と頷いて、
「それではルンペン仲間に声をかけておくんで。たまに、こちらから接触したときは驚かずお願いしますよ」
と言ってからわざわざはっきりと叫んだ。
「それじゃ、金くれよ。ドタ靴、光って新品同然だ」
片目の男に銅貨を払い、今度はギルド兼酒場へ向かう。店主に最近羽振りのいい奴がいるとか、変わったことがなかったかを訊いたが、何も出て来なかったので、続いて護衛を雇いたいとの旨を伝え、日暮れとともに男爵家へと戻っていった。