すり抜けた彼女
リリアナ視点→エドウィン視点
今にもこちらを押し倒さんばかりの勢いだったレイノルドをなだめ、甘い言葉で機嫌を取る。
それから、彼は鼻の下を伸ばしハミングをしながら部屋を去り、入れかわるようにして今度は彼の父親である、キッシンジャー男爵が姿を現した。
「……おまえが、息子の女か。あいつを手玉にとって、いい気なものだな」
「あなたは」
う~ん、趣味が最悪。息子の方は結構見られる服装なのにと内心呟きながらも、表情は不安そうに様子を窺ってみる。
「わしはキッシンジャー男爵だ。ついさっき、この館で盗難が起きた。よもやおまえが犯人ではあるまいな?」
こちらをじろじろと弄るような目つきで見つめる男爵。確かに犯人はあたしだけれども。まさかこいつ……。
この先の展開が読めたのでげんなりしつつ、次の言葉を待つ。
「おまえがここにいるということを知っている者は多くないが、もし、犯人と疑われるのが嫌だったらわしの言うことをきけ。そうだな、後でわしの部屋に来てもらおうか」
にやにや笑いながら男爵はそうのたまった。
「……そんな。レイノルド様を裏切ることは、できません」
震えながら言えば、
「愚かな娘だ。あれは数多くの恋人を抱え、おまえはその中の一人にすぎん。よいな、わしの行ったことをよく考えておけ」
いやいや、そんなこと知ってるし。この似た者親子が。
呆れながらも、けなげな令嬢を演じ、潤んだ目でキッと睨みつけると、男爵は高笑いしながら去っていった。
……そろそろお暇しようかな。面倒なことになるまえに。
誰もいない部屋で不敵に微笑むと、さっそくとばかりに彼女は行動を開始した。
その頃、エドウィンの取り調べは、困難を極めていた。
使用人を一人ずつ呼び、「君が一番信用おける」などと言って事情徴収をしたが、なかなか有用なものは出て来ない。
焦る気持ちを抑え、半ば愚痴になりかけている話を聞き続けていると、やっとメイドの一人が、
「そういえば、見慣れない金髪の女性の姿を見かけたような……。いつものレイノルド様の恋人かと思ったのですが……」
と話し出す。
これは大きな手がかりに違いない。すぐにその女性のことを調べなくては。
すぐに男爵を呼ぶよう、エドウィンがその場にいた小間使いに言うか言わないかのうちに、突然遠くの方から悲鳴と、怒声が聞こえてきた。
「火事だ!!手の空いたものはすぐに火を消しに行け!」
それからバタバタと人の出入りが激しくなり、エドウィンはこの隙にと床下から銃を回収してすぐさま現場へ向かう。
どうやら火事はボヤだけで済んだようで、多少の煙が出ているぐらいで何もない。
ふと何気なく窓から庭園を眺めると、一台の馬車が凄まじいスピード正門へと走っていくのが見えた。
「あれは……。おい!すぐにあの場所を追うんだ!!」
叫ぶと執事が動揺を見せながらも頷き、すぐに人を手配する。
しかしすでに遅く、領主の私兵が駆けつけた時には馬車は門を抜け、逃げ去ってしまっていた。なんでも、馬車から金髪の女性が気迫を込めて
『レイノルド様が、火事で大きな火傷を負った。今から医者を呼びに行くのでどきなさい!』
と叫んだため、館から煙も上がっているしそれならば、とつい通してしまったのだという。
落胆するエドウィンに現実は厳しかった。
怒り心頭の男爵が、
「おまえがぐずぐずしているから逃がしたのだ。すぐに盗人を捕まえよ。さもなくば牢にぶち込んでやる!」
と怒鳴りつけた挙句、すべての責任をなすりつけたため、自分の疑いを晴らすためという名目の上、監視つきで捜査に乗り出すこととなったのだった。