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異郷より。  作者: TKミハル
 番外 リリアナとエドウィン
102/369

 汚泥に咲く

 R15表現があります。あと、リリアナ視点で暗めにつきご注意ください。

 うだるように暑い日だった。


 人は涼しくなる夕方から活動的になり、来る客を引き入れる声も次第に大きくなってくる。


 ――――――ロザリアってば、お客にビョウキ感染うつされたらしいよ

 ――――――うっわー、ひさん~


 早くも香の甘ったるい香りが漂う中、着飾った女たちがくすくす笑いで通り過ぎる。狭くて派手な廊下を曲がり、奥の、知らなければうっかり見過ごしてしまいそうな扉を軽く二度、叩いた。


『入りな』


 部屋に入ればありったけの財をこらした家具や衣装、調度品や小物が品よく並べられ、さながら上流貴族の子女の部屋のよう。いや、たとえ貴族でもここまでの部屋はそうそうはない。


 その中央のソファに身をもたせかけ、この花宿の女主人が煙管キセルを咥え、さもうまそうにしてからゆっくり細い煙を吐き出した。

『あんたを、ブレナン氏がご指名だ。一刻後に来る。ヘマすんじゃないよ』

『……はい』

 神妙に一礼して、自分の部屋へ戻る。そこにはすでに手伝いの少女が待機していて、目が合うとびくりと体を震わせた。……失礼な。


『薔薇の香油を多めにして、念入りに支度をしてちょうだい』

『はい、ただ今』


 磨かれた鏡の前で化粧をするのを待つあいだに、今日一番のとっておきのことを考える。


 フィリッポス・ブレナン。頭が軽く節操のない、操縦するにはもってこいの男。……もし、うまくすればここから出られるかもしれない。


 ――――――この娼館に来たのは十八。今年で四年、か。


 身も心も切り売りして四年間。ここでの地位を確立するまで、果てしなく長いような道のりだった。


 リィザは中流貴族の家に生まれた。母も父も貴族の例にもれなく、派手で遊び好き。上の姉が驚いたことに社交パーティで金のある候爵家の次男に見初められ、嫁いでいってしばらく。


 それで親はそれで味をしめたのか、突然結婚相手をどこぞの公爵に決められ、半ば強引に嫁がされていった。


 初老にもなろうかというジジイが飽きるまで半年。それ以後は適度によさげなのをつまみ食いして、贅沢三昧を送っていた。あのクソジジイが裏賭博に手を出し、多額の借金を作るまでは。


 ……ああ、思い出しても腹が立つ。


『子どもの落書きじゃあるまいし、こんなのもまともにできないの?第一頬紅が濃すぎるわ。すぐにやりなおして』

『は、はいッ』

 震えながらおそるおそる化粧を落としにかかるその手を、よっぽど撥ねてやろうかと思ったが、ぐっと我慢する。


 館に手が入り、高価な調度品は言うにおよばず、あたしのものであったはずのすべてが借金のカタに持ち去られ、それでも足りないと無理矢理ここに引きずられてきた。


 その時たまたま一緒に店に入ったのは、地方から人攫い同然に連れてこられた少女たち。金を貯めれば帰れると信じて、死に物狂いで働き、そしてここからいなくなった。


 バッカみたい。そんな簡単にいくわけないじゃない。あたしだってここにきて数ヶ月としないうちに、人が入れかわってくことぐらいすぐ気づいて、客や詳しそうなババアにそれとなく訊いて調べたわよ。彼女たちがありもしない希望に縋ってるうちにね。

 そういえば、つい二三日前来たのも似たようなこと言ってたわー。


 リィザの口元に知らず知らずのうちに笑みが浮かんだ。あの子たちに、言ってやれたらどんなにいいだろうか。ここで終わりじゃないのよって。容姿が衰えた女はもっと格下のとこにまわされて、最後は半刻料金が小鳥の涙ほどの場所で、それこそ他に何もできないぐらいヤりまくらないといけなくなるのよ、って。


 ふふふ、と思わず笑みが零れる。そうならないために、どれほどの女たちが化粧や佇まい、果ては部屋の装飾の隅々まで工夫を凝らし、昔からの友人ですら陥れ踏みつけて、より多くの、より上物の客を得ようとしていることか、あの子たちはほんの髪ひとすじも想像できないに違いない。


 身支度を終えてもう一度、隅から隅まで自分の姿を確認する。ほどほどなんて言葉はない。常に完璧を心がけなくては。


 意識してにっこり笑うと鏡の向こうでは、栗色の髪と碧の瞳を持つ、リングの形のピアスをした女が、優雅な仕草で微笑んでいた。

 

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