名所巡り
アルフレッドと交代で火の番をしつつ、洞穴で一夜を過ごしたあくる日。
シャロンがお湯を沸かしている間、外の様子を見にいく、と言って出ていったアルフレッドがすぐに取って返してきた。
「どうした?忘れ物か?」
尋ねると言いにくそうにしていたが、
「……囲まれている」
とぼそっと呟いた。
「え。何に」
「白ジシ。たぶん、匂いにつられて来たんだと思う」
「……本当か」
シャロンが入り口から外を窺うと、あちらこちらに白猿が徘徊していた。
何匹かはこちらを窺っているが、警戒心が強いのか近寄ろうとはしない。
「たぶんここから外へ出た時に一気に襲ってくる」
「鈴は効かないのか?」
「やってみる」
アルフレッドが二人分の鈴を鳴らすと、慌てたように飛び跳ね、あれほどたくさんいた白猿の姿は見えなくなった。
「よし、行くか」
荷物を持って外へ出ると、空には薄く雲が広がっていた。
「雲が出てるが、どう思う?」
「風もあまり速くない……今日一日は大丈夫」
アルフレッドが腰に下げた大剣を重そうに引きずりながら答える。
「それは無茶だ。背中にくくるといい。まあ、すぐには使えなくなるけれど、しょうがないな」
彼はその言葉に従い、背中にその剣をくくって荷物を背負い直す。
「……ここから、地獄口は近い」
正直、いろいろありすぎて観光名所をめぐるような気分ではなくなってきていたが、そこまで近いなら行っておこうかと、洞穴の北のルートへ向かう。
歩くと、それほど長くかからないうちに崖にぐるりと囲まれた場所に到達した。
前方にはぽっかりと、家五軒は入りそうな穴が口を開けていた。近くへ行って覗いても、背筋が寒くなるだけで、何も見えるものはない。
「……これ」
アルフレッドが頭ほどもある石を持ってきて、穴に投げ入れる。
石は内側の深い闇へ吸い込まれ、それっきり何の音も響いてこなかった。
「そ、相当深いってことだな?」
シャロンが尋ねると、彼は切り立った崖の奥を見つめ、
「……昔、この穴は別世界へ繋がると信じられていて、多くの者が違う世界を夢見てここへ飛び込んでいった。でも、誰一人として返ってこず、残された者の悲嘆と恨みから、いつしかこの穴は地獄へ通じるとの噂が広まった。それでついた名前が『地獄口』」
いつになく丁寧に教えてくれた。
「『地獄口』か……」
緊張の面持ちでゆっくりとふちを離れると、どこからか猿の鳴き声が聞こえてきた。
キキィ、キキ、キイキイキイ。
キィ、キキキッ。キッキッキッ。
白い猿は雪に紛れて見え辛いが、鳴き声からかなりの数が近くにいることがわかる。
油断なく辺りを窺いながら穴と距離を取ると、崖と崖の隙間に隠れていた何匹かの群れが一斉に襲いかかってきた。
「おい、アルフレッド!大丈夫か!?」
自分に近づいてくるのを牽制するのが精一杯のシャロンの横で、アルフレッドが背中から大剣を下ろし、抜き放つ。
「……たくさん食べたから、大丈夫」
そう言ってまわりにたかる白猿の群れを、一気に薙ぎ払い微笑んだ。
めちゃくちゃだなあれは、とシャロンはいったん彼から離れて独りごちた。
力任せに剣を振り回すだけで何の形にもなっていないが、確実に動く白猿の数は減っている。
近づくと巻き込まれそうなので、猿斬り装置と化したアルフレッドは放っておき、目の前の白猿の群れに集中する。
鈴をつけているのになぜ、という疑問は、死んだ猿が耳に葉や皮を詰めていたので氷解した。
「悪知恵の働く奴らだ!」
白猿の数は確実に減っているものの、その勢いは衰えることがない。
かなりの数を斬り、シャロンの感覚が少しずつ鈍り始めた。握る手も返り血でねばつき、動かしにくくなっている。
さすがにアルフレッドも最初の勢いはなくなり、息が乱れているのか大きく肩を上下させている。
避け損なった白猿の爪に頬を思いっきり引っかかれ、空を仰いだシャロンの目に、ひときわ大きな白猿が丘の上からこちらを見下ろしているのが映った。
咄嗟に腰に差している小型ナイフを投げると、運よくその猿の鼻から右目へと突き刺さり、同時に轟くような咆哮が上がる。
それが響き渡ると、辺りにいた猿たちにもすぐに変化が訪れた。慌てたように飛び跳ね、後ろを向くとあっというまに遠くへと逃げ去っていった。
シャロンはそれを見送り、ザクッと剣を突き立ててそれにもたれながら休息を得る。
「アルフレッド。怪我はないか?」
頷いて大剣の血を漱ぎ、また背中へ背負い直すアルフレッド。
彼を促して、これ以上何か起こる前にと『地獄口』に背を向けて帰路を歩き出した。
何とかふもとまで下りてきたが、大剣を背負い黙々と歩いていたアルフレッドが、酒場近くでいきなり倒れた。顔が赤く、額に手を当てるとひどく熱い。
せっかくここまで来てこいつに何かあったら、骨折り損じゃないか!
シャロンはまだ貰っていない報酬のため、アルフレッドが治るまで面倒を見ることに決め、彼の家までなるべく引きずらないように連れて行き、荷物や装備を外して強引に冷えたベッドへ転がしておいた。