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冥府の王に花束を  作者: りとむ


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愛の神 -Ourania- ep.1


「やれやれだ……君ほど覚えの悪いカロンは初めてだよ……」



 長い一本道を、黒いコートを着た旅人が歩いていた。

 足元には一匹の黒猫が付き従うように共に歩みを進めている。


 精悍な顔つきで、歳は十代半ば程に見える。


 黒猫と旅人は話しながらのんびりと歩いていた。

 やがて旅人が、やれやれと言った様子で口を開く。



「一、わたしとディーは一心同体。片方が死ねば、もう一方も死ぬ。

 二、ディーは自身の体積以下のものなら、あらゆる形状に変化することが可能。

 三、双方はお互いのいる場所がわかる。

 四、ディーは神様を……」



「誓約内容を覚えているのは結構だ。君はまだまだその体の使い方がわかっていない。そもそも……」


 カロンと呼ばれた旅人は、何も答えず、ゆるやかな坂を登っていく。

 その脚は重く、顔には疲労の色が浮かんでいた。


「わかってるよ……ただ……私は早くシャワーを浴びておいしいものが食べたいよ……」


 坂を登り切り、カロンと呼ばれた旅人は、口を開く。


「はぁ。やっと次の国が見えた。あそこが、愛の国さ、ディー」


「アイの国……ほう、あそこがウーラニアの治める地か」


 カロンは早足で坂を下りながら、楽しそうに言った。

 

「そう。あそこは、愛の国。愛のためなら何をやってもいい国らしい。どんな国なのか、楽しみだ」


 そう言う旅人の前には、次なる国の城門がくっきりと見え始めていた。



◇ ◆ ◇



 カロンとディーは、城門の前にいた。

 城壁は重厚じゅうこうで、塗装とそうされていない灰色が、更に威圧感をかもし出している。


「この国では、愛の神”ウーラニア”様による統治とうちもと、殺人、暴力行為、窃盗せっとう、その他犯罪と呼ばれる行為が、愛の為ならば罪に問われません。それでも入国しますか?」



 入国審査官らしい男がそう告げた。

 カロンは、小さく頷きながら、笑みを浮かべる。

「問題ありません」


 カロンと呼ばれた旅人はそのむねを審査官に告げる。

 審査官は驚きながらも、もう一度問いかける。


「国内で暴力、窃盗などに会われましても、当方では対処できかねますが、それでも入国しますか?」

「はい」


「旅人さんを疑うわけではありませんが……その、危険ですよ……?」

「問題ありません」

 困惑する審査官の後ろで、城門が少しずつ開いてゆく。

 カロンは国の中へと入っていた。



 街へ入るや否や、複数の住人がカロンを取り囲んだ。

 その顔に敵意はなく、むしろ友好的に見える。

「ここはね、愛の神様が治める国なんだ!だから、みんな何かに恋してるのさっ!」

「旅人さんは恋してるっ? 恋はいいわよぉ、人生を豊かにしてくれるの!」

「お嬢ちゃんの様にかわいい子なら恋には困らないだろうねぇ……」

「何言ってるのよ、お嬢ちゃんじゃなくて坊やでしょう?」

「どっちだていいさ! キミ、うちに来ないか? 盛大にもてなそう!」


「ありがとうございます。ひとまずは街を見て回ろうかと思います」


 カロンはそのすべてに短く返事をしつつ、招待はすべて断っていった

 住人はひとしきり言いたいことを言うと、それぞれの生活に戻っていく。


 その足元で、人に踏まれないよう小さく丸まっていたディーは、人々が去っていくとその姿を見送りながら苦笑いを浮かべていた。

「やれやれ、かつてない歓迎具合だな」

「ま、ちょっと疲れたけど、悪い気はしないね」




 街は端正に整えられ、中世的な雰囲気で統一されていた。

 綺麗に舗装された道路や街路樹から、殺人や暴力的な印象は見て取れない。

「どうした? 道端で人が死んでいたり、通り魔に襲われるような街を期待していたのか?」

 ディーは、それらを眺めるカロンに問いかける。

「いや……期待はしてないけど……」


 街の中を見渡しながらゆっくりとと歩いてゆく。

 街の人々は友好的で、危害を与えるような素振りは一切見えなかった


 やがて親切な住民に聞いた高級そうなホテルに入り、料金を聞くと

「旅人さんからお金はいただけません。国からお金が出ております。ゆっくりとお休みください」

「ありがとうございます。では一番いい部屋をお願いします」


 その後、食事に出かけると

「旅人さんからお金はもらいませんよ! 全部タダです! たくさん食べていって下さい!」

「ありがとうございます。ではこの国の名物と……あと、これとこれとこれをください。あ、あとこれも」

 カロンは、小さな体のどこにそんなに入るのかと、周囲の客が目を見張るまで食べ続けた。

 

 食事を終えたカロンは、ホテルに戻り、これでもかと長い時間温かいシャワーを浴びたあと、豪奢なベットに寝転ぶ。


「この国は最高だ!」


「まったく……そんなに食べてすぐ寝たら牛になるよ」

 カロンの傍で丸くなっているディーが、呆れた様子で声を出す。

 

「ディーだってたくさん食べてたくせに………それにいいんだ。もうわたしは牛になる……」



 翌朝、カロンは目覚めるとディーと共に街へ出た。



「珍しいこともあるものだ、君が進んで街を探索するなんて」

「もっとタダのものがないか探してみる」

「………なるほどな」


その後カロンは、タダでお茶を飲み、温泉に入り、変えの下着や日用品を貰ったあと、一つのお店に立ち寄っていた。



「ここは最高の国だな」

 昨日、カロンが言ったセリフをディーがそのままトレースする。

 空調の効いた心地良い部屋で、ペットトリマーの女によってディーは優しくマッサージを受け、見るからに高価なご飯をもらっていた。


 カロンはその様子を少し遠くから眺めていた。

「これはこれは……かわいらしい猫ちゃんですね。人に怖がる様子もなく、大人しいいい子ですね」

「ありがとうございます」



「……やれやれだ。ディー、終わったら起こしてね」

 カロンはコートに顔をうずめるようにして目を閉じ、やがてすーすーと寝息を立て始めた。

 ディーはそんなことに気にした様子もなく、気持ちよさそうにマッサージを受ける。



 カロンが目を開けると、あたりはすでに暗くなっていた。

 明かりは消され、窓から差し込む月明かりだけが、部屋全体をぼんやりと照らしだしている。


 そしてそこにディーはいなかった。

 もちろん、トリマーの女も消えていた。


 ディーがあった場所には、紙と、別の猫がケージ入れられ置かれている。そこには


【私は、あなたの猫に恋をしてしまいました。盗むことをお許しください。お詫びに、代わりの猫を差し上げます】

と書かれていた。


「やれやれだ……」




◇ ◆ ◇




 路地には幾人いくにんかの人影が見て取れる。

 仲睦なかむつまじく歩いているわけではなく、その間には険悪な空気が流れていた。


 細い路地、相対する人影。

 一方は5人。全員が刃物や棍棒こんぼうのようなもので武装している男たち。

 対するは白いローブを頭から被った小柄な人影がひとつ。


「そこ、通してもらえますか?」


 ローブのほうが口を開く。

 その声は高く、少年か少女のそれだった。

 自分よりもはるかにガタイの良い男たちに囲まれているにも関わらず、その声に恐れはなく、むしろ苛立っているようだった。


「そ~いうわけにはいかないなぁ。俺達は君を殺すよう言われてるんだから……」


 男たちは、じりじりとローブの方へと近づいていく。

 それに伴って、小さな人影は後ろへと距離を取る。


「では……」


 口を開いたローブは、次いで足を止める。

 男たちとの距離が数メートルまで近づいた時。


「無理やりにでも通らせてもらいます」



左足で踏み込み、一瞬にして先頭にいた男との距離を詰める。

そのままの勢いで先頭にいた男の顎へと掌底しょうていらわせる。


「ぐげっ……!」


 男は変な声を上げると、その場に膝から崩れ落ちる。


 ローブは男に掌底を喰らわせた瞬間、下へとしゃがみ落ちる。

 そのわずか数センチのところを、その後ろにいた男の刃物が通り過ぎていった。


「……………」


 ローブは二人目の股の間をスライディングの要領でくぐり抜けると、後ろからそのえりをとって、自分の目の前、三番目にいた男に向かって投げつけた。


 狭い路地に一列になるようにして並んでいた男たちは連鎖するように倒れていく。



「「「うわっ!!」」」



 倒れた男たちはのしかかられている重さからか、なかなか起き上がることができない。


「……さて」



 ローブは少し男たちから距離を取ると、助走をつけて走りだした。


 そして、男たちの目の前で勢い良く踏み切ると、右側の壁に向かってジャンプ。そしてその壁を足がかりにもう一度ジャンプ。

 男たちを軽々と飛び越えると、ローブは振り返りそのフードを取る。



「では、失礼します」



 あくまで無表情の顔で淡々と言う少女か少年かわからないような長い黒髪を持つ人影は小走りに去っていった。

 男たちは、呆然としながら、壁ジャンプを決めた人影を見送ると、その現場となった壁を見やった。

 そこには、くっきりとその小さな足の形に凹んだ壁があり、男たちは、追うのをやめた。



「恋……ねぇ。ディーが恋してないといいけど」

次回更新予定:11月26日

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