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冥府の王に花束を  作者: りとむ


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豊穣の神 -Dionysos- ep.4

ディオニューソスと呼ばれる神が治める国を訪れた、旅人のカロンと猫のディー。

その国で路銀稼ぎのために受けた依頼、山賊退治の最中、ついてきた街の住人が残族によって殺されてしまう。


そこで聞いたのは「住民の生死は神によって管理されている」という事実。

全てを知ったカロンは、神の居住地へ招待されるのだった。


 町の中央に位置する大きな聖堂せいどうの中。そこは小さなホールのようになっていた。

 窓が数個あるだけの円形えんけい、サッカーコートの半分ほどの広さがあるその場所に生活感はなく、ただ階段と同じように滑らかに作られた床が広がっているだけ。


「よく来たな。旅人、俺がこの街を治めている(ディオニューソス)だ」


 その男は、まさに鋼鉄こうてつだった。鍛えあげられた三メートル近い巨体に、肩や腕は筋肉によって盛り上がっている。黒く焼けた肌はその筋肉をさらに誇張しているようだった。


 男は部屋の中央付近、唯一置かれている家具である椅子に座って何かを飲んでいるようだった。

カロンの顔よりも大きいのではないかという右手には、酒樽がそのまま握られていた。

神と自称した男は、樽の蓋を親指ではじくように簡単に壊すと、樽ごと傾けて中の液体を口へ流し込んだ。

辺りには発酵した果実のような独特な匂いが広がる。

口元についたしずくを左手で無造作むぞうさぬぐうと、男は口を開いた。


「あの、○○とかいう男が死んで驚いたか?」


 樽を口から離した男は、薄ら笑いを浮かべながらカロンへと問いかける。

 まるでサプライズに成功した少年が両親の反応を楽しみにしているような顔、いたずらっ子のような素振りだった。


「特には。わたしはもっと()()()()も見てきましたので」


カロンは表情を変えずにげる。

それを聞いた男は心底しんそこ残念した様子で肩を落とす。


「まぁ、失血死だったってのがパンチなかったからな………。前回のは良かったんだよ! 俺を神と認めない使徒の嫁を豚に変えてやった上、それを喰わせたら、そのまま発狂して死にやがった。あの顔は傑作だったな!」


カロンのまゆが少しだけ動いた。

男は、そんなことには気づかず、話を続ける。


「その前も、神はいないとかほざきやがった奴に、街の人間すべてが化け物に見える呪いをかけてやった。やめてくれ、助けてくれって叫んでやがったな。

 まぁ助けるわけねぇのにな! 苦しんでる顔は最高に面白かったよ。その前もなぁ………」


「わたしを呼んだ理由はなんですか? そんな過去のくだらない自慢話をするためじゃないですよね?」


男は豪快ごうかいに笑う。



「なんだ、怒って斬りかかってくるかと思ったが……逆に挑発されるとはなぁ……」


「…………」


「まあ、なんだ。山賊との戦い、ここで見ていたぞ?素晴らしかった、あっという間に六人を殺して人質を開放。

 やはり、圧倒的な力は愉快だ!」


「わたしは、できれば誰も殺したくはありませんし、それを褒められても嬉しくありません。

 そして、あなたのように殺すのを楽しいと思う人は好きではありません」


男は、少し眉をひそめる


「俺が嫌いか! 本人を目の前にしてよく言えるものだ。そこの猫も同意見か?」


 一瞬の静寂。次に聞こえたのは神と名乗る男とはまた違う、強かな男の声。


「私に気づくとは……神と名乗るだけはある」


「フハハ。当たり前のことを言うな。おぉ、そういえば忘れていた。旅人、貴様への勅令だ、その猫……いや、()を俺によこせ」 


 カロンが答えないままでいると、男は酒を飲み干し、持っていた樽を部屋の奥へと投げ捨てた。それは今までにも同じように捨てられたのであろう別の樽にあたって大きな音を立てる。

そして、ゆっくりと立ち上がると、しっかりとカロンを見据えながら言葉を続ける。


「できないのなら……聞いているだろう?

 

 その鎌の切れ味、普通じゃない。神である俺ですら見たことがない代物だ。

 更に言えば、そこな猫が鎌に変化している。ますます興味深い。

 

 お前の素性やその身のこなしも気にあるところではあるが、

 そんなこと聞いたとて面白くないのは目に見えているからな」


男は終始ニヤニヤしている。

カロンは足元に佇むディーへと手のひらを向ける。


次の瞬間、ディーと呼ばれた猫の姿は消え、カロンの右手には黒い靄がまとわりついていた。


「ディーは―――」


黒い靄が徐々に形を成していく。

それが晴れた時、カロンの右手には鎌ではなく、銃が握られていた。



「わたしの―――です。ですので、お渡しすることはできません。」



そういったカロンの口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。



「鎌だけでなく銃にもなれるのか! ますます気に入った! その猫、ここにおいてゆけ!! 渡さないのなら、殺してでも俺の物にさせてもらう!」



男は小さな小屋であれば跨げそうな一歩で近づくと、巨大な手のひらを伸ばす。



「お断りします」

「同じく」



カロンが言うか早いか、男は出していた手を握り、殴り掛かってくる。

カロンはそれをバックステップで躱す。



「それにしても、こうもたやすく会えるとはな」


「ほぅ………俺に会いに来たと? なぜだ」



カロンは銃口を男の眉間へと照準を合わせる。


「あなたを、裁くためですよ」


「ふっ、神である、この俺を裁くと………? 俺に何の罪があるという?」


「住人を不当に蹂躙じゅうりんし、殺害さつがい利益りえき独占どくせん。短い時間でこれだけあれば、他にもあるでしょうね」


「ふはは……俺は神だぞ? 人間ごときに神が裁けるものかっ!」


男の言葉が終わる前に、カロンは駆け出していた。

前に出ながら、男の頭部とうぶめがけて銃を撃つ。


5回の発砲音はっぽうおんによって放たれた弾丸は、どれも漆黒しっこくだった。


腕で顔を守り、男の視界がさえぎられた一瞬。

カロンはその懐へ入り込み、銃身を手で握ると、そのグリップ部分で股間こかんを思い切り殴打おうだする。


そのままガンスピンの要領ようりょうで再びグリップを握り直すと、今度は下からあごへ向けて連射れんしゃする。


「お、ぉぉおおぉぁあっっ!?」



下からの衝撃しょうげきで、後ろにたたらを踏んだ男は、のけぞった体を戻す勢いのまま、カロンを捕まえようと腕を大きく広げる。



「なかなかやるな!! だが俺にそんな攻撃は効かんぞ!」



カロンはその腕をさらに懐に飛び込むような形で避けると、そのまま足の下をくぐり、男の後ろ側へと回りこむ。

その手には再び鎌に戻ったディーが握られていた。


振り向き、巨大なひざと、足首裏のけんを切断する。


「なっ……! ぐぅううううう!」



男が膝をつき、そのまま地面へと横たわる。

その首元には、冷たい刃が当てられていた。



「殺しがいがある…? 戦いは楽しくなんかありませんよ。」


「貴様、その強さ………人間か? それにその鎌………神の体を切る刃など聞いたことがないぞ!」



「………………………」


カロンは表情を崩さず、ただ男を見下ろしている。

その手に力がこもり、男の首筋から一筋ひとすじの血が流れる。


「ま、待てっ!俺を殺したら街の奴らはどうする! あるじを失った奴らは路頭ろとうに迷うことになるぞ?」


「後から来たのはあなた達でしょう?人は頼るものがなければ自然と生きて適応てきおうしていくものですよ。」



「――――人は、強いですから」



カロンは達観たっかんしたような、少し悲しい表情を浮かべていた。


「そんなのは妄想もうそうだ! そもそも人間が神であるこの俺を殺せるわけがない! 貴様がやっているのは独りよがりな愚かな行為だ!」


「何が悪かはあなたが決めることじゃありませんよ」


「俺のやっている人殺しは悪いことなんだろう? ならば今、貴様のやっていることも同じじゃないのか! 俺をさばくのなら貴様も裁かれるべきだ!

 神を殺した人間がどうなるのか知っているのか? 他の神に八つ裂きにされるぞ!」



その顔に、もはや神としての威厳いげんや余裕は消え失せていた。

あるのは生きたいという執念しゅうねんと、カロンに対する憎悪ぞうお



「正しくない事なんて知ってます。貴方と同じですよ。わたしは、わたしのエゴであなたを裁きます」




◇ ◆ ◇



そして、その部屋から声が消えた。

カロン、そして猫の姿に戻ったディーは、もう動くことのないかつて神だった物を見下ろす。



「これで、よかったのかな?」

「上出来だ。残りは私がやろう」


深く、息を吐く音が響く。


「そうだね」





少しの後、綺麗に整えられた部屋に、動くものは存在しなかった。

あるのは、不自然なほどに大きな血だまりと、小さな花束だけ。


その傍らには、黒髪の男がしゃがみ込んでいた。


「安らかに眠れ。ディオニューソス。お前の力は私の中で生き続ける」


男は、自らが置いた青い薔薇の花束を見やると、

踵を返し部屋から出ていった。



◇ ◆ ◇



カロンは再び森の中にいた。


短い間ともに旅をした、かつての使徒を丁寧ていねい埋葬まいそうすると、彼の剣を墓標ぼひょうのかわりに地面へと突き刺す。

近くには、街に入った直後出会った少年が母親と一緒に立っていた。


埋葬を終えると、二人は深々と頭を下げる。

カロンもそれに倣い、二人へ礼を返すと、街の外へ向けて歩き出した。



「カロン」

「ん?」


「ディオニューソスの死後、街は変わるだろうか?」

「なぜ?」


「仮にも街の統治者として、ディオニューソスは必要だった。

 恐らくは野党や別の国からの侵略から自らの国を守っていたのだろう。

 いなくなったことで、恐らくは勅命とやらの恐怖を上回る恐ろしい事が起こる可能性もある。

 街の大多数の人間は、そのようなことが起こった場合、やはり神は正しかったんだと思うことになる」


 ディーの言葉を聞き、カロンは少しだけ考えこんだ。

 やがて、ゆっくりと口を開いた。


「もしかしたら、ディーの言うとおりかもしれない。

 でも、わたしは思うんだ。 人間を本当に幸せにするのは神様じゃない―――――」



「―――――――人を幸せにするのは人。いつだって自分自身さ。」



空には、み切った青が広がっている。

街は一時の動揺やざわめきを残しつつ、前へと進み始める。


「おねぇちゃん!! お兄ちゃんの仇をうってくれてありがとう!!!

 僕もいつか、おねぇちゃんみたいに強くなるから!!」


その背中に、少年の大きな声が響いた。

カロンはその言葉に背中を向けたまま小さく手を上げて応えた。



「さぁ、次の国へ行こうか、ディー」

「あぁ」



旅人の行方は、誰も知らない。


次回更新予定:11月23日

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