豊穣の神 -Dionysos- ep.3
神様が治めるという国を訪れた、旅人カロンと猫のディー。
依頼を受けた山賊退治の最中、同行していた青年はわざと山賊の攻撃を受けて息絶えた。
死ぬ必要のない人の死。その理由は……
そこには長い、長い階段だけがあった。
幅は約5メートル、白く艷やかな階段が数百段にわたって続いている。
どこか神秘的な空間に、小さな足音だけが響いていた。
「神と呼ばれる存在が地上に降り立ってから、約半世紀。
人が神を神と認めるのには十分すぎる時間なのかもしれないな」
ディーの声が階段に響いている。
「わたしは、わたしがやらなきゃならないことをするだけだよ」
階段を登り切ると、そこにも白く美しい装飾の施された扉があった。
カロンは、足元を歩くディーを見下ろして言う。
「ついたみたいだ」
「あぁ。君の、そして私の旅の目的地だ」
そして、ゆっくりと、その扉を開いた。
◇ ◆ ◇
それから数刻前、森の中にある小さな広場は、その土を赤黒く染め、十の死体を横たえていた。
思い思いの死に方で息絶えている山賊の死体が八つ、首を切られた少年の死体が一つ。
そして、ついさっき息絶えた青年の死体が一つ。
○○と名乗っていた青年の心臓はその鼓動を停止し、四肢は力なく垂れ下がっていた。
横に旅人が一人。カロンは胸に手を当て、一人黙祷を捧げている。
そんなカロンを遠くから見るように、複数の男女が立っていた。
彼らの服はドロで汚れ、一様に手足には縄で縛られたような跡が残っていた。
彼らは動くことなく、ただ青年を哀れんだような目でじっと見つめていた。
黙祷を終えたカロンが顔を上げると、老人が近づいてくる。
「説明、してもらえますか」
カロンの言葉に怒気は無かった。
務めて冷静に。どちらかというと哀れみや諦めのような感情が声色に現れていた。
「もちろんだよ。君がそれを望むというなら。私たちにはそれをする義務がある」
老人は一度振り返り他の人が小さく頷いたのを確認すると、ゆっくりと話し始めた。
「……まず、私たちの街の制度から説明しなければならないね。
私達の街では、神様がやってきた年から、ある制度がスタートした。
それは、神様がこの街を守ってくださる代わりに、年に一人、神様の選んだ住人を”使徒”として献上すること。
使徒として選ばれた者は、神様の生活のお世話をしたり、ご勅令を聞かなければならないんだ。
そして、使徒の多くは、一年で解放される。
そこにいる青年のように、ね」
「彼が使徒だったと?」
「あぁ、彼は使徒だったよ。そして、今日が使徒になってから一年目だ」
老人は言葉に詰まるように顔を伏せた。
「彼の邪魔をすることはできなかったんだ……。
邪魔をすれば、私達まで街を追い出されてしまう。この街を追い出されたら私達に外の世界で生きていく術などないのだから……」
「彼に与えられたその勅令、というのは何だったんですか?」
「彼に与えられた勅令は……次に訪れた旅人の前で死ね。だね」
「……つまり彼はわたしがこの街に来た時点で、わたしの前で死ぬしかなかったと?」
「そうだね、そういうことになる。だけど……」
老人は一瞬、言葉を切る。
「――――それがこの街のルールだから。」
老人はラスティの胸元を探ると、葡萄のような模様が描かれたペンダントを取り出した。
顔をしかめながら一度強く握りしめると、それをカロンへと手渡す。
「これは?」
「使徒の証だよ。それは、たった今から、君のものだ」
老人はニッコリと笑う。
「次の使徒は、旅人さん、君だ」
「わたしはこの街の人ではありませんが?」
「神様が、そう決めたからだよ。私達にその真意はわからないし、わかろうと思ったこともない
なにせ相手は神様なのだから」
「拒否権は?」
「ないよ。そして、そろそろ最初のご勅令が下る頃だ……」
老人がそう言った時、上空から声が響いた。
野太い男のような声、決して聞き取りやすいとは言えないが、その声はまるで頭の中に直接話しかけるように聞こえてきた。
「次の使徒はお前だ、旅人。招待してやるから早く来い」
カロンが老人を見ると、彼はゆっくりと街の方を指さした。
「神様は街の中央の神殿にいらっしゃるよ……
街の住人ですらお会いできることなどめったにない。
ぜひご寵愛を賜っておいで」
カロンはもう一度青年を見ると、足元に佇むディーへと視線を移した。
そしてもう一度老人へ目線を戻すと、小さく微笑んだ
「ありがとうございます。そうします」
次回更新予定:11月21日




