豊穣の神 -Dionysos- ep.2
神様が支配するという街へ着いた旅人カロンと黒猫のディー。
路銀を稼ぐべく、依頼所へ赴くが、そこで何故か死にたがる青年と出会う。
依頼内容である山賊の掃討へ向かうカロンだったが……
「カロン、気づいているか?」
「うん、ついてきてるね。めんどくさいなぁ………」
山賊の居場所として伝えられた山には、たくさんの木々が並んでいた。道はその木々の間を縫うように、くねくねと続いている。
カロンが進んでいくその後ろ、木の陰に隠れるようにして青年がついてきていた。
しかし、その尾行はかなりずさんで、時折「うわぁっ」「やばっ」と声が聞こえてくる。
カロンはそんな青年にため息をつくと、後ろを振り返り、慌てて隠れた青年に対し声をかけた。
「すみません。ついてくるの、やめてくれませんか。」
青年は木の陰から出てくると悪びれもせず笑顔を浮かべる。
「なんだ、バレちゃったか!坊や、なかなか鋭いんだな」
「帰っていただけますか?」
「そんなつれないこと言うなよ坊や、俺も一緒に……」
「わたしはカ……ナヴィアといいます。”坊や”じゃありません」
ラスティの言葉を遮るようにカロンが言う。しかし言われた本人は気にした様子もなく、
「頼む坊や! 俺も連れてってくれ!」
なんのひねりもなく、再度同じ言葉を繰り返す。カロンは少し呆れた様子を見せ、男に背を向けて歩き出した。
「……付いてきたければ、自由にしてください。ただ、これはわたしの受けた依頼です」
「もちろん報酬なんていらないさ! ありがとう!」
青年はニコニコとした様子でカロンの横を歩く。
「どこから来たの?」「何歳?」「その猫ちゃんは坊やの飼い猫かい?」
ずっと喋っていたラスティだったが、カロンが何も答えずに無視していると、諦めたのか少し拗ねた顔を浮かべながら無言でカロンの後ろを付いてくるようになった。
◇ ◆ ◇
木の影から、六つの目が覗いていた。視線の先には、森の奥、木々の開けた小さな広場のようになっている場所。
そこには、大きなテントが張られており、近くに二十人ほどの人影が確認できる。
二十ある人影の内、およそ半数は目隠しと猿轡、さらに手足を縄で縛られて、ひとかたまりに座らされていた。
その前に立っている残りの半数はそれぞれが手に斧や鉈のようなものを持ち、座っている人たちをニヤニヤと笑っている。
「あれが山賊か……中々人数が居やがるな」
カロンのとなりの木から広場を覗きこんだ青年が、どこかうれしそうに話す。
「いくぞ坊や! 早く助けないと、奴らはきっとあの人たちを殺すつもりだ!」
飛び出そうとした青年を、カロンが片腕を伸ばして制止する。
「ダメです」
「なぜだ! 街の人たちが死んでもいいのか!」
「今、山賊さんたちは全員が外に出ています。行くとしても夜。寝静まった頃に一人ずつ、です。」
カロンは淡々と言葉を続ける。
「もちろん、わたしも捕まっている人達に死んで欲しいわけではないですが、受けた依頼はあくまでも山賊さんたちを倒す事です。
街の方々の保護は依頼されていませんので」
「だから見捨てろってのか!」
「はい。わたしはわたしの命が一番大切です。このまま飛び出した所で、救える命も救えなくなりますよ」
「くそっ……」
その顔には一部の迷いもなかった。
青年は腰の剣から手を離すと、しぶしぶと言った様子で、再び木の後ろへと身を隠した。
「いいぞやれやれ!!」
「勝ったやつが一番乗りだ!」
山賊たちはそんな二人の様子など知らない様子で、震えている人達の前でジャンケンをしている。
そして、勝ったらしい一人が、近くに座っていた少年を引きずるようにして数歩前へ出させると、いきなり持っていた鉈を使い、少年の首を切り落とした。
そこにためらいなど、感じられなかった。
切り落とされたは首からは止めどなく血が溢れだし、体は二、三度ビクンッ跳ねると、すぐに動かなくなる。
それをやった当人は満足そうに、血が滴る鉈を掲げ仲間たちへ誇るように雄たけびを上げていた。
まるで、ゲーム感覚。そこには何の意味も罪悪感も感じることはできない。
山賊たちは一様に笑い、再びジャンケンはじめた。
その顔は、新しいおもちゃを与えられた子供のように笑顔だった。
「すまん坊や」
「だめですよ」
謝りつつ腰に下げた剣へと手を伸ばした青年をカロンが止めようとするが、その脚はもうすでに地面を蹴っていた。
「俺はもう限界だ。俺には、あのくらいの歳の弟がいるんだ。あんな奴ら、俺が全員殺してやる」
誰ともなくそう言うと、青年は木の影から飛び出して山賊たちのもとへ駆け出す。
ジャンケンに夢中だった山賊たちが青年に気づいたのは、すでに彼が眼前まで迫った時だった。
「らぁぁあああ!!」
一太刀で一人の山賊の首を落とすと、返す刃でもう一人の腹を突き刺す。
二人の山賊は驚いたままの表情で地面へと伏した。
「てめぇ誰だ!!」
仲間を殺され、動揺したのも束の間、各々武器を構える山賊たちに対し、青年は少し距離を取ると、再び剣を構え直す。
カロンのいる位置から、青年の表情は見えないが、背中には鬼気迫る何かが見えるようだった。
「彼、見かけによらず戦闘は上手なようだな」
ラスティの前では口を開かなかったディーが、緊張感のない声で言う。
「どうかな……あの人数差だ。囲まれたら、厳しいかもしれない」
カロンの言葉通り、山賊達は慣れた足の運びで、距離を取りながら青年を囲むように広がっていく。
その表情は仲間が死んだ悲しみや怒りよりも、新たな獲物を見つけた楽しさに笑っているようだった。
山賊たちはゆっくりと、しかし着実に青年に近づき、各々の武器をふるう。
囲まれた青年は致命傷こそ受けないよう奮闘しているものの、その顔は険しく、腕や足に傷が少しづつ増えていくのがわかる。
「いいのか、カロン。まぁ俺としては彼の命がどうなろうと関係ないんだが」
「しょうがない、二人削ってくれたし、残り六人。あのくらいならなんとかなるかもね……行こうか、ディー」
「了解」
ディーの声が発されたと同時にカロンが地面を蹴り、駆ける。
その時すでに、青年は左手、右足から流血し血が滴っていた。
右腕一本で応戦しているものの、息は荒く、すでに当初のような精度は見えない。
当の山賊達は、ニヤニヤと笑いながら青年の近くを取り囲み、近づくスキを窺っているようだった。
「助けに来ましたよ。お兄さん」
カロンは姿勢を低くし、こちらへ背を向けていた一番近くの山賊の背後に回ると、いつの間にか手にもっていた、先程までは無かったはずの大鎌を振りぬく。
まるでバターを切るかのように男の体をすり抜けた鎌は、男の体を上半身と下半身二つに分けた。
一瞬にして身長が半分になった男は、何が起こったのかわからないまま、地面へと血だまりを作っていった。
そして横にいた小柄な男を、一息で頭から足まで切り裂く。
「あと四人」
短く息を吐くようにして、地面を蹴り、再び駆ける。
そこまで来て、ようやくカロンの存在に気づいた山賊たちだったが、一人は武器を構える前にその両腕を切られ、胸に刃を突き立てられていた。
「よくも!俺の仲間たっ……!!」
顎から上を無くした男が噴水のように血を噴き出しながら、倒れる。
「うおぉぉおおおおおあああ!!」
背後から渾身の力で振り下ろされた手斧を、カロンはわずか半歩分だけ体をずらして避ける。
斧を振り切り、勢い余った男はその場で前のめりによろけると、すぐにカロンの方へ向き直ろうと顔を振る。
しかし、その目が再びカロンを捉えることはなかった。
きれいに首を切り落とされた男は、そのまま数歩だけふらふらと歩くと、血だまりに倒れている仲間に躓いて倒れ、動かなくなった。
わずか数秒の間に五人の山賊を肉塊へと変えたカロンは、鎌をひと振りし、その血を振り払う。
人の骨や肉をなんの抵抗もなく切り落としていく。その切れ味は異常だった。
「ひ、ひぃぃいいいい!」
最後の一人、最初に男の子の首を切り落とした男は、カロンに対して青年を挟んだ向こう側、少しだけ離れた場所に立っていた。
カロンがその男のほうを向くと、男は一瞬だけ顔を恐怖に歪ませる。
そして、何かを悟ったように
「どうせ殺されるなら……お前の仲間も道連れだ!!」
持っていた鉈を、膝をついた青年に向かって振り下ろした。
「お兄さん!!」
避けられる、はずだった。
カロンの声がなくとも、ただ右手に持った剣を頭上に構えればいいだけ。それだけで致命傷は避けられるはずだった。
しかし、そうはならず、山賊の振り下ろした斧は、僅かにぶれて青年の肩へと食い込んだ。
その勢いのまま、肩口から胸まで一気に切り裂いていく。
「がぁぁああああああああ!」
痛みによって悶える青年を見た山賊は、満足そうに恍惚とした表情を浮かべ
「ふへっ…………へへへへへ…………俺はてめぇには殺されねぇ……ふへへ」
青年から引き抜いた手斧を、自らの首へと持って行き、笑顔を浮かべたまま喉笛を切り裂くようにして、自害した。
青年は山賊が自ら作り出した血だまりの中に横たわっていた。その表情は青ざめており、血の気がない。
カロンは青年へと駆け寄ると、彼のリュックから包帯などを取り出し、止血を試みる。
しかし出血は止まらず、周囲の地面は彼と山賊の血を吸って黒くなっていった。
「いいんだ……俺は……」
「誰か、山賊さんのテントから止血剤や包帯を持ってきてください。早く!」
カロンは一人の男性をナイフで解放するとそう叫んだが、男は周りの人たちを解放するばかりで、誰ひとりとしてテントへ向かう者はいなかった。
やがて、全員を開放し終えると男性が口を開く。
「彼は死ぬよ。我々には、どうすることもできない。」
男はそう言ったきり、俯いて喋らなかった。
「確かに、わたしたちを助けてくれたのは、君と、そして彼だ。でもね、彼は死ななければならない。わたしたちに彼を助けることはできない。」
中年の男の話を引き継ぐようにして、白髪の混じった老人が、少しづつ前に進みながら話し始める。
次第に冷たくなっていくラスティを憐れむように見ると、老人はカロンを見据えて口を開いた。
「旅人の君にはわからないだろうね。彼は……」
「神に選ばれた者なんだ」
次回更新予定:11月14日




