5日目 棚沢由(たなざわゆい)への転生
棚沢由さんの肉体を一時的に徴収する、までが聞かされていた話だった。
僕は、真っ白な空間にいた。
床も壁も天井も。ひたすらに真っ白。
精神世界を連想させる、何もない、を想像させる空間。
僕は、生前の姿で、学校指定の制服を着ている。
目の前には同じような指定の制服を着た棚沢由さんがいた。
おい。駄女神なんだこれ。
ツッコむが反応がない。駄女神すら不干渉の世界のようだ。
本当に二人だけの世界ということらしい。
察するに、一つの人の肉体に、複数の精神が一緒にはいられない、棚沢由さんの肉体を使用するためには、この場で棚沢由さんの精神を説得しないといけない、ということだろうか。
唐突に説明もなく、ベリーハードヘルモードに放り込まれており、僕はかくことはないけど、冷や汗をかいている気分に陥る。
「あの」
音源を、極小に絞りきられたような声音がした。
おそらく目の前にいる可憐なクラスメイトの声だ。
フルネームはさっき知ったけど、棚沢由さんも間違いなく教室で何度かすれちがったことのある女子だ。会話? なにそれそんな単語知りませんが何か?
「一生くんですよね? 亡くなったはずの」
「そです。はい。そうです」
声が上ずらないように、僕は必至である。
「はい。あのどうしてわたしの中に、いらっしゃるのですか」
「棚沢さんの認識では、ここがどういうところか把握はしている?」
「はい。わたし自身の心の中、だと思います。そう感じます。そこにどうしていらっしゃるのでしょうか」
棚沢さんの声を聴いていると、なんとなく落ち着く。
最近じゃじゃ馬のような駄女神とばかり会話していたせいか、棚沢由さんとの会話は、なんだかヒーリング効果があるような癒しを覚える。
かいつまんで事情を説明する。
死亡十五日間前までの記憶がないこと。僕は殺されてしまったということ。駄女神の采配により、必要な情報を得るために、棚沢さんの体を拝借してしまうこと。
「大変申し訳ないんですが」
「そういう事情なのですね」
断れた場合はこの場で棚沢さんをピーピーなどして押し倒すしかないのだろうか。
「構いませんよ」
オッケーされちゃったよ。勝手に精神追いやって肉体を勝手に使おうとしていたのに。
「こっちの都合ばかりで本当に申し訳なんだけど、いいの?」
「困っているなら当然です。私はドジなのでよく人様に手助けしてもらっています。なので誰かが困っており、私が助力できるなら、私はそれを断ることはしません」
神かな? 女神かもしれない。駄女神にさっき女神に出会ったよ、と教えてあげよう。
「ありがと棚沢さん」
「お礼をいわれるようなことではありません」
「いや、かなりお礼をいうだけで済む話ではないよ普通は」
棚沢さんが笑った。
クスっと。八重歯がみえた。可愛い。好きかも。
「一生くんに関して、わたしの覚えていることですが」
棚沢さんは懐かしむように語り始めた。
「幸せそうにしていましたよ? わたしドジで愚図なんですけど。以前の一生くんは、私が図書室整理で本を落としても、何も見なかったかのように無視されていました。でも亡くなってしまう数日前は、一緒に片づけてくれました。一生くんは、少しずつですが、変わられていた最中なんだと思います。だから犯人さん見つけてください。わたしの体は自由にしてくださって結構ですから。あ、あの卑猥なことはできればしないでもらえると。あの。うれしいです」
駄女神(女)が監視についているし、あなたのような可憐な女性の体にそういう汚らわしい行為は絶対にしないと誓っておいた。
それにしても。
駄女神はほんと駄女神だな、と思った。
こんなことを語ってくれる棚沢由さんと会話させるなんて。
ほんと。
僕の生きていた世界が。じつは。
無色透明な、色のない何もない世界だと思っていた世界が。
ちょっと手を伸ばすだけでこんなにも鮮やかになることを知ってしまって。
ほんと。僕は。でも。
判っている。わかっているんだ。
いま、僕がやることは。
僕を殺した犯人を捜すこと。
それだけをやるんだ。
それだけを考えるんだ。




