五日目
記憶を遡っていくにつれ、分かってきたことがいくつかあった。
「僕、かなりすけこましキャラだね。ラノベの主人公みたい」
「文字通り、一部の狂いもなく、そんな感じですね」
僕にラノベの主人公的だった記憶はない。
少なくとも、死亡日十五日前以前の僕が、田村さんと視聴覚室で二人っきりになることや、バスケ部女子エースが涙を流し、教師の秘密を曝露し脅すような人生はあり得なかった。
記憶がない十五日間を見れば何かが分かると思ったが、どこか違う。
間違いなく行動しているのは自分であるが、どこか違う。
「不思議な気持ちはわかります」
うん、ノータイムで心の声を読むことには、もうツッコまないことにした。
「ただあなたは異世界転生できるだけの素養がある。ゆえに、何か不可思議な魔法が作用した、などの可能性もあるかもしれません」
「?」
「たとえば魅惑の魔術スキルが、自動発動してしまい、クラスメイトや教師をからめとってしまったなど」
「あり得るの? 僕はそもそも今の今までただの陰キャだよ?」
「現在は全く微塵も発現していませんが、異世界転生するに相応しい潜在的な能力があるのは間違いありません。そうでなければ、女神である私がここまで心身を煩わせて協力するわけありません」
煩わせて? 本音がこぼれていますよ?
「とにかくですね」
本音の吐露は接続詞一個で無かったことにされるようだ。強キャラだ。
「想像以上に、記憶のインストはあなたへの負荷が大きいようです。記憶を見ている最中のあなたは多少の混乱状態にあります」
「僕の理解している僕と、まるで違うようなことをしている僕がいるからね。多少の混乱はするよ」
「連続の記憶視聴は、やはり人格崩壊につながる可能性が高いです。今日は何もしないで休んでください。クラスメイトや先生への直接接触は明日以降で」
「つまり、記憶見られる日と、現実に干渉できる日は、共通日数ということだね」
「記憶観た日は、記憶観るだけ。現実干渉された日は、干渉するだけ。あなたの自我を保つためです。メンタリティへの影響が大きすぎます」
「そんなに?」
「あなたはいま、水みたいなものです。生きていた頃は人の形をしたコップに収まっていた。なので人として、一生として認識していた。今のあなたに人の形のコップはありません。それでも人の形であった頃と同じような形で維持している。それは記憶があるから。干渉と視聴は、その記憶に激しい混乱を与えているようです。あなたがあなたを認識できなくなったとき、あなたは一瞬で崩壊します。異世界転生も出来なくなります」
女神様にとっては、それが最重要ということだ。営業成績が第一なのだ。
自我の崩壊。
確かに納得ではある。記憶視聴した自分は、まるで自分らしくなかった。
でも声も顔も自分なのだ。そして死後の田村や先生らのリアクションをみるに。
僕はさらに彼女らの人生に干渉し、影響を与え、そして死んでしまうのだ。
死んでしまう。
いなくなってしまうということが最も大きな要素であるとはいえ、誰にも関心をもたれていない状態であるなら、あそこまでの反応はあり得ない。
僕は記憶のない十五日間で、間違いなく、何かを起こし続けている。
誰かの人生に何かしらの影響を与えてしまっている。
巻き込まれているだけかもしれないけど。それでも確かに何かを起こしている。
昨日が記憶視聴したので、今日は田村さんらと直接干渉する日だった。
田村さんもバスケ部三上さんもすっかり日常生活を取り戻しているようにみえる。
週明けになり、僕の机にあった花瓶も片され、クラスメイトが死亡したなんて現実はすでに過去の出来事になっているようだ。
でもそれでいいと思う。
いつまでもいなくなってしまった人に気持ちを寄り添う必要はない。もうそこにはいないのだから。例外的に僕は未だにここにいるわけだが、これはこれということだ。
僕が待っているのはチャンスだった。何か不可思議なことをしても大丈夫なような機会をうかがっていた。
現実の田村さんらとの干渉方法は、幽霊のように顕在させることも可能だといわれたが、数日前に亡くなったばかりの僕が現れるのはどこか情緒がない気がした。十年ぐらい前に亡くなって、小学生だった子が大人の姿になった当時のクラスメイト達と再び交流する的な物語ならまだエモいが、亡くなってまだ数日で復活はちょっと微妙だ。
動物や無機物にとりつく形で顕在することもできるようだが、それも却下。ジャンルが変わってしまう危惧がある。
そうなると、選択肢は限られていった。
クラスメイトの誰かの精神を一時的に乗っ取る。
これだった。
パソコンのメモ帳に憑依したり、コックリさんめいた筆記用具に乗り移って文字を書くなども出来るらしいが、やめておいた。情緒の問題だ。
亡くなって数日なので、肉体を持つことへの抵抗感や郷土感もない。
目的達成のための手段だ。
問題があるとすれば、結局僕由来の出来事だけだった。
「誰の肉体を借りればいいんだろうか」
「誰でもいいじゃないですか。ともだt……なんでもないです」
「友達がいないんだよ。ハッキリいって顔と名前が一致する奴は一割弱だといってもいい」
「誰でもいいですよ?」
「そうはいっても」
せっかく体を借りるのだから後腐れがない人がいいし、なおかつなるべくキャラクターを把握している奴がいい。リア充はいや。陰キャと陽キャのあいだぐらいのやつがいい。
「あなたが転生しやすそうな人を何人かピックアップしようとしたんですが、候補がいなかったですね。なので正直誰でも同じです」
「言葉で人を殺せるって知ってる?」
「で、誰にしますか」
「目的を整理しようか」
「確かに。そもそもあなたはどうして、田村さんや三上さんと生の声で交流したいんですか?」
「僕を殺した犯人を見つける。僕の十五日前までの記憶がない。十五日間でもっとも交流していたのが田村さんや三上さんや先生だから、それらに直接、双方向のコミュニケーションをしてみたい」
「あなたはあと二十日足らずで転生できます。あなたの殺した犯人を捜す行為は、あなたの精神をひどく疲弊させています。もしかしたらあなた自身の自我を崩壊させてしまう可能性もあります。異世界転生後のあなたは、その膨大な才能をもとに、人並み以上の幸せと呼ぶにふさわしい状況を享受できると思います。それを失うかもしれないリスクを背負ってまで、その幸せを天秤にかけてまで、あなたはあなたを殺した犯人を捜すのですね?」
正直転生後の生活について、そこまでイメージは出来ていない。
なろう系はアニメ化した大ヒット作ぐらいは目を通すが、そこまで熱心な読者でも視聴者でもない。僕がそういう状況の中心地にいるかもしれないことが上手く想像できない。
「異世界で、魔王様として無双しつつ、何でもいうこと聞いてくれそうな可愛い脳筋農民娘とか、天然王族の娘といちゃいちゃできたりするんじゃないですか? あなたのすることなすこと全肯定してくれる優しい世界であると想像しますよ?」
「詳しいな」
「今まで五百人ほど異世界転生の案内をさせてもらってますので。多少の知己は身につきます」
「……さすがは女神様です」
「もう駄女神でいいですよ、慣れましたから」
「いえ今まで無礼な物言い申し訳ありませんでした」
「いきなりすんごい距離感あけられた感じになりました!」
「ほんとすみません」
異世界転生することは、僕のこれまで歩んできた人生を想像すれば、幸せそのものなのだろうとは思う。
行動的にも日陰者として、性格的にも陰険な存在として。
陰キャとして高校生まで生きてきた。
Twitterの捨て垢で芸能人に絡んだことはないけど、炎上している著名人のTwitterをわざわざ見に行ってざまぁぁぁっとほくそ笑んでいたことは、多々あった。
高校生以降の人生がどうなるか、想像なんて簡単だ。
新卒でなんとか仕事に滑り込めると仮定しても、年収数百万あれば御の字な毎日で仕事帰りにコンビニで発泡酒を買うぐらいが関の山の日々。生ビールは高いから却下。
恋愛結婚はあり得なくて、上司や親戚のつてでワンチャン現代式お見合いがあれがいいほう。それすらなくて、寂しくなってマッチングアプリをやったら綺麗に騙されまくって女性不振は強まり、あとくされない関係を望んで風俗界隈のエースになることが上々の未来。
高齢者ボッチになってその日暮らしの生活保護まで頼って、最後は誰もいない部屋でぽっくり。
想像してしまうような未来が確定ではないとしても、僕はそういう想像を強くイメージしてしまう。そのイメージが結局の今の僕の行動へと続いている気がする。
なのに。
生前十五日前までの僕は、そんな僕がイメージする僕とは、まるでベクトルの違う存在だった。
クラスメイトの中で最も華のある女子と行動を共にして、陽キャなスポーツ少女を撃破し、なまじ攻略対象と化とし、担任教師を脅迫して学内行動の自由権を勝ち取っている。
まだ僕が認識していないだけでそれ以外にも何かしての物語めいた展開を、僕は経験しているかもしれないのだ。
僕にその記憶がないだけで。
こんな十五日間を送っている記憶を知らなかったら、すんなり異世界転生を受け入れていたと思う。
殺されたという事実があっても。
殺された犯人探しなんてしていない。
ただもう知ってしまった。
僕は知りたいのだ。
記憶のない十五日間の結果として、僕はクラスメイトの誰かに殺されてしまったのか。
記憶にない十五日間の結果とは、まるで関係のない事故のような現象の結果、殺されてしまったのか。
もし十五日間とは関係のない、通り魔などにただ運命的に殺されてしまったとしたら、僕は諦められないかもしれない。
全否定したかった人生とは別の光が差していた最中に事故に遭ったかのように死んでしまったというのなら、どうにかして僕はその続きの人生を望むと思う。
でももし仮に。
十五日間の結果として、クラスメイトやもしくはそれに近しい誰か、関係者に殺されてしまったのなら。
それはとても悲しく。切なく。
どんなに変わったとしても、この世界には必要とされていないと感じてしまう。
そうしてまでこの世界にいたいとは思わない。
だから知りたいのだ。心おきなく異世界転生するために。
迷わないために。後悔しないために。
僕は珍しく、女神の瞳を直視して、伝える。
「僕は僕を殺した犯人を知りたい。異世界転生するためにも」
だいたいの伝えたい意図は地の文から察せられているとはいえ、ハッキリと声に出して、僕はそう宣言する。
駄女神は納得したようにうなづいた。
「分かりました。その目的を優先するんですね。そのために生前十五日間であなたと親しくしていた女性三名ときちんと話がしたい。何か見つかるかもしれない、と。そうであるなら、こちらの方の肉体をお借りすることが最適だと考えます」
駄女神がメモ用紙をめくり、その人物の情報が、僕の頭の中へ流れ込んでくる。
なるほど。
こういうチョイスか。効率主義に走る男子高校生が選びそうな選択肢だ。そして僕はただのアニメマンガゲームの素養が、多少あるだけの男子高校生であり、目的のために何でもできるような度量があるわけではない。
「丁重にお断りします」
「決定ですね」
「あの」
「そもそも決定権を有しているのは私なので」
「もう少しだけ難易度下げてもらってもよろしいでしょうか」
「これ以上やりやすい子を選んでしまうと、三人と接する効率が下がると判断します」
「え、あの」
「少なくとも生前十五日前までのあなたなら十二分、こういう子とも接点があって不思議ではありません。田村さんや三上さんがメインルートだとすれば、この子はサイドルート、裏ルートかもしれませんが」
「あの」
「なので、じゃあどうぞ。ちなみにあなたはすでに法律に縛られる立場ではありませんが、そういうことをしたと私が判断した時点で、きちんと即座に罰を執行しますのでそのつもりで」
願いもむなしく、僕は僕を殺した犯人への手がかりを求めて。
陰キャな図書委員の、やはりまともに会話をしたことがない、女子生徒の肉体をお借りすることになった。