死亡十五日前 あるいは僕の聖剣が君の心を貫ければ
記憶申請が通り、死亡十五日前の僕の記憶を鑑賞することになった。主観視点ではなく第三者視点のようだ。
この日の僕は緊張しているようだ。
朝起きてからそわそわしっぱなしだ。可愛い実妹からは「どうしてまだこの人はまだ生きていられるのだろうか不思議です?」というような感情をにじませた顔をさせているし、母親からも以下同文に近しいそれだった。
ニヤニヤしながら食パンに有塩バターを塗り、ふわふわしながら着替えを済ませ「今日はいい日になる」と、誰にも聞こえないような小声でつぶやいてから家を出た。
僕は浮かれているようだ。
おそらく死亡十五日前の僕としては主人公気分でうきうきだったのだろう。客観的にみると、本当に残念すぎてかける言葉がなかった。コンプラ違反的な言葉にしにくい疾患を想像してしまう。
かみ砕いていうとキモかった。もう少し優しい言い回しにするなら、なんでこの人こんな顔して外歩けるんだろうか、という問いを与える。自分自身なのだが。
死亡前十五日前の情報が欠落しているせいで、どうして僕がこんなに気持ちの悪い状態になっているか分からなかった。
でもそれもすぐに知れるだろう。
学校が近づくにつれ、僕からキモさは抜けていく。
日常的にそうであろう、俯き加減に視線は落ちていき、無表情に近づいていく。
平岸高校の制服を着た生徒らが増えてきたのだ。この辺の変わり身の早さは我ながら年季のはいった陰キャっぷりが板に付いていると思う。
学校付近まで近づくと、視界の下半分以上が地べたになっていたが、きちんと上半分で視覚を確保しているので、危なげなく陰キャ歩きを続けていた。せつないね。
教室に入っても変化はなかった。
自分の席から一歩も動かず、次の時間の授業の予習という名の勉強している振りをこなす。うちのクラスは田村さんグループを筆頭グループとして、あとは少数で体育会系で固まったり、文化系で固まったりしているので完全ぼっちは僕含め数名だった。
数名はいるので悪目立ちはしていないが、少なくとも身内にはあまり見せられない光景だと思う。
いや僕の母親はすでに僕が校内でこういう状態であることを深く察しているから、あんな残念そうな顔で見送っていたのかもしれない。そういう意味では母親にみせても問題ない光景だろうか。
いやいやいや。
そうと理解されているとしても、このボッチぶりをわざわざ見せることはただの拷問だ。
そうであろうと理解していることと、そうであることを実際に見せてしまうことは似ているようで別次元だ。
ふぅ。熱っ。メンタル的に体温が上昇した。
客観的な自分の状況をまじまじと見てしまったせいで、少し熱くなってしまったようだ。
冷静になるためにしばし時間を飛ばそう。
ようつべを観ている状態に近いのでシークバーを操作する感覚で、記憶映像を飛ばせるようだ。
いや断っておくが、教室内でひたすらに予習を続けていても中間期末で中の上ぐらいの順位にしかならない自分の姿をこれ以上直視したくないから、ではない。
女神様からの返答はなかったが、時間が進められ、この日の最初の邂逅ポイントへ到達しそうだ。
それまでトイレにすら席を立たずに、何かの我慢大会か、一日中座っていろゲームでもさせられているのかと思った僕が、ついに席を立った。
いやまじでいじめられてはいないよ? 少なくとも記憶がある十五日前より以前はいじめられてはいなかったよ? 完全ガチ無知スルー状態は? それは僕にとっての平時の日常だから別にいじめではないよ? なにいってるの女神様、死ぬの? いや殺すの?
僕が向かった先は、視聴覚室だった。
デスクトップPCが、何十台も並べられている特殊教室。
一応昼休みと放課後には生徒に解放されているが、使用している生徒は見たことがない、図書館よりも利用者数が少ないのではないか、と疑われている教室の一つだ。ネットにつながっていないからだろう。
「遅いわよ、一生くん」
一生は、下の名前です。
いっせい、と読みますはい。え? 聞いていない? でも僕も下の名前で呼ばれたのは相当レアだったので、はい確認です。
デスクトップPCを操作していたのは、勝気な顔をした美少女だった。
もっとかみ砕いていうなら、田村さんだった。
どうやら僕の死亡絵前十五日間物語のヒロインは、本当に田村さんだったようだ。びっくり通り越して少し引いているまである。
えっ? なんでって? ガチもんのラノベ主人公っぶっている自分自身がクソ羨ましくてシネクソが感じているだけですがなにか?
僕はごめんなさいちょっとゆっくりしすぎました、というようなことをぼそぼそと聞き取りにくい声量で答えた。
田村さんは怪訝そうな顔をしているが、何を言っているのかだいたい察したらしく、
「分かったから、早くこっちきて、座って」
と、手招きしている。
優しい子だ。正直好きになった。
ぼそぼそ声すぎてなにいっているか分からなかっただろうに、だいたいの雰囲気で察してくれる。好きになってもいいですか。
おどおどしながら僕は田村さんの隣の席に座る。大丈夫だろうか僕。ショック死しないだろうか。割とガチで。
ショック死しなかった偉かった僕は、田村さんの目の前にある液晶を覗く。
「で、どうすればいいの」
僕は自分の椅子から動かないまま、田村さんの目の前にあるキーボードへ腕を思いっきり伸ばす。
かなり不自然だ。
隣の席に座ったまま、なるべく田村さんに近づかないようにしながら、両手と上体だけをのばす格好だ。なにからなにまで僕は本当に不格好だ。言動が童貞なのだ。
そんな僕の心情を一発ですべて完璧に理解した顔になった田村さんが、僕の座っている椅子の背もたれをつかんで引っ張る。必然的に僕と田村さんの距離は二メートルぐらいから五十センチぐらいまでに縮まった。
「遠すぎ。別に肩ぐらい触れても悲鳴なんてあげないから、普通の距離で普通に接しなさい」
いちいち単語のチョイスに顔を赤くして、さらに変に離れていたことへの理解もされ、僕は耳たぶから首まで真っ赤っかだった。
愚直な僕の反応に、田村さんが軽く吹き出す。
「君、顔赤すぎ。小二ぐらいの男子と話しているみたい」
「せ、せめて中二っていってくれ」
ギリギリのところでその単語で反撃する辺り、頑張ったぞ僕。偉い。ぱちぱち。
それから、どんなまか不思議なライトノベルが行われるのかとワクテカしていたが、実際にこの放課後の視聴覚室で行われていたのは、パソコン授業の提出課題制作だった。
PC操作が得意そうな顔をしているという偏見だけで僕が選ばれ、僕が代行作業をすることになったということだ。Excelを使った事務作業に等しく、一定の知識があれば誰でも出来る仕事だった。
というか僕はただこれだけのために早朝からあれだけはしゃいでいたのか。放課後に女子と一緒に授業内容を精査する、ために。ほんとにそういう意味では幸せな奴だ。
ただし、これはこれで十分ラノベ的だ。非モテが陽キャと二人っきりで作業している空間なんて、完全にやっている。
そして陽キャの化身のような田村さんにより、それはより深度を増していくようだ。
「こんなもんかな、じゃあ残りのメンバーに渡してきて。あと君少しコミュ障すぎるからさ、他の女子とも交流しようか」
ちなみにこの時点では田村さんが彼氏持ちである情報を、僕は得ていないようだ。
だからこんなにもキラキラした瞳で田村さんと接しているのだろう。ほんとおつ。
そしてどうやらこの作業中に、教員の秘密ファイルを発見し、僕と田村さんのラノベ展開の加速度はあがっていくようだ。