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僕が異世界転生するまでの30日間  作者: 小柳和也
二部 世界が終わりそうなので、昔の友達だけでも助けてみた 。

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それから。

 棚沢さんは札幌から、北海道からいなくなっていた。

 図書室の精霊であるから普通に地元に残っていると思ったけど、違ったようだ。

 東京にいるようだ。

 東京。上京したんだ。

 東京か。

 遠いな。

 異世界と東京。

 どっちが遠いんだろうか。悩ましい。

 行こうと思えばお金を払って飛行機に乗ればいける世界と、行こうとしても誰でもいけるわけではない世界。物理的距離は東京の方が遠いと思うけど。悩ましい、と思った。北海道なんかに生きていた僕らにとってその世界は、あまりに遠く感じた。

 東京まで飛んでいくことにした。

 人の身のまま、ジェット機のように空を飛ぶ。

 自衛隊や空港管制に補足されないように、できうる限りの低空飛行のうえ、迷彩を施す。突風が唐突にあちこちにまき散らされるぐらいで済む。

 長時間の滞空により、北海道から東京へ近づいていくにつれ、どんどん身体が冷えていく。

 途中で二郎によってニンニクを補給。日本にいるあいだしか味わえない味だ。満喫しないといけない。

 何店か食したのち、東京へ着いた。

 四月だというのに熱気が身体にまとわりつく。じめじめしている。札幌とは空気が違う。別世界だ。

 棚沢さんを捜す。東京都二十三区。渋谷の辺りだろうか。

 渋谷センター街。

 緊急事態宣言が出されており、ひとけがない。全くないわけではないが、人の往来が圧倒的に少ない。

 日中でこの少なさはほんとに異様だ。もともと広告が貼られていたであろうビルから広告が剥がされている。寂しい。僕の知っている世界はすでに消えているのだ。

 嫌な予感はした。

 棚沢さんは渋谷センター街の奥。

 電気屋とホテル街に挟まれた裏通りにいるようだ。東急本店から道玄坂まで抜ける裏道。令和女子学院。ド派手な看板。そんな看板がかかげられている雑居ビルに、棚沢さんはいた。

 とても残念な気持ちになりながら、階段をあがり、二階受付で棚沢さんらしき女性を指名する。待合所で十分待たされたあと、カーテンの奥へ通された。

 カーテンの前では棚沢さんが両膝をつき、三手を床についた姿勢で待っていた。

「ご氏名ありがとうございます。タナです」

 僕は普通の客らしく接した。

 悲しい気持ちは押し殺し、彼女のサービスも受けた。それが彼女の仕事であるなら僕はそれを否定せず、受け入れた。

 一仕事終えると、棚沢さんは体がくっつくぐらい近づいてきて、

「お客さん煙草は吸いますか」

 と、訊かれた。

「吸わない。吸いたいならどーぞ」

 と、返した。棚沢さんは遠慮せずに煙草を吸い始めた。

「お仕事ですか。こんなときに大変ですね」

 僕は適当に返す。

 ルーティンの世間話。話したくないオーラを出せば、棚沢さんは慣れているのか沈黙を下ろす。

 それだけでは終われない。

「君、もしかして北海道の人?」

 棚沢さんが煙草を潰し、驚いた顔になっていた。

「びっくりです。よくわかりましたね」

「イントネーションが少し道産子っぽかったから」

 適当な思いつきだが、棚沢さんは納得顔だった。

 こんな言葉に納得してしまうから、こんなところにこんなご時世のときにいるのかもしれない。

「あなたも北海道ですか」

 声が少し弾んでいる。彼女も先生みたいに孤独に耐えきれない質なのかもしれない。

「そだよ。ちょっと長いの、ここは」

「いーえ。私も出稼ぎみたいなもんですね。でも、業界はまあまあ長いです」

 彼女の内面台詞も参照して、棚沢さんが嘘を付いていないことは明白だった。なのでよりせつなくなった。

「せっかくだから、好奇心だから知りたいね。どうしてこんな仕事しているの」

「そんな初めてのお客さんにそんなことまで話せません」

 彼女の風俗嬢としての駆け引きに、営業台詞に悲しくなった。

 彼女は空気を吸うようにもうこの世界に染まりきっているのだ。十五年という歳月の結果なのだ。

 だから僕は財布にいれておいた十万円を取り出して、簡易ベッドの上に置いた。

「話してくれたらこれあげるよ」

「怪しい。盗んだ金ですか」

 彼女のいっぱしの警戒心にも悲しくなった。

 こんな駆け引きすら、彼女は経験している。

 彼女がどれだけこの業界に長くいるのか想像できてしまった。

「好奇心。怖いなら、店から出てからそこのコンビニで金下ろしてみせてもいい。ただ君の境遇が気になっているだけだから」

「それなら」

 棚沢さんは慎重だった。そしてがめつかった。

「三時間後に仕事終わります。外であなたが待っていたら、そこのコンビニで十一万下ろして、すぐにくれたら信じます。私の話をします」

 追加された一万円に切なさをマシマシにしながら、僕は答えた。「いいよ、払う。君の話を聞かせてくれよ」

 二十二時過ぎに、棚沢さんが雑居ビルから出てきた。

 渋谷という街にふさわしい派手な格好だった。当たり前だが高校時代の棚沢さんの雰囲気はかけらも残っていなかった。整形はしていないようだ。メイクが変わったということのようだ。魔法に近い。

 棚沢さんは僕に気づくと、あきれたように笑っていた。

「ほんとにいた。金持ちは道楽好きですね」

「道楽がこうじてお金持ちになったということだよ」

「約束通りってことでいいですね」

「もちろんだ」

「その前にお腹空いたんですけど。おごってくれませんか」

 彼女のがめつさに、僕の心はどこまでも削られていく。うなづいた。

「空いてる店あるの?」

「テイクアウトならまだまだ大抵やってます。いきましょ」

 マクドナルドでテイクアウトした。

 彼女はダブルチーズバーガーを二つに、ポテトLサイズ、お茶をLサイズ。チキンナゲットも追加。僕は季節のバーガーを頼んだ。

 ひとけのすっかりなくなったスクランブル交差点で食べ歩く。

 南口のモヤイ像の方へ向かう。

 食べながら、棚沢さんは語ってくれた。

 夢があった。編集者として書籍と関わる夢。夢のために上京した。そして編集者にはなれなかった。面接に落ち続けた。そして気づいた頃にはもう新卒ではなくなっていた。

 彼女は夢破れ、それでも書籍に関わりたくて、今度はバイト生活しながら小説を書き始めた。一時選考はたまに通過するが、それだけだった。結局そんな生活も数年で終わり。

 彼女はそれでも東京という世界から脱出することはせず。

 生活苦を改善するために路上を走っていた高収入を謳うトラックに引き寄せられ、連絡し、少しだけ水商売を経由し挫折した後、風俗嬢になったそうだ。

「本はもう読んでないんだ」

「昔はTwitterも作家さんとか編集者とかばっかりフォローしてた。サイン会とかもいったし。でもなんかだめになって。そういう世界と距離おきました。常に追いかけていないと情報から取り残されそうで不安だったけど、Twitterやめて数ヶ月で問題なく世界は回っていてせつなくなりますね」

「そういうもんだよ」

「でも最近また暇だから昔読んでいたのを読み始めて。Twitterとかも調べ始めたんだ。五年ぶりぐらいかな。でも五年前と変わらないです。いいのかわるいのかわからないけど」

「そんなもんさ」

 モヤイ像の前の縁石に腰掛け、話を続けた。

 彼女はこういう普通の話をする相手がいなかったようで、饒舌だった。

 陰キャが好きなことに対しては早口になるというあれだった。

 楽しかった。でももう終わりだ。

 僕は結論を口にした。

「君が望むなら、君を今の世界から救いだすこともできる」

 棚沢さんはつまらそうに微笑む。

「私は自分の意志で地元から出て上京したの。それで今はこうして生きている。でも後悔はしていない。誰にも見られていないあの頃より。いい。見てくれていた友達もいなくなったし」

「こんな世界になってもそれでもいいの」

「新型ウイルスが蔓延する前も、蔓延したあとも。私にとっては、いつどうなるかなんてまるで変わらない。毎日怖いまま。だから怖いことにも慣れちゃったよ。だからいいの。そういうふうにしか生きられないんだから」

 彼女は過酷な世界に慣れ。過酷であることを気にしなくなり。

 これから先も、過酷な世界で生きていくのだ。

 もうあのときの棚沢さんはどこにもいない。

 僕はスマホを取り出す。

「なら、しばらくお客として通っていいかな」

「そういう援助なら、いくらでもお受けいたしますよ。お客様」

 棚沢さんと連絡先を交換した。

 山手線で彼女は帰って行った。

 住んでいるのは江古田らしい。家賃がまあまあ安いとのことだ。

 LINE経由でそこそこの金額を送金し、スマホを家電量販店のリサイクルボックスに捨てた。

 君はもう本をまき散らすドジっこではないのなら僕は必要ないね。

 それだけメッセージを送った。

 棚沢さんと、もう二度と会うことはなかった。

 僕が転生する前に関わったすべての人との関係を、こうして精算した。


 それから。


 札幌平岸の空へ帰ってくると、女神が待っていた。

「ご満足ですか」

「世界が混沌としても。あまり変わらないもののほうが多いかもしれない。でも変わってしまうものも多い」

「あなたがいることで世界は別の意味で混沌を増します。早急に異世界へ帰ってください」

「平穏はもういいんだ」

「対決をご所望ですか?」

「別の星に行きたい。実は最初からそれの相談に来たんだ」

 女神はどこからともなくメモ用紙を取り出し、ぺらぺらめくる。

「私の管轄する、あなたのような能力を必要とする世界へ派遣で、よろしいですか?」

「もちろん」

「一ヶ月ほどお時間をいただきます」

「それまでどうするんだよ」

「ご自由に。世界を救ってもいいですし、青春ラブコメしてもいいですよ」

「まだ時間はあるようだ。そうであるなら。僕は」

 転生するまでのあいだ。どうしようか。

 また昔の知り合いに会いに行こうか。

 またさみしくなろうか。

 いやだな。

 普通の人としての領域を越えてしまって。それでも人として生きていくしかない僕の性なのだろうか。


 僕は三十日間、空気のように空を漂い続け、その後女神の計らいで別の星に異世界転生した。次こそは。

 次こそは。

 幸せになりたい。

 なれないんだろうな、と確信しながら、僕はまた異世界転生した。

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