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僕が異世界転生するまでの30日間  作者: 小柳和也
二部 世界が終わりそうなので、昔の友達だけでも助けてみた 。

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日本滞在 6日目 父親

 生前の、十五歳の姿に、僕はなる。

 父親の心が残酷ではないのなら、覚えているだろう。

 忘れている方がいいかもしれない。


 僕を止める人はいない。だから会いたくなかった。会おうとすら考えなかった。

 でも駄目だった。

 知ってしまった以上。

 見てしまった以上。


 やらないなんてことは、できやしない。


 父親を見守った。

 開店しているパチンコ屋を捜している。マスクはしていない。くしゃみをするときは当然手で覆わない。すれ違いの子供連れに睨まれても全く気にしない。


 自販機の小銭取りを漁り、道ばたに落ちていた煙草の箱の中身を吟味。

 なにも感じない。

 自分の母や妹を苦しめ続ける存在を、一瞬で抹消させるだけの戦力がある自分に感謝した。


 父は平岸街道の方へ向かっていた。

 少し緊張する。

 できれば殺害を決意した場面で、いい父親なんてみせないでほしい。かつて息子がなくなった現場の目の前で手を合わせたりしないでほしい。


 杞憂だった。


 父親は僕が亡くなった現場をちら見もしないで、すどおりして、大学前を通過し、地下鉄駅前を通り過ぎ、角を曲がったところに見えてくるパチンコ屋を目指していた。案の定閉店しており、独りでクソっ、と悪態がつかれる。

 本当によかった、父親が芯の芯までゴミくずだ。


「パチンコやりたいなら、手稲まで歩きなよ。ここらは全部やってない」

 僕は当時のままの姿で、当時のままの声音で、そう話しかけた。

 父親が振り返る。

「なんだてめぇ」

 息子だよ、とはいわなかった。


 気づいてほしかったのだろうか。

 

 鏡を見ているようだ、とまではいわないが、十五歳の僕の姿に三十年ほど加齢したかのような姿が、限りなくそれに近しい見た目をした存在が、そこにあった。


 父親は当然気づかない。それでいい。


「なんだよおい、偉そうに話しかけるな」

 絡まれたと判断したようだ。

 足取りも不安定に、ふらつきながら、近づいてくる。

 近づいてきてどうするつもりだろうか。胸ぐらでも掴もうというのか。


 僕はボクサーの左ジャブをイメージして、父親の顎を射抜いた。軽い、パチンっという音が鳴った。父親が膝から崩れ落ちる。ちょうど僕の膝の目の前に、父親の顔面があった。つぶしてやりたくなった。

 でもまだつぶさない。


「なにか言いたいことあるなら、聞くけど」

 父親は殴られた衝撃をうけているようで呆けていた。

 呆けたままなので、つま先で軽く顔を小突いた。


 雑な攻撃で父親は我に返った。

「殴ったな、通報してやる」

「お願いだからそれより前に言うべきあるよな」


 父親は起きあがると、ふらふらになりながらも、殴り返してきた。

 それはあまりに粗末な暴力だった。


 力が入っておらず、力の入れ方も知らない、素人の拳だった。


 母が殴られていたのもこの拳だったのだろうか。こんな大した痛みもない、雑な暴力。

 それゆえに絶望していたのかもしれない。


 こんな弱弱しい暴力しか振るえない、旦那に、心底絶望して泣いていたのかもしれない。

「なんだよ、その拳は」

 僕は拳を振り上げる。

 父親は本能で察したのか、なにもいえなくなり、その場に尻餅をつく。


 僕は拳に殺意を込める。

 なんで気づかないんだよ。

 ここまでやっても。

 おまえはほんとなにも。

 ゆるさない、ぜったいに、おまえのことなんて、ぼくは、ぜったいに、ゆるさない。


 殺意を込めた拳で。

 僕は。

 ためらいをすてて。

 父親の。

 頬を。殴った。

 殴ると決めて殴り殺すと決めて。

 拳を。腕を。肘を。関節を。肩口を。押し込むように。突き出すように。


 殴った。

 そして。

 世界の時間が停止していた。


 信号機が点滅をやめ。鳥は羽ばたきのまま。高齢者は横断歩道の真ん中で立ち往生。車はタイヤの回転を止めていた。


「干渉しすぎですね」

 女神だった。

 僕の拳は、父親を殴り殺す一ミリ手前で停止していた。

 父親を殺しうる拳。父親はへたり込んだまま涙を流していた。涙も止まっていた。


「邪魔するな」

「生活を少しだけ贅沢にするお金をこっそり渡すだけなら許します。そんな身にならない金なら宝くじ当たったみたいなもんですから。でもどんなにクソミソな存在でも殺害は許されない。あなたは神ではないのだから」

「神なら許されるのか」

「神ならすべてが許される。あなたはそうなりたくて、神殺しなんて呼ばれる冒険者になってしまったのではないですか」


 そうかもしれない。

 異世界では積極的に神話の伝承を求めた。

 いろいろな地方で神とまつられている魔物をひたすらに殺し続けた。なにか超然的な力を得られると期待して。異世界転生を可能にする力を得たのだから、あながち間違ってはいなかった。


 でもすべて擬神にすぎなかった。

 神の猿真似ができるだけ 神のごとき強力無比な、ただ強いだけの魔物だった。本物の神の力の前では、僕は無力だ。


「僕は、父を殺せないのか。どれだけ力を得ても。もう二度と」

「殺せません。あなたが父親を殺すことはできない」


 女神が手刀を切った。

 時が止まった世界で。父親だけの時間が流れだす。

 父親は、倒れ、口から泡を吹いて。

 死んでいった。


「神である私ならできます。満足ですか。あなたの家族がこの男に傷つけられることはなくなりました」


 父親は時の止まった世界で、独り苦しみながら、泡を吹いて死んだ。

 息子に殺されることもなく、神の気まぐれのような采配で、あっさり消えていった。


 そういうもんだ。悲しくはない。でも。

「お願いだからこの世界をかき乱すのはもうやめてくれませんか。あなただけに注力するのも疲れますので」

「あと一人だけ。会いたい人がいるんだ」

「最後にしてください。そしてさっさとこの世界から消えてください」


 時が動き始め、世界が流れはじめ、父親は路上で心臓発作を起こして死亡して、僕は涙を流しながら空へ逃げるように消えていった。

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