日本滞在 4日目②
三上さんが勤めていたスーパーを、田村さんもよく使っているようだ。
顔を合わせたこともさすがにあるだろう。三上さんは飲んだくれアル中ではあるが、仕事をサボっているふしはなかった。
気軽に話しかけることは。
あるだろうか。
田村さんはスーパーの目の前に、数年前にできたばかりの地上二十階のマンションで暮らしている。おおよそ数千万だろうか。大学社会人は札幌近郊で通い仕事し、結婚して地元に売り出されていたマンション購入という流れだろう。
三上さんと田村さんは、まだ邂逅していないかもしれない。もしくは「気付いていない」ことになっているのかもしれない。
そういうところは陰キャな気質が残る僕の予想が当たる気がする。
スーパーは今日も混雑している。
新型ウイルスの影響で、レジ前は客同士の距離を離して並んでください、と表示が出ており、足跡マークのシールまで貼ってある。僕の知っている世界とは、少しだけ変わってしまったんだな、と改めて感じた。
少し離れたお菓子コーナーで堅揚げポテトを吟味しながら、レジに並んでいる田村さんと息子さんを見守っていたが、ふいに息子さんが前触れなく反転し、お菓子コーナーへダッシュしてきた。唐突すぎて動けなかった。
「一生ー、戻ってきてっ」
「お菓子っ」
一生少年はそれだけ返すと、僕の立っている側とは反対側に陳列されている駄菓子コーナーで急停止、それから少年探偵のように顎に手をあて吟味開始。
田村ママさんはため息ついて子供の吟味をレジに並んだまま見守っている。
露呈することはないとはいえ。
当時の僕とは姿形も違う。だがしかし直接的に田村さんの視界の中に収まっていると思うと緊張する。真後ろには田村さんの子供。緊張だ。
このまま無難にやり過ごすつもりだった。なかなかおつまみ代わりのお菓子が決まらない、三十路男性を演じきるつもりだった。
ふいに感触。服の袖を引かれている。
緊張しながら見下ろすと、一生少年が両手にお菓子を抱えていた。
「どっちが美味しいかな?」
はは。無垢と陽キャ性は同居しているようだ。
初対面のおじさんに聞くことかな? 一生なにしているの! と田村ママさんから悲鳴に似た怒声があがっているが、一生少年はそんなママの悲鳴は聞こえていないのか、お菓子選別の方が重要なのか、お菓子を両手に、
「どっちがいいかな」
と、訊いてくる。
なるべく少年の方はみないようにしながら、
「君の好きなほうを選ぶといいよ」
と、答えた。
「でもどっちも好きなんだ。選べないよ」
「ママに両方をお願いしてみたら?」
「ママは無理。絶対に」
言葉はところどころたどたどしい。
でも言葉の意味は理解し、コミュニケーションはとれている。この年齢でこれだけ喋れれば、将来立派に育つことだろう。
「じゃあ今日食べたい方を選んであげて。もう一つは、また今度選んであげればいいよ」
「でも両方食べたいんだよ? すぐに」
なかなかに強敵だなこの子は。
「好きなものでも一つずつしか食べれないんだよ。食べかけにして次に行くことは失礼だ」
「シツレイ?」
「んー。神様に、ママに怒られるってことかな。一つずつ選ばないと、ママがキレる」
「わかった。それはいや。どっちかにする」
一生少年はママに怒られるのが嫌なようで、素直に片方を駄菓子コーナーへ戻した。ガチ切れしているママが、レジ列から離れてやってくる。
少年はそんなママに気づかず、満足そうにお菓子の表紙を見つめている。キラキラとした瞳。まさしく純粋なそれ。少しだけホッとした。
「少年。名前は」
「イッセー」
「僕と同じ名前だね」
「いい名前だねっ!」
「そう思うよ。ママを大切に」
僕はその場をそそくさと離れ、お菓子コーナーの列から離れた。
一生少年に事故に遭わないおまじないをかけておいた。
事故に遭いそうになっても運命が作用して少年は死なないことだろう。
僕にできることは、僕と同じ名前の少年が異世界転生しないようにしてあげることぐらいだった。
それ以外はしたくなかった。さようなら。田村さん。一生少年。
この寂しい世界で。元気に生きてくれ。
田村さんとも。一生少年とも。これが最後の出会いだった。




