1日目 放課後
死んでしまった前後の記憶損失についても説明してもらった。
幽霊化の影響で記憶の混濁が起こってしまったそうだ。転生者を転生前の世界にとどめる措置をすることが初めてだったのでしょうがないんです、ということだった。「初体験でしたらから許してほしいですっ」と媚び発言があったがきちんと無視した。
要は駄女神の人為的ミスのようだ。ミスならしょうがない。駄目な女神だし。
死んでしまったということは強く認識できるが、死んでしまった原因はやはり思い出せない。
寝起きの夢を忘れてしまう感覚に近いかもしれない。
陰キャとして生きてきた高校生までの人生はよく覚えているが、死んでしまった前後の記憶はわずかながらも頭に残っていない。
「僕が死んだところに、案内してくれないか」
駄女神は、駄女神らしくない丁寧さで、空へ飛んでいく。
現場は小さな献花台になっていた。
お菓子やラノベが並んでいる。平岸街道沿いだ。札幌市内へ続く片側二車線の交通量の多い大通り。トラックの大来も盛んだ。ここならトラックに轢かれて異世界転生してしまっても不思議ではない。
そんな死因について悩む前に、僕は少し緊張した。
「誰だあれは。可愛い」
「おそらくですが、同級生でしょうね」
僕のためにできあがった献花台の前に、女子高生がしゃがみこんでいた。膝を閉じ、手を合わせている。いい子だ。好きになってしまうかもしれない。
ふわふわした空から降り立ち、手を合わせている女子高生の数センチまで近づく。しゃがみこみ、顔をまじまじ確認。
同級生と言われたので確かによく見てみると、どことなく教室内ですれ違ったことがある顔をしている。
「確かに教室ですれ違ったことがあるような気がする」
「会話した記憶が出てこないところがせつないですね」
真顔で駄女神が補完する。
感触はなかったが、殴っておいた。感触はなかったが駄女神はのけぞっていた。空気を読むことをやめない女神だ。
どうやら近づいても痴漢! と騒がれることはないようなので、女子高生の方へ、さらにパーソナルスペースの内側へ踏み込む。意訳すると、めちゃくちゃ女子の近くに顔を寄せる。
「陰キャらしい距離感の無さにどん引きですね」
駄女神からの軽蔑が聞こえてくるが、別に身体的接触ができるわけでもないので気にせず、まじまじ吐息が聞こえてくる距離までつめる。
十代女子らしいきめ細かい、素敵な肌であることまで確認したが、やはり名前は出てこなかった。
「でも確かに昼休みとかに、教室の中央で陣取っていたグループの中心的な女子だった気がする。声は聞いたことある」
「会話した記憶が出てこないところが啼けますね」
以下略の拳のツッコミをおこなう。
駄女神にお願いして風の精霊みたいなものを召還して、スカートひらりでもして、声も確認しようと半ば本気で思ったが。
「田村。そんなところでなにしてんだよ」
「見ての通り。手を合わせてんの」
イケメンがやってきやがった。
僕の献花台に手を合わせてくれていたクラスメイトの名前が田村だと分かったが、同時にまた名前も知らない半グレ系陽キャイケメンがやってきやがった。
「またクラスメイトさんですかね。名前はやはり分からないですよね?」
「わからない前提で話すなよ。見たことあるし、自己肯定感の強そうな野太い声も聞いたことあるから」
「会話した記憶が出てこないところがツボですね! あと名前は結局出てこないんですね?」
無礼な駄女神は無視する。
田村さんはしゃがみこんだまま、手を合わせたままだった。イケメンは制服のポケットに両手をつっこんだまま、つまらなそうに田村さんの隣に立った。
「なに、おまえこいつのこと好きなの」
ドキっとする。実質死んでしまっても。そういう言葉を聞くとびっくりする。
「献花台に手を合わせているだけでそんな想像力を働かせる君の人生が心配だよ?」
「ちょっと前までまともに会話したこともないような奴のところに毎日のように手を合わせているのを見せられると、そうも思うわ」
とても違和感のある言葉だった。
ちょっと前まで会話したことがない?
同じクラスになってから一度も会話したことがない相手、の間違いではないだろうか。それともイケメンらしく表現を柔らかくしただけか?
「君にそれは関係あるの?」
田村さんは手を合わせたままだった。
「彼氏彼女の関係だと思っていたのはおれだけかよ」
正直田村さんのことを好きになりかけていたが、幻滅した。ビッチかよ。中古だった。
「そういう思考はほんと残念すぎて炎上するのでやめたほうがいいですよ?」
地の文を読むな地の文を。神様かよ。この地球圏の実質的な支配権を有している女神ですが何か? などのツッコみが聞こえてきたが無視しておく。
「彼氏彼女の関係で間違っていないと思うよ。私が君に振られていない限りは」
「だったらこんな奴のところに毎日来るなよ。むかつく」
田村さんが立ち上がる。閉じていた瞳がひらかれた。
どこぞのアイドルみたいな大きな瞳。顔立ちも地下アイドルなら今すぐにでも通用しそうなレベル。普通の美少女。薄く化粧しているかも。体型的にも水着姿になれば週刊青年誌の表紙なら飾れそうな雰囲気がある。絶対にいい香りがすると思う。中古女だが。
「クラスメイトだった子なんだよ。少しぐらい感傷にひたってもいいでしょ。男の子だとしても」
「帰るぞ」
「帰るよ。君がイライラしていない限り」
「おかしなこといってるのがおれの方かよ」
田村さんが田村さんの彼氏の手をすっと握る。はぁ。これだから以下略。
「少なくとも君と彼氏彼女の関係を維持したいぐらい、君のことは好きだよ? でも今は、少しだけ彼への感傷にひたりたいだけだから」
結局僕なんか死んでしまうなんて大事件を披露しても、イケメンカップルの仲を取り持つぐらいしかできないようだ。
イケメンは少し顔を赤くする。手を握られたぐらいで顔を赤くするなよ、未経験かおい?
「心の声だからって何をいってもいいわけではないんですよ。あと秒速でブーメンランすぎてつらいです」
諭すような声音でしかられた。もう地の文云々もつっこまないことにした。
「とにかく。死んだ奴のことなんて話題にするなよ」
ストレート。心にグサっとドスっときますね。さすがリアルが充実している男子だ。呪い殺すぞおい。
「死んだらもう話題にもしちゃ駄目なの?」
「そういう意味じゃないって。分かるだろおまえは」
「分かるよ、でもはっきり言葉にして」
イケメンが田村さんから顔をそらす。少しばつが悪そうだ。
「死んでから話題にし続けるなんて。まるで死ななきゃ話題にもならないような奴っていってるみたいだ。だからやめろよ」
僕は。
正直ジーン、ときていた。なにこいつ映画版ジャイアンじゃん。イケメンじゃん! マジ最高!!
田村さんはさほど表情を変えることもなく、
「そだね。確かにそれはそうだ」
と答えた。
僕の心をひくつかせた。
違和感が肥大する。
「でも今の私にとっては。ここ数週間だけは。彼は話題にしなくてもいいような男子じゃなかったよ」
「それは分かってる。でも何も知らない奴らからすれば、そうみえるってことだから。周りはおまえのことをそうみるんだよ。死んだからっていちいち手を合わせにくるようなやつって」
「知ってる。でもいい。それこそ何も関係のない同級生にどう思われても、私は気にしない。それに」
「それに?」
「君が私のそばで盾になってくれるんでしょ? だから嫌そうな顔をしても毎日迎えにきてくれる」
「ほんとあの陰キャはシネって感じだったけどさ。ほんとに死ぬなよって感じだよな」
二人はそんなふうにいちゃいちゃしながら、二人で並んで消えていった。
これから中の島の安ラブホですかお疲れさまですなんて軽口を思いつつも、違和感の方がはるかに大きくなっていた。
田村さんらの会話から推察すると、僕は、いったい、これはどういうことだ。
「これはほんとに僕の献花台?」
駄女神がコクリとうなづく。
「間違いないですね」
「でもトラックに牽かれたんだよな」
事実を確認しているつもりだった。
駄女神が怪訝そうに首をかしげる。
「? なんでトラックなんですか?」
「いや異世界転生っていえば、トラックに轢かれて死ぬのが定番、だろ」
「あなたは下校中にこの辺りを通りがかった際に、背後から背中を刺されて死亡したんです。記憶が欠落しているようでしたので、あえてお答えはしませんでしたが」
「刺された?」
「刺されました。出血多量によるショック死ですね。あなたの死はそういうふうに規定されており、それを把握した私は異世界先が定員オーバー、キャパオーバーであることは理解しながらも、幽霊状態にすることでこの世にとどめることに成功した、ということです」
僕は誰かに殺された?
でもそれと今さっきの会話の意味は。
「こ、殺されたことは分かったけど。なんか僕ずいぶん田村さん達と、仲良かった? 名前も出てこないぐらいの仲だったと思うけど」
駄女神がメモ用紙を取り出して、読み上げる。
「あなたの行動履歴を参照しましたところ、その違和感は解消されました。およそ本日から十五日より以前は、おそらくあなたが今のあなたを評価する通りの人生を送られていました。世界中のどこにでも点在している、人間性も性格も人格も、残念なネットスラングが大好きで人の失敗をこっそり喜ぶような陰キャだったと思います」
重複表現してまで畳みかけないと表現できないほど、僕はひどい人間だったのだろうか。疑問だ。
「ただ死亡日の十五日前から、さきほどの田村さんをヒロインと見立てますと、偶発的な物語的な状況が多数あり、田村さんとの仲が向上、彼氏であるさきほどのヤンチャ系イケメンとも交流を持ち、図書館に生息しているといっても過言ではない女子生徒とも仲良くなり、教室内での多少の地位向上、ここ数週間ではかなり目立つ存在になっていたようですね」
驚愕以外の何物でもなかった。
それではまるで。
「ラノベの主人公みたいじゃないか。うらやましい」
「あなたが体験した現実ですけどね」
「一ミリも記憶がない以上、あんたの虚言である可能性の方が高い」
「では、どうして人生崩壊系の残念陰キャのあなたが、THE陽キャの権化のような田村カップルから、一定の評価というべき台詞を引き出せたんですか」
「ぐうの音もでない」
駄女神様がため息をつく。
「あなたはもしかしたら死亡十五日前辺りから、人生で最も幸運な二週間を送っていたのかもしれません。偶発的に、田村女子と秘密の何かを共有し、それをネタにして一緒に行動を共にしていたようです。それをよく思わない田村女子の彼氏であるヤンチャイケメンと対峙することになり、なんやかんやあり、バスケ部女子や、図書室女子を攻略する、仲良くなるまでいたる、と。なんですかこれは、ラノベの主人公ですかうらやましい」
どうやら人生最良期に突入しながら死亡したらしい。
それはそれでラノベの主人公っぽいな。いや中短期の連載マンガの主人公っぽいというべきか。いや単発系ラノベ一巻終わる直後に刺されて死んで終わりか。
「僕が殺されたことと、異世界転生することに関係性はない、と」
「本質的に、あなたが亡くなった原因と、異世界転生することは別軸です。別の物語、ととらえるべきレベルです。ですのできちんと三十日後には、異世界転生を行います。あなたの死亡原因が刺殺であれ、トラックに牽かれたことであれ、関係なく、です」
「おまえは、僕の行動履歴を把握している。当然、誰に殺されたかも把握しているんだよな」
駄女神は真顔で首を振る。「残念ながら」
「僕がラノベ主人公みたいなことになっていたことは分かっているのに、誰に殺されたのか、はわからないのかよ???」
「冴えないあなたが奇跡的にそういう状況になったことはあなたの周りの人間からの推察に近いです。あなたが刺されたとき、誰かがあなたの背中にぶつかったことは間違いないですが、顔までは分かっていません。フードをかぶり、変装しています」
「なら。犯人を捜したい」
「かまいません。出来うる限りの協力も行います。ただし三十日後の異世界転生に関してですが、こちらも三十日後に設定済みです」
「つまり?」
「三十日後を逃すと、次は三百日後になります。私も三十日以降は別の担当惑星区域での仕事がありますので、最初の機会を逃すと、実質二百七十日を一人で異世界転生される日まで待つことになります。その場合、多くの場合は、孤独に耐えきれず地獄か天国へ召されています」
飲まず食わず眠らずで過ごせるがゆえ。
心がもたない、ということらしい。駄女神が付きっきりなのも、メンタルケアが主な仕事ということだ。意外と仕事はしているようだ。
「ですので、犯人探しは三十日後の転生日までに終えてください。そうしない場合、おそらくあなたの心は持ちません」
「もたない?」
「ただでさえ、生前のあなたは幸福であることを理解してしまった。それも不幸せな人生が好転した瞬間、あなたは別の幸せの形を見いだす格好になってしまったんです。三十日をすぎたあとのあなたは、それでも犯人探しに躍起になるかもしれませんが。それよりもおそらく生前、仲良くなっていた生活を想像し、絶望し、消えてしまうと思います」
「全部説明してくれるんだな」
「自分で気づくよりも、女神に指摘されたほうが傷は浅いはずです」
そうして僕は犯人探しをすることになった。転生するまでの三十日間に。




